前日譚・ジョーマーサ編

0-3 ヒーラーたるもの

 お父様の顔は深刻だった。


「ジョーマーサ、お前はヒーラーをどういうものだと思っているんだ?」


 腕を組んで座る姿は、非常に威圧的である。眉間に深いしわを作り、じっとわたくしを見つめる。


「ヒーラーとは回復によって仲間を支援する役割……わたくしの認識は、正しいでしょうか?」


 恐る恐る、首を少しかしげつつ答えた。


「合っている。そう、仲間の回復こそがヒーラーの本質だ。仲間に武器を買い与えることではない。こないだの実習、一緒に組んだ人の武器を新調したそうじゃないか」


「ええ。ですが強い武器を使えば、素早くモンスターも倒せますし、そのほうがより安全ではないですか?」


 何が悪いのか、わたくしには理解ができない。安全を求めることは当然、むしろ最も優先すべき事項である。


「安全ではある。だがヒーラーがすべきことではない……! 改めて考えてほしい、ヒーラーがどういう存在であるべきかを……」


 お父様は頭を抑えたまま、席を外してしまった。



 ***



 ヒーラーとは何か。


 回復こそが本質とお父様は言ったが、本当にそうだろうか。呪文で回復させることだけがヒーラーの役割ではない気がする。

 仮にそうだとしたら、パーティへの貢献度が低すぎる。戦いの後、疲れを回復するために使用するが、今のところ戦闘中はほぼ立っているだけである。


 もっと大きな役割がヒーラーにはあるはずだ。


 部屋にいても答えにたどり着ける気がしなかったので、外に出る。どうせなら普段は足を運ばない所に向かおうと、わたくしは街の中心から離れるように歩き続けた。


 徐々に建物や人がまばらになっていく。代わりに草木が目立つようになっていった。


「ふえ、ふえぇぇ……」


 道中、1人の小柄な少年が街中で泣いていた。通行人たちは無視をしていたが、わたくしは見過ごせなかった。


「どうしたのですか?」


「ねーちゃんが、ねーちゃんがぁ……!」


 少年は近くにある建物を指差した。大人が数人しか入れないような小さく、廃れた外見の建物で、看板には『地下迷宮入り口』とある。何から何まで怪しい、異様さしか感じない。


「帰ってこないのですか?」


「ううっ……、うん……!」


 少年はぐちゃぐちゃな顔でわたくしを見て、訴えるような眼差しを向けた。



 ***



 少年と共に建物の中に入った。入ってすぐのところに下へ続く階段があるだけで、他には何もない。

 地下へ進むと、そこは地上からは想像つかない世界があった。吹き抜けで下の階層を確認できるが、底が見えないほど深い。いつくもの道が橋のように掛かっていて、それらが階段を交えながら複雑に絡まる。さらには他の部屋へと続く扉も無数にあった。

 まさしく、迷宮と呼ぶのにふさわしい場所だ。


 ここで少年のお姉さんを見つけるのは至難の業……と思った矢先、入り口から正面に続く道に、転んでいる少女がいた。


「あっ、ムシキナー!」


 少女はわたくしたちを認識すると、こちらに手を振ってきた。


「ねえちゃん……、ねーちゃん!」


 あっさりとお姉さんが見つかった。姉ではあるが、少年とほとんど見た目の年齢は変わらない。

 駆け寄って事情を聴くと、少女は足をくじいて歩けずにいたそうだ。


「第1の術……ユチダン」


 ちょうど杖を持っていたおかげで、回復ができた。腫れていた足首がすっかり元に戻り、少女は歩ける状態になった。


「では帰りましょう」


 怪しげな場所に長居はしない方が良い。お父様の教えの1つである。


 2人の手を取り、来た道を振り返った。

「うそ……!」


 しかしいつの間にか来た道が崩れ落ち、音もなく崖へと姿を変えていた。もともと老朽化していたのが原因だろう。


「あ、あぁ……ねえちゃぁん……」


 少年の弱弱しい声が虫の羽音のようにかすかに聞こえた。


 わたくしたち3人は自力で地上に戻れなくなってしまった。



 ***



 2人の姉弟は不安に駆られていた。


「大丈夫ですよ。いずれ助けが来ます」


 わたくしが何も言わず、夜まで帰ってこなかったら確実にお父様たちが動く。目撃情報などからここまで来ることはそう難しくないはず。


「ふええ……ふえっ……!」

「私だって帰りたいよぉ……」


 しかし、わたくしの言葉だけで不安を拭えなかった。2人とも暗い表情で体を丸めたままで、生気を失っている。


「…………」


 わたくしが使えるのはユチダンのみ。体の傷は癒せても、心の不安を解消できない。


 こんな時、どうしたら平常心を保てるだろう? 逆の立場なら、何をされて安心できるだろう?


 じっと頭の中で考え続けた結果、わたくしは答えにたどり着いた。


「……そうだわ! 体を寄せ合いましょう」

「えっ、え……」


 少年はまだ困惑している。すかさず、わたくしは彼の顔を右胸で包み込んだ。背中を擦り、動揺を少しでも減らそうとした。


「さぁ、あなたも」


 少女に手を差し伸べると、もじもじとしながら無言で近づく。彼女もわたくしの左胸に顔をうずめた。


「おっきなおねえさん……あたたかい……」

「あ、心臓の音だ……」


 胸を通して2人の吐息を感じる。ゆっくりと、そして深い呼吸は、わたくし自身の心も落ち着かせてくれる。


「お父様……お母様……」


 幼い頃、両親に抱かれた時のことを思い出す。

 親の腕の中にいるだけで、心の底から安心ができた。


 あの時の感覚を、この子たちに与えたい……。




 ***



 しばらくして、屋敷の使用人たちがわたくしの救助に来た。地下迷宮に入った時は昼だったが今は夜。空は漆黒で無数の星が輝いている。


 わたくしたちは自分の屋敷に戻る前に、姉弟を2人の住む家まで送った。


「おねっ……あの……」


 去り際、少年がもじもじとしながら、声にならない声を出す。耳まで真っ赤にさせて、目をなぜか合わせようとしてくれない。


「お姉さん! ありがとうございます!」


 それを見た少女が、深呼吸をして叫ぶ。満面の笑みで頭を下げる。連鎖するように少年も頭を下げた。


「あぁ、そうだったのですね……!」


 これが、ヒーラーの本質……!


 ヒーラーとは回復によって仲間を支える役割。

 それは肉体の回復だけではなく、精神の回復も含まれるというわけだ。


 わたくしは答えにたどり着けた満足感で、胸がいっぱいになった。

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