4-2 雪積もる湖
町の中心から少し離れたところに広い森があり、その奥にコルゴエ湖がある。
湖では透き通った水が反射し、森の景色を鏡のように写し出す景色はとても美しく、観光目的で来る人が多かったそうだ。今はモンスターがいるせいで誰もいないが。
キシラ・ユニコーンは環境に関係なく周りを豪雪にするモンスターである。急な環境の変化に対応できず、命を落とした生物を食べて生活している。頭部に生えた1本の角で、死骸を探知しているそうだ。
このモンスターの力により、コルゴエ湖は氷で覆われてしまっている状態らしい。森を進んでいると、途中から木々が緑から白へと変わる方向があった。
「あっちがユニコーンのいるところか……」
元々寒かったが、気温はさらに低い。足を一歩前に進めるたびに周りの空気が冷えていくのを肌で感じる。
さらに向かい風も強く、人の侵入を拒んでいるようだった。これでは普通の人が寄り付かないのも仕方ない。
「ううううっ! さ、さささ……寒いです……」
ジョーマーサはその場でしゃがみ、体を丸めた。
「大丈夫か? ジョーマーサ」
一方のツデレンは厚手の防寒服を買ったおかげで、冷えを克服していた。それでもまだ寒いはずだが、素肌の寒さを一度経験しているためか全くこたえていない。
「もし無理なら、私とシジューコの2人で討伐するけど」
口元は隠れていたが、ツデレンが不適な笑みを浮かべているが分かる。目がニヤニヤとしている。
「い、いえ! それだけは……! わたくし、この程度問題ありません!」
ジョーマーサはほほをぷっくりと膨らませる。気温の低さに反し、2人の対抗心は熱いままだった。
***
辺り一帯の天候を雪に変える……戦いへの影響は少ないと思っていたが、全くそんなことはなかった。
足場は悪いし、体も冷えている。このせいで普段通りの動きができない。
「くうぅ……! 思ったよりヤバいな……」
ツデレンは杖を構えるが、その手は震えていた。
「ユニユニユニユニイイイイイーー!!」
俺たちを認知したキシラ・ユニコーンは、叫びながら突撃してきた。
「マナルキ!!」
モンスターの角とツデレンの杖から発生した刃が交える。ギリギリと音を立て、力強く競り合う。
ここまでは想定通りだ。その隙に、俺たちが追撃をしかける。
「第1の術、ユチダン!」
「マナダン!」
ユニコーンの横にそれぞれ回った俺たちは、同時に魔球を放った。杖と相手の体の距離はほとんど0であった。
「ユッ……! イイユニ……!」
左右のダメージによろけ、ユニコーンは少し退く。魔球と触れた毛はだいだい色に変わっていた。
ユニコーンの毛は触角の役割を果たし、それによって相手の位置や動きを特定している。しかし万能というわけではなく、他に戦っている相手がいる場合は周りへの集中がおろそかになってしまう。
「おりゃああああっ!!」
退いたところにツデレンが喉を突く。ユニコーンは遠くまで吹っ飛んだ。
「やりましたかね……?」
「ユ、ユニィ……!!」
一度は倒れたユニコーンだったが、すぐに立ち上がる。
「まだっぽいな」
「コオオオオオオオオオオン!!!」
ユニコーンの体中から冷気が放出され、毛の色がまた白に戻った。
「クソッ……!」
冷気が雪へと変わり、視界がぼやけていく。
冷気放出は攻撃にも回復にも使える行動で、ある程度の大きさの敵になると外側からの攻撃では力不足。やはりいつものように、相手の体内に魔球を直接当てなくてはいけない。
「ユニユニユニイイイイイ!!」
ユニコーンは再度俺たちに向かった猛進し、高く跳びあがった。空を見上げると、ユニコーンが黒い影を作っていた。
そのまま敵は体勢を変える。まるで弾丸のように影は丸っこくなった。足を閉じて角をこちらに向けたのである。
こんな攻撃受けたら……回復をする間もなく死んでしまう!
危険を察知し、ツデレンが横へ逃げる。対するジョーマーサは状況が飲み込めておらず、上方を見たまま固まっていた。
「危ない!」
俺はジョーマーサを力強く引っ張った。次の瞬間、地面にユニコーンの角が刺さる。
地面にはヒビが入り、そこからさらに激しい冷気が発生する。角を地面から抜いたユニコーンは毛を逆立ちさせ、より鋭い目つきとなっていた。
完全に攻撃態勢に入っている。このまま真正面で戦える気がしない。
「はあああああっっっ!!」
が、背後からツデレンがモンスターに向かった。刃を立てて背の右側にあたる毛並みを斬る。白い毛の奥の、土色の体が見える。
「ユ、ユユ……!」
「ただ避けただけだと思ったか?」
ツデレンがニヤりと笑う。やはり、周囲への注意が散漫になるのが敵の最大の弱点といえる。
毛を削がれたことで力も失ったのか、ユニコーンは一気に弱弱しくなった。声は小さくなり、脚もガタガタとして立つのがやっとであった。
「よしっ……! これで終わりだ!」
開いた口に杖を突っ込んだ。杖を上げ、体の中心まで届かせる軌跡を作る。
「マナダン!」
「ユウゥ……」
ユニコーンの動きが止まった。土色の肌まで白くなり、毛も硬直する。セッカケラへと変わったようだ。角の輝きも消えて、頭部から離れる。
杖を引き抜くと、敵の体は完全に崩れ落ちた。
「ふぅ……」
相手の集中を削げたおかげですんなりと勝利ができた。湖は凍っているし、木々はまだ白いままだが、モンスターがいなくなればそのうち戻るだろう。
が、本当の問題はここからである。
「これを回収しようとしたら……スィギルムカードが偽物に変えられてしまうのですよね」
「ああ、だから……」
事前に相談した方法を使う時が来た。
「人力で回収だ!」
俺は1枚の布を広げた。手をピンと伸ばし、布の上にセッカケラを集めていく。
他のプレイヤーはギルドで換金する時まで偽物のカードと入れ替わったことに気付いていない。そうであれば、スィギルムカードがこの謎の現象の核であるはずだ。
そもそも使わないという選択肢を取ることで、復活を回避できるか、もしくは復活の理由を突き止められるか……。
「白いと分かりづらいな……」
「雪が消えてくれれば良いのですが……」
ツデレンとジョーマーサも協力してくれた。
ただの雪も布に集まっていくし、手が冷えて感覚が鈍くなっている。効率の悪い作業だ。他のプレイヤーがこの作戦を取らなかった理由もうなずける。
「ふぅ……」
低めの声が聞こえた。ツデレンともジョーマーサとも違う声質に感じた。
「今、ため息ついた?」
尋ねてみるが、2人は首を同じ速度で横に振る。
「君たちが一枚上手だ。僕の負けだよ」
俺たちの元に、1人の男が現れた。青いシャツとズボンを着た、スラリとした細い男である。髪も水色で全体的に冷ややかな印象だ。ただでさえ寒いのに、見ているだけで余計に体温が下がってくる。
「なんだお前……、お前が復活させたのか?」
ツデレンは立ち上がる。ぐるりと首をひと回りさせ、上目遣いで男をにらんだ。
「いかにも、僕がキシラ・ユニコーンを復活させていた」
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