4-4 光の素質

 コルゴエに来た目的を早くも見失い、俺たちは詰まっていた。運よく民家の人と仲良くなり、泊めてはもらったが、長居はできない。

 ギルドにキシラ・ユニコーン以外の依頼はなく、ここにいる意味は無くなっている。


 ギルドの隣には、恐らく町で唯一の喫茶店がある。昨日に続き、今日も俺たちはここを利用した。ここで提供される飲食物は、どれも安価かつ癖のある味で、つい口に含みたくなる中毒性がある。


「うっまいなぁ~!」


 客は俺たち3人のみ。周りの目を気にせずに声が出せる。注文したのは肉と野菜の入ったスープだ。コクがあり、体を芯まで温めてくれる。


「本当にどうする気だ? 別の町に移るにしてもどこに行く気だ?」


 せっかくほっこりしていたのに、左からの鋭い視線がチクチクと刺してくる。


「う~ん……。もっとこう、大きめの討伐を任せられる環境がどこか分かればいいんだけどなぁ」


 ここにいる理由もないが、どこか行く当てがあるわけでもない。


「そのような知識がわたくしにあれば良かったのですが……」


 悩んでいる俺を、右からの穏やかな視線が慰めてくれる。


 しかし結論が出るわけではない。今の俺はただ現実を逃避しているだけだった。


「おや、偶然だねぇ」


 その時、後ろから憎たらしい視線を感じた。背筋に悪寒が走り嫌な予感がしたので、すぐさま振り向く。


「お前!? 何でここに!」


 想像通り、視線の主はケスキモーだった。肩の筋肉が硬直し、キュっと体に寄せたままになる。


「僕が飲料物を味わってはいけないのかい?」


 ああそうだ……こいつはまだこの町にいる『目的』があった。少しでも早くこの町から出るべきであった。

 ケスキモーの両手はコップで埋まっている。コップを後ろの長机に置くと、ケスキモーは口を俺の耳に近づけた。


「君のおかげで、キシラ・ユニコーンとの目的は致せた」


 小声で、やや艶めかしくささやかれる。


 そんなこと……聞きたくない、知りたくない!


「バカッ……! 何してんだ! というか報告するな!」


 耳に熱が少しだけ伝わる、ムズムズとするのが余計に気持ち悪かった。すぐに耳を塞ぎ、ケスキモーをにらみつけた。


「何の話ですか?」

「なんでもない!」


 絶対に言いたくない。純粋な目で聞くジョーマーサへの罪悪感が心に残るのが辛いが、俺が我慢するしかない。


「その後が気になっていると思って、親切に教えたのに……やれやれだ」

「うるさい! というか顔すら見たくないし! シッシッ!」


 ケスキモーといると調子がくるって仕方ない。


「分かった分かった。そこまで言うならしょうがない」


 嫌悪感を露骨に見せたおかげか、ケスキモーは奥の席まで離れてくれた。


「本当に気になるんだけど……そんなに言いたくないのか?」


「知らないほうが身のためだよ」


 何が何でも、ツデレンたちに変な想像をさせたくない。一応遠ざけられたが、まだ安心しきれない。


 ジロジロとケスキモーの様子を眺めていたら、扉に取り付けられた鐘が鳴る音がした。新しい客が来たようだ。


「いらっしゃいま……あら、スカトウさん。どうしたの?」


 お店の店員が親しげに話しかける。店員と客ではなく、私的な知り合いなのだろうか。


「いや、普通に飲みに来ただけだ……」


 渋い雰囲気の低い声の男だった。

 帽子を深くかぶり目元が隠れている。特に印象的なのが、手に持っている石だ。手のひら大で、直方体の角が削れたような形をしている。色が透き通っているため、ただの石ではないと思われる。


「…………」


 キョロキョロと辺りを見回した後、男は俺に近づく。


「な、なんですか?」

「…………」


 無言のまま石を近づけられる。何が目的なのか一切の説明がなく、得体の知れない恐怖が体を走る。


 石はぼんやりと、中心から白く発光した。


「おおっ! やっぱり! 君は光の素質を持っている!」


「え? どういうことですか?」


「選ばれし者ということだ! ちょっと依頼したいことがあったのだが、光の素質を持っている」


 俺に……素質……!?


