3-13 次なる目的地

 体が熱を帯びているのが分かる。

 痛みが退いたわけではないが、そんなことがどうでもよくなるほどの活気が体中から湧き上がっていた。


 思い出した……これが、新しい呪文を覚えた時の感覚……!


 呪文の効果は誰かに教えられたわけでもなく、直観で理解ができる。今、脳内に響いたあの呪文こそが、状態異常を打ち消すのだ。


「マヤイ……」


 枯れていた声も復活した。出せる……逆転できる……!!


「ユチルス!!」


 杖を握りしめ、肺に残った空気を全て吐き出す。辺り一帯が光に包まれ、真っ白になる。


 全身をむしばんでいた痛みが消え去り、体は軽くなった。


「はぁ……はぁ……」


 深く息を吸っても体に痛みやしびれが来ない。完全に毒霧を浄化できたみたいだ。


「あれ?」


 後はモンスターを倒すだけ……。

 と思って立ち上がるが、コブラは見当たらない。明るさも失せ、部屋に入った時の状態に戻っていた。


「ホッホッホ。成功じゃな」


 代わりにいたのはショシウだ。ヒゲも触りながら目を細めて笑う。


「ど……どういうことだ!?」


「この部屋のモンスター自体、ワシが作り出した幻覚じゃ。君たちにモンスターが思わせる呪い……というべきかのう」


 ショシウは右手を掲げて指を鳴らした。空間が再び明るくなる。


「だから……」


 だから、毒だけでなくモンスターも消えたというわけか。


「シジューコ……さん……」


 ジョーマーサが息を切らす声が聞こえた。呪文の効果は辺り一帯、自分だけでなく、ちゃんと他人の状態異常も回復ができる。


「ジョーマーサ! 大丈夫か? どうだ?」


 俺は彼女の顔をのぞいた。呪文の効果は直観で感じ取っただけ、絶対に信頼できるものではなかった。


「はい……とても、清々しい気持ちです……!」


 ジョーマーサは泣きながら笑っていた。涙が側面を伝い、髪に落ちる。


「本当に良かった……良かったです!」


 ジョーマーサは勢いよく起き上がった。急だったので避ける時間はなかった。


「だわああっ!?」


 おでことおでこが激突する。ガツンッ! と骨が振動し、ズキズキとした痛みが広がった。


「あたた……すみません……」


「ホッホッホ。元気じゃのう。これはワシからの選別じゃ」


 ショシウは床に小袋を置く。


「え……?」


 中身を確認すると、そこには大量の金銭が入っていた。


「こ、これって……」


「ホッホッホ。所詮はワシの余暇にすぎん。お金なんてちょっとしかいらんぞ」


「では、どうして後で返すのにお金を要求したのですか?」


「呪文というのは、窮地に追い込まれても諦めない心を持つことで習得できるのじゃ。回復魔導士は回復できるという安心感からなかなか新しい呪文を習得できないことが多い。だから金銭的にも追い込ませてもらったというわけじゃ」


「そ、そうなのか……?」


 事あるごとに金銭を要求したことに理由があったとは……、話を聞いてもあまり実感が湧かない。

 確かに焦ってはいたが、これが呪文の取得につながるものには感じられない。


「納得いっていないようじゃな。ワシにしてみればだいぶ追い込まれておったぞ。日に日に衰弱していたからのう……」


「は、はあ……」


「シジューコさん、急ぎましょう」


 ショシウの話が飲み込めていない中、ジョーマーサはウンビョナの元へ行くことを促した。こうしている間にもウンビョナは苦しんでいる。休んでいる暇なんてない。


「ショシウさん、ありがとうございました」


 ジョーマーサと俺は丁寧に頭を下げた。



 ***



 俺とジョーマーサは急いでウンビョナの家まで向かった。息が切れるたびに回復呪文を使い、走り続けた。


 その日はウンビョナの母親がヒーラーを募っていた。


「あの……! お母さん! 俺です俺!」


「あぁっ! こないだの……!」


 ちゃんと覚えていてくれたようだ。


「俺、やりました! ウンビョナ君のところに行きましょう!」


 これだけで母親は全ての事情を察してくれた。急いで家まで行き、ウンビョナの元まで駆けた。


「マヤイ・ユチルス!」


 目の前にウンビョナが見えた瞬間、俺は杖を彼に向けて、呪文を唱えた。ウンビョナの体が少しだけ発光する。


「うっ……」


 うめき声を上げた後、ウンビョナは黙り込む。


「ど、どうだ……?」


 もしかしたら回復できる状態異常には制限があるのか……? と、不安がよぎる。ここまで期待させて、ダメだったなんてあってはならない。


 俺は唾を飲み、ウンビョナの毒が消えることを祈った。


「あ……楽になった」


 祈りが通じたかのようにウンビョナはゆっくりと起き上がる。まだ状況が飲み込めていないようだったが、顔は晴れ晴れとしている。


「よっ……かったぁ……!!」


 寝具の横にいた父親が泣き崩れる。大きな体から大きな泣き声が出ていた。


 その様子を見ていると、自身の体までうずうずとしてきて、鼓動が高鳴っていく。


「本当に……良かったですね」


「うん、良かった」


 ここまでの達成感は、今までの人生でも最大級と言っていい。非常に清々しい気分だった。


「お兄さん、ヒーラーなの?」


 父親をよそに、ウンビョナは俺たちに興味を向けた。


「そっかぁ……すごいなぁ。僕もお兄さんみたいなヒーラーになれるかな?」


 尋ねてきたウンビョナの瞳は、キラキラと輝いている。純真かつ目力も感じる。


「なれるよ、きっとね」


 口角が緩む。

 俺は決して無力じゃない、ちゃんと誰かを救える力があるのだと実感できた。



 ***



 用を済ませた俺とジョーマーサは、ツデレンと顔を合わせるために街のギルドへと足を運んだ。特に約束はしていないが討伐で稼ぐならここに寄ることは必須だ。いずれ会えると信じて待っていた。


 しばらくして、セッカケラの換金に来たツデレンと再会した。呪文を習得し、ウンビョナを助けられたことを話すと、ツデレンもその場にいたかのように喜んでくれた。


「ツデレンのほうはどんな感じなんだ?」


「ギルドの依頼……1件だけ」


「そっか、でも1件できただけ良しとするか」


「いや、成果はそれだけじゃない」


 ツデレンは不敵な笑みを浮かべる。1件の討伐の割に上機嫌だと思ったが、何か理由があるようだ。


「討伐以外の成果とはなんでしょう……? 何か良い情報でも得たのですか?」


「うん、そのまさか。時を操るヒーラーがいるって話」


「時を操るって……時間を戻して実質的に回復させるってことか?」


 ヒーラーが使う呪文の回復原理は、大きく分けて3つある。体の代謝を瞬間的に向上させて回復させる呪文、欠損を復元する呪文、そして時を戻す呪文だ。


「多分そう。しかも特にパーティを組んでいないみたい」


 時を戻す呪文自体珍しいのに、さらにヒーラーとして認識されている……謎が多い相手だ。


「いろいろ転々としているらしいけど……こないだコルゴエで目撃情報があったって」


 となると、今いるキョウビからは遠くない。会える可能性は十分ある。


「探す?」


「もちろんだ! 今度は絶対に、何があっても説得してみせる!」


 熱くなった拳を握りしめると、汗がじんわりとにじんでくる。

 が然やる気が湧いてきた……仲間が増え、戦力補強ができればパーティにとって大きな利益となる。


 俺たちは休憩を挟まず、次の町まで進むことにした。

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