4-3 謎の男・ケスキモー

 セッカケラを手で回収していた際に現れた男が、キシラ・ユニコーンを復活させていた。


 別のモンスターではなく人間が関わっていたとは、意外な真実である。


「アンタの名前は? どうやって復活させたんだ?」


「名前はケスキモー。復活させるのは簡単さ……」


 ケスキモーと名乗った男は、隠れていた左手の袖をまくる。そこにはまるで鎧のような、人工的な金色の機械が取り付けられていた。


「ドキマモス!」


 セッカケラに向かって腕を伸ばす。そして呪文を唱える。回収したセッカケラ、未回収のセッカケラが、キシラ・ユニコーンを倒した場所に集まっていく。


 集まったセッカケラが4本の足、胴体、首、顔と順に元の姿へと形を整えていく。そして角まで生えると、元の毛並みに戻り、角が黄金に再び輝いた。


「ユニユニユニイイイイイッッッ!!」


 首を反らせ、ユニコーンは雄叫びを上げる。その様子は、俺たちが直前まで戦ったモンスターそのものであった。


「やあ久しぶり、今日もお話しようか?」


「ユニ!? ユニィ……!」


 ケスキモーを見たユニコーンは、逃げるように距離を取り、俺たちから離れていった。


「やれやれ、もうすぐだと思うんだが……」


 去っていくユニコーンをケスキモーは穏やかな目で眺める。深くため息をつき、真っ白な息が漏れる。


「まあ、こんな事実でしたとは……想像もできませんでした」


 ジョーマーサの口はポカンと開いたままである。


「いや、それより……」


 ユニコーンが復活する件の事実にも驚きだが、それ以上に聞かなくてはいかないことがある。


「アンタもしかして、時を操るヒーラーなのか?」


 思い切って尋ねた。時を戻して相手の状態を戻す――ケスキモーが行った行為は、実質的な回復と一緒である。


「うん、僕はヒーラーだよ。回復拳術士のね」


 ヒーラーとは戦う上での役割を差す。

 回復を行える職業が基本的に回復魔導士しかないため、ヒーラーと回復魔導士がほぼ同義として扱われるが、ときどきケスキモーのような人物も現れる。


「こんな都合良く会えるなんてな……。ま、私たちがアンタとは分かり合えそうにないけど」


 ツデレンは腕を組み、唇をかみしめた。そのままチラりと、涼し気な目で俺を見る。


「俺も同意見だ。この件は全部アンタ1人がやったのか?」


「うん、封印されたスィギルムカードは、時を止める呪文でこの偽のスィギルムカードと入れ替えて手に入れた」


「なんでモンスターを解放したんだ?」


 ケスキモーのやっていることは、討伐とは正反対の行為である。パーティに引き入れられるのだろうか? どう説得すればよいのだろうか?


 得体の知れなさに、背中がゾクゾクとする。


「なんでねぇ……」


 ケスキモーは跳ねている毛先をクルクルといじり、とぼけた顔をする。


「別に責めたいわけじゃない。俺たちはアンタを、パーティの仲間に引き入れたいんだ。もしあのモンスターを回復させたのに事情があるのなら聞かせてほしい」


 ここで頭ごなしに否定をしてしまえば、完全に和解できる道はなくなってしまう。自分の都合で動いても仲間にはなってくれない。ちゃんと相手の気持ちに寄り添わなくてはいけない。


 たとえモンスターを回復するようなプレイヤーでも、どこかに分かり合える妥協点があるはずだ。


「う~ん、君にだけなら、話してもいいかな」


 ケスキモーは俺に近づいた。俺の耳元を両手で覆い、吐息が吹きかけられる。左半身に鳥肌が立ってしまった。


「僕はキシラ・ユニコーンと肉体関係を持ちたいんだ」


 ……は?


 耳元でささやかれた内容は、あまりに単純かつ意味不明なものだった。体は凍えているのに、耳だけは熱くなってきた。


「じょ、冗談か?」


 モンスターは人間に被害を与える敵である。劣情を抱くなんてもってのほか、愛玩の対象として見ることすらあり得ないことだ。


「冗談なわけないだろう。恥ずかしいから……君にしか言わなかったんだ」


 口元を隠して、ほほを赤く染めるケスキモー。


「いや……いやいやいや! なんで照れてんだよ!!」


「照れるような内容ではないということかい? やはり君にだけ打ち明けて正解……」

「そうじゃない!」


 こんなにも話がかみ合わないことがあるだろうか。もどかしくて、腹の底が煮えたぎってくる。


「おい、なんだ? どういう理由なんだ?」


 ツデレンが俺の袖を引っ張りながら訪ねてきた。


「言えない言えない! たとえ殴られても言わないからな!」


 と言った瞬間、鼻に振り上げられた拳が素早く直撃する。


「うぎゃっ! な、なんだよいきなり……」


 殴ったのはジョーマーサだった。

 こんなことをするような人ではないはずだが、目を輝かせて俺の反応に興味を持っているようだった。


「まあ! 本当に殴られても言いませんわ! 有言実行……素晴らしいです!」


 ジョーマーサはニッコリと笑う。秘密を知りたかったのか、俺の口の硬さを確かめたかったのか、理解が追い付かない。


「ああ、ありがとよ……」


 こんなことを褒められても全然うれしくない。ジョーマーサがズレてると感じることはあったが、今回は特にズレている……。


「……とにかく、こいつとは関わらないほうがいい」


 仲間になれるとは思わない。あんな危険なモンスターにいかがわしい感情を抱いているような奴とは分かりあえる気がしないし、関わることすら避けたい。


「本当にどんな理由だったんだよ! ああ、気になる!」


 正直に話すわけにはいかなかった。2人は想像すらさせたくない。俺が沈黙を貫き、あとは一切関わらなければ良いのだ。


「わたくしはシジューコさんを信じますわ」


 何をどう信じる気なのか分からないが、言及しないならそれに越したことはない。


「2人とも、帰るぞ!」


 ツデレンとジョーマーサの背中を引っ張り、この場から逃げるように離れた。


 はあ……ギルドにはなんて報告しよう……。



 ***



 ギルドには「第三者に邪魔をされてユニコーン自体を逃した」と報告した。大筋は間違っていないので問題はないだろう。

 邪魔をしてきた相手の特徴として、ケスキモーの外見をしっかりと伝えた。アイツが事情聴取をされれば、あのモンスターは誰かが倒してくれるはずだ。


「で、どうするんだ? せっかく会えたのに断っちゃって……、いい印象ではなかったけど、そんなこと言える立場じゃないだろ」


「すまん、でも本当に……ダメなんだアイツは」


 わざわざ寒冷地まで来てこの結末……。後悔だけが重くのしかかる。


「わたくしはシジューコさんを尊重します。その分わたくしたちがもっと強くなれば良いのです」


「おう、ありがとな……」


 ジョーマーサの言葉が心に染みる。


「そうだ、何かおごるよ! いろいろ言いたいことがあるのは分かるけど、頼むから忘れてほしい!」


 ギルドの隣には喫茶店がある。ここで強引に恩を売って、時を操るヒーラーの話を出させないようにしようと決めた。

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