時を止めるヒーラー

4-1 寒冷地コルゴエ

 キョウビから丸1日かけ、コルゴエに到着した。


 建物の数は少なく閑散としていて、代わりにあるのは川や草原だ。広大な自然は俺がいた地元の町を連想させる。


「うう……寒い、なんでこんな寒いんだ……!」


 ツデレンは露出した自身の太ももを手で擦った。持っている服はどれも脚が出てしまうため、完全な防寒はできていないようだ。


「地形の関係で他より寒いらしいぞ」


 コルゴエは他の町と比べると標高が低く、地形的にも陽が当たりづらい。加えて今日は天気が悪く、空は灰色の雲で覆われている。

 空気は冷たく、吐いた息が白く広がっていく。


「服とか売っているところないかな……なさそうだな」


 点々と民家あるが、町には商業をしている気配が感じられない。一部を見て全体を判断するべきではないが、少なくともこの近くにはないと言っていいだろう。


「わたくしのこの服を貸しましょうか?」


 ジョーマーサはマントで全身を隠していて、比較的暖かそうである。動きづらそうと思っていた服が、こんな形で役に立つとは思ってもみなかった。


「それはやだ」


「わかりました。では貸しません」


 きっぱりと断ったツデレンに対し、ぷっくりとほほを膨らませるジョーマーサ。2人ともムキになってしまっている。もう少し仲良くなってほしいのが本音だが、俺から特に何も言えない。


「オー! オイオイ! そんなんじゃ死んじまうべ!」


 突然、台車を持ったおばあさんが大声を出してきた。腰を曲げたまま、小走りでツデレンの元まで寄ってくる。店として置くのではなく、移動販売を行うのがこの町における商いの基本なのかもしれない。


「このモコモコ着ろ! あったかいべ」


 台車の上には箱が重ねられている。おばあさんは1番上の箱からズボンを出した。擬音の通り、ズボンの表面は毛が巻かれた生地でできていて、非常に暖かそうである。


「モコモコ……モコモコ……!」


 ツデレンのほほが赤みを帯びる。ごくりとつばを飲み、物欲しそうに見つめていた。


「寒いんだろ。買った方がいいぜ」


 体を冷やして体を壊したら元も子もない。動きやすくは無さそうだが、寒さ対策をするのが最優先事項であろう。


「うん……!」


「4000エソだべ」


 購入の意思を見せた途端、おばあさんはニヤりとする。歯は何本か抜け、残っている歯も黄ばんでいる。いやらしさと不気味さが合わさった笑みに感じた。


「たかっ! でもモコモコ……! 買う! ムカつくけど買う!」


 心の葛藤が垣間見えたが、ツデレンは厚手のズボンの魅力に勝てなかった。



 ***



 ズボンだけでなく、ツデレンはマフラーも買った。あのおばあさんが商売上手なのか、ツデレンが意外とこういうのに弱いのか……。


「生き返るぅぅぅ……!」


 安堵の声と共に、ツデレンはモコモコしたズボンの生地を擦り、手も暖める。他にもニコニコとして足ぶりをしたり、体を捻ったり人が変わったようにはしゃぐ。そんな彼女を見ていると、少しほほ笑ましく思える。

 どんな買い物でも、結局買った本人が満足していればそれで良いのだ。


「良かったですね」


 ジョーマーサは淡泊な表情でツデレンを見る。あまり心がこもっている感じではなかった。


「にしても、本当にここで例のヒーラーと会えるのかなぁ」


「断定はできないな。あくまで最後に見かけた情報がここってだけだし」


「だよなぁ……」


 そもそも情報自体に信ぴょう性はあるのだろうか。まともな保証がないのに、こんな寒冷地に来てしまって後悔はしないだろうか。もし何の成果も得られなかったら……。


 心に不安が湧き上がりつつ、ギルドを訪ねた。


 ギルドだけはどこも変わらない。大きく豪勢な外観に、室内の温度も調整がどんな田舎でもされている。


「わたくしたち以外に人がいませんね」


 ジョーマーサがキョロキョロと辺りを見回す。

 居合わせたプレイヤーたちに、時間を操るヒーラーのことを聞くつもりだったが、人がいない。


「ほんとだ。しゃーないな……」


 町の人口自体が少ないので、人がいないのは必然なのかもしれない。ここでの情報収集は諦め、討伐依頼がないか尋ねることにした。


「あの、俺たち3人で倒せるような討伐ありますか?」


 窓口の前まで行き、俺は3人分のギルド手帳を受付嬢に渡す。


「はいはい、う~ん、どうしましょうかねぇ……」


 受付嬢は顔を捻らせた。ギルド手帳を簡単に確認した後、依頼一覧が記されていると思われる紙を、渋い顔のまま見つめ続ける。


「あ、俺たち結構強いですよ。ヒーラーだからって、なめないでくださいね」


「はあ。別にそういうつもりではないのですが……」


 受付嬢はほほに手を当てる。何か別の懸念事項があるのだろうか。


「コルゴエ湖のキシラ・ユニコーンの討伐を任せたいのですが……ここ、換金時にプレイヤー様と問題が発生していまして……」


 1枚の文書を見せられる。討伐依頼の詳細が記された文書だ。


「換金時に提出されたスィギルムカードが、見た目を寄せただけの偽物だったのです。そうお伝えしてもプレイヤー様はそんなわけないというばかりで」


 討伐後の話だった。文書内には討伐内容の話だけしか書かれていないので、聞かないと分からない話である。


「同様の問題が3回連続で起きていて……実績的にも、実力的にも、ウソをつく必要性は無いと思うのですが」


「誰かにすり替えられたってことか?」


 スィギルムカードは、ギルドが保有している特殊な装置でないと中身までは確認できない。見た目を寄せられてしまえば俺たちに判別の方法はない。


「その断定もできません。キシラ・ユニコーン自体がコルゴエ湖で復活しているのです。身代わりを作る能力か、セッカケラから復活する能力か……調査ができていませんが、ただのキシラ・ユニコーンではないことは確かです」


 俺の知る限りキシラ・ユニコーンにそのような能力はないはず。そうすると別のモンスターがいるのだろうか? しかし、そんなモンスターに聞き覚えはない。ギルド内で謎が解明されていないだけのことはあり、真相が想像も付かない。


「で、そんな訳アリの依頼を私たちにさせたいと」


 ツデレンは詰め寄るように体を前のめりにして、受付嬢に問いただす。


「その、今ある依頼がこれしかなくて……」


 俺たち以外にプレイヤーがいない理由が察せられた。確かに換金できない、討伐してない扱いされる依頼なんて、受けたがる人はいない。


「どうしましょう。セッカケラを回収できない依頼なんて……」


「今の俺たちに依頼を選ぶ権利はない」


 普段より高難度の依頼を任せてもらえるかもしれない状況、特殊な問題が起きていようとも、断りたくなかった。


「依頼を受けない権利はある」


 ツデレンが口を挟んだ。せっかくやる気がみなぎっているのに、出端を挫かれた気分だ。


「いちいち突っ込まないでくれ! 俺はやる! 謎は多いけど命に関わるわけでもない、やろうぜ!」


 俺は杖を高々と天井に向け、依頼を承諾した。

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