4-10 ツデレンのトラウマ

 あの時も、リリロイト・ドラゴンと戦っていた。


 大雨によって地面がずぶ濡れで、足場は悪い。発光する7色のドラゴンのウロコが、雨水に反射して全貌が把握しづらい状態にあった。


「きゃあああああっっっ!!」

「ぐわあああああ!!」

「あ、ああ……! ううぅ……」


 不意打ちで来た衝撃波に、仲間たちが倒れる。


 クカカート、サライム、イヤリッカ。

 3人ともアタッカーで、前線に立つ戦闘が得意だった。私だけが唯一、ヒーラーとして後方で支援している。


「ああっ……グゲンフルス!」


 私は急いで呪文を唱えた。敗れた服が元に戻り、体の傷が消えてなくなる。


「リュリュリューー!!」


 直後、ドラゴンは再び腕の爪から衝撃波を出した。3人に直撃した後、地面にまでその余波が広がり、大量の泥が跳ねた。


「グゲンフルス!」


 慌てて再度呪文を叫ぶ。


 しかし、仲間は復活しなかった。



 ***



 その後、応援に来た他のプレイヤーたちに助けられた。ドラゴンもその人たちによって討伐された。


 私だけが、助かった。


「あんたヒーラーなんだ?」


 助けてくれたプレイヤーの1人が、きさくな口調で私に尋ねた。


「はい」と言うと、手から汗がにじみ出てきた。杖を落とさないように握りしめる。


「ヒーラーなのに自分だけ生き残ったんだ、最低だね」


 後ろめたかった部分をそのまま直球で突きつけられた。


 後のことはよく覚えていない。

 そのプレイヤーに謝られた気がするが、その謝罪で心の動揺が収まった記憶はない。


 ただ、これをきっかけにヒーラーを引退したことだけは、はっきりとしている。



 ***



「だから……だから私は……! 呪文を唱えられなかった……!」


 打ち明けたくはなかったが、打ち明けなければならない。必死で私の容態を確認するシジューコに、これ以上余計な心配はかけられない。


 私が復元した後、ジョーマーサが攻撃を受けていたら死んでいた。私の回復呪文は、代償として受けるダメージが大きくなってしまう。


 その恐怖がよみがえり、回復ができなかった。しかし、結局回復しないせいでジョーマーサは飲み込まれてしまった。


「回復したら受けるダメージが増えるなんて……、私にヒーラーの価値はないんだ。本当に、ごめんなさい……」


 私の呪文には必ず代償が存在する。代々そういう特性を持った家系で、それを私も受け継いでいる。

 他の人がグゲンフルスを使っても、受けるダメージが増えるなんて状態は付与されない。

 代わりに無機質のものも再生できるという利点もあるが、代償が致命的だ。回復呪文と相性と悪すぎる。


 回復が使えるという理由でヒーラーを目指したのは、大きな間違いであった。私の呪文は、回復に該当していいものじゃない……。


「そんなことない! 完全な再生ができる回復なんて、すごい力じゃないか!」


 シジューコは私の肩をつかんだ。背筋を伸ばされ、顔は正面を向かされる。シジューコの熱い眼差しが目に入った。


 シジューコの目力は吸い込まれるほどに強く、私は目を背けられなかった。まばたきもせず見つめ合う時間が続いた。


 瞳の表面に水の膜がたまり、胸の鼓動も大きくなっていく。


「そんなこと言っても……結局、私の回復に代償があるのは避けられない……」


 吐き出すように私は答えた。

 復元できようとも、回復で仲間を危険な目に合わせては意味がない。私は決してヒーラーにはなれない……。


「代償なんて、俺の呪文で打ち消してやる! もしも打ち消せないなら俺が新しい呪文を習得してやる! だから自信を持ってほしい。自分を、責めないでほしい……」


「じ、しん……」


 何故シジューコに付いていったのか……私は思い返した。


 洞窟でリザードと戦った際、私はシジューコを助けた。グゲンフルスで失った足を元に戻し、ヒーラーとして感謝された。


 ――俺が生きているのはツデレンのおかげだ。すっごいヒーラーだよ。


 その言葉が本当にうれしくて、心に染みこんだ。頭の中で何度も繰り返されて、離れなかった。


 シジューコといれば、私はまたヒーラーになれるかもしれない。あの事故のことは忘れてはいけないが、後ろめたさから逃げてばかりの人生に終わりを告げられるかもしれない。


 あの時の私の心には、そんな期待が湧き上がっていた。


「洞窟での戦いの時も、初めて受けた依頼の時も、ジョーマーサを助けに行った時も、ツデレンの回復呪文が無かったら死んでいた! 俺は、いや俺たちは何度も命を救われている!」


 それだけではない。シジューコには危なっかしさがあった。せっかく自分を認めてくれた人を失いたくはない、支えなくてはいけない。そんな気持ちも後押ししたのだろう。


 私が今、ヒーラー縛りのパーティにいるのは自信を取り戻すため……。これ以上、大切な人を失わないため……。


 挫けては……いけない!


