4-8 胃の中のジョーマーサ

 ドラゴンが巨大な口で息を吸い込むと、ジョーマーサはその中に吸い込まれてしまった。


「くっそぉ……!」


 俺はその隙にツデレンを抱え、全速力で走った。


 ――わたくしがおとりになりますわ!


 おとりになんてしたくなかったのに……! でも、でも……! 他に方法が……!


 悔しさに歯を食いしばりながら、近くの森まで移動する。

 木陰に身を潜めて、ドラゴンの様子をうかがう。ジョーマーサを食べて満足したのか、視界から離れると深追いしてこなかった。


「マヤイ・ユチルス」


 俺は何かしらの状態異常である可能性を考えた。ローズの粉がそうだったように、心に影響を与える攻撃がドラゴンにあったのかもしれない。


「ごめんなさい……全部私のせい……。ごめんなさい……」


 効果は無かった。ツデレンの顔は青ざめたまま、体も震えている。


 ツデレンの心の乱れは、状態異常ではないらしい。



 ***



 わたくしを吸い込んだモンスターは体内も輝かしい。表皮は光沢があり、そこから7色の光が発せられていた。


 誰かが住み着くことを想定していそうな明るさだがジメジメとしていて暑苦しい。人の定住は不可能だろう。


 現在いるところは一本道で細長い。左右を見渡すものの、どちらも先が見えない。ここが体内のどの位置にあたるのか、想像付けられなかった。


「リュリュリュリュリュ……!」


 動いていいかも分からず立ち止まっていると、片方から比較的小型なドラゴンが現れた。それでも自分と同じぐらいの大きさはある。ウロコはくすんでいるが、顔の形などはほとんどわたくしを飲み込んだモンスターに酷似している。


「まぁ! 中にまでモンスターが……!」


 今の自分は両腕の肘から下を失っている。戦う術はない。


「逃げなくては……」


 逃げ道は1つしかないので、考える間もなく足を動かした。


「リュリュ!」

「リュリュリュ……!」

「リュウウ!」


 2体目、3体目のドラゴンも脇から登場し、追ってくる。


 怖い……助けてほしい……! でも、今は自分1人しかいない……!


 助けてくれる人なんて誰もいない。胸がどんなに痛くても、苦しくても、逃げ続けなくてはいけなかった。


 進めば進むほど、道は横に広がっていく。それに伴い下からはその長い木のようなトゲが生えていた。葉は付いていないが、それぞれが複雑に絡み合い、その中に入ると一気に薄暗くなる。


 木陰に隠れることで、何とか追手から逃げきれた。


「はぁ……はぁ……」


 ただでさえ湿っぽい環境なのに、全力で走ってしまった。


 頭が熱い……重くてクラクラする。吐き気も催してきて、胸が苦しい。


 汗を拭うこともできず、近くのトゲに寄りかかる。


「シジューコさん……ツデレンさん……」


 ちゃんと時間稼ぎできたのか、それだけが気掛かりだった。

 足を引っ張ってばかりの自分が他にできることなんて何もない。せめて、少しでも役に立てれば……。


「お嬢ちゃん、大丈夫かい?」


「あ、あなたは……」


 声に聞き覚えがあった、スカトウさんだ。特徴的な帽子はどこかで落としたのか、今は被っていない。


「近くに比較的涼しいところがある。腕の処置はできないが、ここよりはマシだろう」


 スカトウさんはわたくしの腕を気にかけてくれた。

 最初は我を忘れて驚いてしまったが、痛みはないし、どういうわけか傷口から出血もしていない。不便なことを除けば既に慣れてしまった。


「腕は平気ですわ。涼しい場所……案内していただけますか?」


 良かった……助かった。死ぬ気ではいたが、生きられるのなら生きていたい。


 他の人と出会えたこと、少しでも生き長らえそうなこと、それらがわたくしの心を温かくさせた。



 ***



 案内された先では、十数人の人が身を寄せ合っていた。木のようなトゲもなく、ジメジメしていない。心なしか、体調不良も少し収まった気がする。


「わああっ!? お姉ちゃんの腕がっ!」


 その中にいた1人の少年がわたくしを見て驚いた。他の方々も、わたくしとはできるだけ目を合わせないようにしていた。


「心配しなくていいですわ。痛みはありませんので」


 少年の驚きを緩和させようとし、わたくしは腕について話した。しかし少年の心配そうな眼差しは変わらなかった。断面がむき出しの腕を見て、言葉だけで納得させられないのは仕方ないのかもしれない。


「みなさんはどうやってここを?」


 わたくしは話題を変えるため、スカトウさんに質問をした。


「偶然ここを見つけてね。その後は元気な人が順番に見回りに行って、迷っている人を次々連れているところだ」


「でも、でも……マー君がまだなのぉ!」


 奥の方で1人の女性が泣き崩れている。顔を手で覆い、悲しみを塞ぐように体を丸めていた。


「まだまだ安否の分からない方がいるのですね?」


「ええ。実は私の1人息子も……。だから、できる範囲で地道に探しているんだ。まぁ、ここにいれば安堵というわけではないけれども」


 スカトウさんが、ポツりとつぶやく。平然を装っているが、内心は落ち着いていられないだろう。


 ここには食料も水もない。外部の応援が来るか、出口を見つけるかしないと、助からずに死ぬのみ。

 外部からの応援は祈ることしかできないし、出口を見つけられる気もしない。回復して時間を稼ぐこともできない。自分にできることは、1つもなかった。


 こんな時……シジューコさんならどうするのでしょうか?


 ヒーラーなら、どうするのが正解でしょうか。


 わたくしに……わたくしにできることは……!


 自問自答の末、シジューコさんのパーティに入ろうとした時のことを思い出した。


「皆さん、希望を持ちましょう」


 ヒーラーとは、仲間の命を救うために尽力する存在だ。今、ここにいる人たちは生きる希望すら失っている状態である。


 そうであれば、わたくしが行うこと……いや、行えることはただ1つ……。


「わたくしが飲み込まれる前、わたくしの仲間が外部に仲間を呼んでいました。いずれ助けが来るかもしれません。それまで……持ちこたえましょう」


 自分に唯一できることは、彼らの不安を取り除くことだ。言葉だけで効果があるか分からないが、何も言わずにいるよりは、良い行いをしている自信があった。


「でもぉ……でもぉマー君がいなきゃ生きている意味がないのぉ……!」


「その方はわたくしが探します。ですから皆さんは、決して生きることを諦めないでください」



 ***



 口から大それたことを言ってしまった……。


 少しだけ後悔が残るが、それであの女性が気力を取り戻せるなら悪い事ではない。


 壁が見える範囲で捜索することで、道に迷うことなくどんどん先へと進んでいけた。


 なかなか人と出会わず、しばらく歩いている中、やっと1人の男性と遭遇した。


「おや、偶然だねぇ」


 男性はわたくしに気付く。上下ともに青い服を着ていて、体は細身。見覚えのある男性だった。


「あ、あなたは……」


 コルゴエ湖であった、時を操るヒーラー……!

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