 そうか……やっぱりそうだったのか。これまでも内心思う場面はあったが、俺にはプレイヤーとしての才能があるらしい。


 明確に素質があることを示されたのは初めてで、気分が高揚していく。父さんの言葉はウソではなかったのだ。


「怪しいなぁ……、光の素質って何だ?」


 疑いの目をツデレンが向けた。無料で俺の素質を見抜いてくれたというのに、なんて失礼だろうか。


「光属性の呪文を覚える傾向がある人のことだ。この石が強く反応しているのがその証となる」


 無礼な態度に何か言うこともなく、スカトウさんは優しく教えてくれた。


「そうだったのか、俺って光属性の素質があったんだ! 知ってた?」

「知るわけないでしょ」


 ツデレンの冷たさは一貫している。さらに真面目に聞いている様子もあに。肘を机に乗せ、ほお杖をしたままだ。


「なんだよ、もっと喜んでも良くない? 土属性にも強く出られるんだぞ?」


 俺たち魔術師が苦手とする土属性のモンスターも、光属性の攻撃なら大ダメージを与えられる。パーティの穴を埋められるのだ。


「光属性の素質があっても覚えなきゃ意味ないでしょ」


 痛いところを突かれた。

 俺の攻撃呪文は未だにマナダン1つのみで、これは属性の無い技だし、威力も相手の体内に打ち込まないとダメージも期待できない。属性が関わる攻撃呪文が無いのはジョーマーサも同様である。


「まぁそれは、おいおいということで……」


「光属性の呪文が無くても、素質がそのまま強みになる場所もある。今回はそこでモンスターの討伐を行ってほしいんだ」


 一部始終をニコニコと聞いていたスカトウさんが口を挟む。


「そうですかそうですか! 任せてくださいな!!」



 ***



 また勢いで依頼を引き受けてしまった。場所はコルゴエの奥地にある砂地で、岩が乱雑に地面から突き出ている。風情などはなく、無骨な印象である。


 依頼の内容は失踪の調査である。少し前からこの砂地に来た人が全く帰ってこないという怪現象が発生しているそうだ。


「なんか、ちょっと暖かい気がする」


 砂地にある岩は光属性の素質と共鳴し、力を与えるらしい。室外だと基本的に全て寒い町なのに、ここだけ暖かいのは、俺に素質がある証拠といえる。


 スカトウいわく、怪現象の調査をしに来た人も消えてしまうため、光属性の素質がある俺に直接依頼したそうだ。

 この環境下で少しでも強いプレイヤーに調査させ、原因解明に至る魂胆だろう。


「いや、私は相変わらずだが……」

「うらやましいです。わたくしも、そんな素質が欲しいですわ」


「そっか……本当に俺は……」


 2人ともからかうような性格ではない。俺は今、本当に光の石の影響を受けていることになる。

 単なる身体能力だけでなく、環境の適応能力のような、基礎的な力全般が向上しているものと思われる。


 それにしても、ここに来た人が帰れなくなるというのは、何が原因なのだろう。

 仮にモンスターの仕業だとして、そこまで強いモンスターが存在するのだろうか。プレイヤーが帰還できない強さのモンスターなんて、想像も付かない。

 何か初見殺しのような要素が、この地形と合わさっているのだろうか。


 そんなことを黙々と考えてながら、砂地を進んでいく。


 しばらくしたところで、事件は発生した。


「う、うう……!」


 後方からのうめき声。何事かと思ってすぐさま振り返る。


「どうせ、どうせ私はヒーラーなんて向いていないんだ……」


 そして普段は聞けないような言葉遣いで、ツデレンがしゃがみ込んでいた。

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