「本当に、代償を打ち消してくれるんでしょうね?」


 私は落とした杖を手に取った。


「信じるよ……」


 <ヨキヒルセ>


 頭の中に1つの呪文が浮かび上がった。体の奥底から活気があふれてくる。涙は乾き、体が軽くなる。


「新しい呪文が来た。代償を打ち消すのは……任せたから」



 ***



 私たちは再びドラゴンの元に戻った。背中を向けていて、私たちのことは気付いていないようだった。


「はあぁ……! ヨキヒルセ!!」


 杖をドラゴンの背中、ちょうど腹がある辺りに向けた。杖先から渦の形をした光が発生し、ドラゴンまで届く。

 ヨキヒルセは相手を引き寄せる呪文だ。本来は人間1人ぐらいが引き寄せられる限度であるが、私の呪文ではより多くの人を、たとえ障害物があっても引き寄せる呪文に強化されている。


「リュ? リュウゥ……?」


 ドラゴンが私たちを察知し、振り向いた。


 軽く杖を引っ張ると、ドラゴンの腹の中から十数名の人々が出てきた。まるで光の渦に吸い込まれるかのようだった。


「やった!」


 恐らく、モンスターの体内に取り込まれた全ての人間を救い出せた。私たちの近くまで人々を引き寄せて、光の渦は消える。


「リュウ!? リュリュリュ?」


 ドラゴンは首を少し下げて腹を擦った。これまでにない感覚に困惑していると思われる。


「助かった、助かったぞおおおおお!!」

「おお、プレイヤーさん……」

「ふぇえええん! マー君! ほんとに良かったぁ!」


 叫ぶ者、笑う者、泣く者、それぞれの声が入り乱れる。静かだった空間は一気に騒がしくなる。

 その中に、ジョーマーサを発見する。


「ジョーマーサ、大丈夫か?」


「まぁツデレンさん。無事で良かったですわ」


 ジョーマーサはニコニコとしながら私に近づいた。腕は失っているが、他に体の不調は見られない。


「わたくしはだいじょ……ううっ! 目が、急にぃ……」


 突然、ジョーマーサはフラつき始めた。目の焦点が合っておらず、瞳孔がグルグルと回転している。

 他の人たちも同様に目が回り始めたようで、頭を抑えたり、しゃがみ込んだりしている。これが呪文の代償だろうか。呪文を使うまで代償が分からないのも不便な点だ。


「…………」


 私はシジューコのほうをチラリと見て、合図を送った。シジューコは口角を上げてうなずいた。


「グゲンフルス」

「マヤイ・ユチルス!」


 杖をジョーマーサたちに向け、私たちは呪文を唱えた。

 まずは私の呪文でジョーマーサの腕が再生する。次にシジューコの呪文も重なり、人々の目の焦点が正常に戻る。


「皆さんは速やかにあのモンスターから離れてください! 後は俺たちがやります!」


 正常に戻ったところで、シジューコは避難の勧告を出す。ドラゴンを見た人々は、自分の置かれた状況を再認識し、言われた通りに離れていく。


「ジョーマーサ、殴る」


 私はグゲンフルスの代償も治っているか、確認がしたかった。ジョーマーサのほほに拳を当てた。


「いいっ! 何するんですかぁ!」


「痛いか?」


「まぁ、一応」


 この程度の反応なら代償は打ち消されたと思っていい。私の呪文の代償をシジューコの呪文で帳消しにできるというのは出まかせではなさそうだ。


 他の住民が避難した中、1人の男がポツりと立ったままだった。


「彼女の仲間だったね。感謝する」


 憎たらしい顔立ちにスラリとした細い体……ケスキモーだ。


「あのドラゴンを討伐するのだろう? 力になるよ。ヒーラーとしてね」


 ケスキモーは左腕に装備している鎧のような機械を見せつける。


「え? 状況が分からん……」


 シジューコは口をポカンとさせた。わけが分からないのは同感である。モンスターを復活させていた男が、どういう風の吹き回しなのだろうか。


「けど……まぁいいや、行くぜ! ドラゴンを倒す!!」


 気合を入れ直してシジューコは杖をドラゴンに向けた。


 私も手に力が入る。


 今度こそ……アイツに勝たなくては……!


 細かいことは考えず、今はそれだけに集中することにした。

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