4-5 ネガティブ・ヒロインズ
ツデレンはうつむきながらため息を付く。普段の彼女がこんな弱々しい姿を見せることはない、明らかに様子がおかしい。
「どうしたってんだ? 急にさ」
「だってホントのことだし……。私にヒーラーが務まるわけがないんだ」
顔は暗く、表情も乏しくなっている。あまりにも別人のようで、踏み込んだ話をして良いのかも分からない。
「そんなことないって。なぁ? ジョーマーサ」
1人での解決は難しい、ジョーマーサの力を借りよう。そう考えた俺は振り向いてジョーマーサに声を掛けた。
「申し訳ございません……ひぐっ、申し訳ございません……」
しかし、ジョーマーサも同じ症状に陥っていた。しゃがんだまま涙を流し、鼻水も垂れてしまっている。
「いつもわたくしが足を引っ張ってしまって……何故、わたくしはこんなにも非力なのでしょうか……!」
顔から出た液体を拭く様子もなく、肩を震わせる。
「どうしたんだよ2人とも……」
類似した症状で、両者とも別人のように落ち込んでいる。外的な要因で2人の精神に狂いが生じていると考えるのが自然だ。
俺が何ともないのは、ここに生える特殊な石がこの変な現象から守っているからだろうか。
だからといって、2人を放っておくわけにはいかない。
「とにかく、落ち込むことじゃないよ。ちゃんと今までの自分を思い返してみようぜ」
まずはツデレンの気持ちを落ち着かせようと試みた。隣に寄り添い、目線を合わせてみる。
「シジューコ……そうだな。私がヒーラー縛りの旅に参加して、きっと不満がたまっているだろうな」
ツデレンがゆっくりと立ち上がった。かと思ったら、今度は尻を向けて四つん這いになった。
「気の済むまでたたいてくれ。せめてもの罪滅ぼしだ」
左右に、そして小刻みにツデレンは尻を振った。厚手のズボンで腰回りの体形が分かりづらくなっているが、しっかりとくびれがあり、近くで見ると迫力が感じられる。
「なっ……! で、できるか!」
小柄な割に成熟している体は、変に意識をしてしまうと、目から離れなくなる魔力が秘められている。
仲間にそういう感情を持ち込みたくない。俺は深呼吸をして気持ちを整えた。
「ああ、そうか……。服の上からなんて生ぬるいよな……。ごめんなさい……!」
ツデレンは厚手のズボンに手を掛ける。光の石の力を受けていないなら、相当寒いはずだ。それなのに顔色ひとつ変えず、ズボンを降ろしていく。
「違うってぇ……」
ツデレンの説得は諦めた。先にジョーマーサを正気に戻そう。
「ジョーマーサもさ、そんな落ち込むことないよ。仲間がいるだけで力になるんだよ」
俺はジョーマーサに近づき、顔をのぞいた。
「シジューコさん、わたくしは精神的な癒しを与えることしかお役に立てません」
俺の顔を見た途端、ジョーマーサは自らのマントを脱いだ。下には赤色のドレスを着ていて、スカートをまくり上げる。
「だあああああっっ!! 脱ぐな! やめろやめろ!」
ギリギリ下着が見えそうになった――正確には、少し白い布が見えたところで、俺はジョーマーサの手を止めた。
一瞬であったが、目に焼き付けてしまった……。忘れなければいけないが、忘れられる気がしない。鼻の奥や耳の裏が必要以上に熱を発してしまう。
「はっ……! 失礼いたしました」
俺の声を聞き、ジョーマーサはすぐにスカートから手を離した。ツデレンよりは話が通じるかもしれない。
「脱がせたいんですね?」
ジョーマーサが腕を降ろし、目を閉じる。胸を張りながらも無抵抗で立つ姿は、また別の魅力があることを認識させられる。
「ちがああああああああああうう!! 違う!」
ダメだ、ジョーマーサも会話が通じない。期待した俺がバカだった。
ああ……どうすればいいんだ……。
***
困った挙句、俺は一旦この砂地を離れることにした。場所が原因で起きているなら、戻ればなんとかなるかもしれない。
2人の手を引っ張りつつ、来た道を戻る。2人とも自分から歩こうとはしないが、俺の導きによって本能的に足を動かしてくれる。
「はあぁ……どうしてわたくしは足を引っ張ることしかできないのでしょう……」
そう思うなら自らの足で歩いてほしいのだが、冷たい言葉を掛けた場合、もっと落ち込みそうなので何も言えない。
「ごめんなさい……。ううぅっ、うぇええ……」
ツデレンは泣くばかりで、傍からみたらどこからどうみても子供である。どうしてこんなことになってしまったのだろうか。原因も分からず、心がどんよりとする。
「ああぁ……」
左右が高い崖で挟まれた谷はずいぶん殺風景だ。一本道なので道には迷わないが、景色の変わらない道というのも味気が無い。
せめて話し相手があればマシなのに、2人ともこんな状況ではそれもかなわない。
退屈と戦いながら道を進んでいると、突如空から1体のモンスターが降りてきた。
モンスターが勢いよく着地したことによる重低音が響き渡る。砂ぼこりが舞って周囲が茶系統の色に染まる。
「バラバラバラ!! バラバラバラバラバ!!」
この特徴的な声は、植物型モンスターのウムキシ・ローズだ。砂ぼこりが収まり、その全容があらわになる。
上部についている真っ赤な花びらが、地味な視界の中で色濃く映る。根っこを足のように、枝を手のように動かし、道を塞ぐ。
「バラバ!」
早速、ローズはふとましい枝を勢いよく伸ばし、攻撃をしかけてきた。枝にはトゲが生えていて、当たったら大ダメージを受けること間違いない。
枝の動きに集中し、見極める。
「マナダン!」
そして避けると同時に呪文を唱えた。
白い魔球は相手の花に向かったが、枝で簡単に防がれてしまった。
「クッ……やっぱりか」
枝はビクともしていない。攻撃に使う部位だけあって、耐久は高いのだろう。
だが戦いの方針が少し見えた気がする。花の部分をわざわざ守ったということは、逆にそこが弱点なのではないだろうか?
枝の攻撃圏内に安易に入るわけにはいかない。花を攻撃するには、まず枝を斬らなくては始まらない。
ツデレンのマナルキなら、それが可能なはずだ。
「ツデレン……!」
「はあぁ……。どうして私はヒーラーを名乗っちゃったんだろ……」
呼びかけてみるが、ツデレンは呪文を使えるような状態ではなかった。俺が手を離した隙に崖の端に寄り、再びしゃがんでいた。
緊急事態であっても、この症状は改善しないらしい。
「ジョーマー……」
せめてジョーマーサが枝の気を引き付けてくれれば……。
「わたくしはどうせ役に立てません。こうしているのが1番なのです」
わずかな期待を寄せてジョーマーサのほうを向く。が、彼女も同じく、しゃがんでブツブツとつぶやいていた。
「やっぱりか……」
2人の協力が期待できないので実質1人での討伐だ。
旅をしてから最初に戦ったアンバレ・ボア以来だろうか。
「っしゃあ! 気合入れなおすぜ!」
元々スカトウさんは、俺だけに依頼をしてきた。1人で戦う運命だったと思えば大したことはない。
今は誰も頼れない。俺が……1人で勝つ!
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