3-10 状態異常の回復
大々的に募集をしても仲間は見つからなかった。
もう、カタユでの仲間集めは諦めたほうが良いだろう。1人見つけられただけでもマシと考えていい。
大都会ですらこの結果となると、4人目の仲間ができるのが怪しいところだ。一般的なパーティ人数は3~5人なので、今の人数でも悪くはない。
人数だけなら……。
ヒーラー縛りのバカバカしさと難易度の高さを改めて感じることとなった。
それから十数日、カタユに拠点を置いてギルドの依頼を引き受ける日々が続いた。平均すると2日に1回、簡単なモンスターの討伐を行えた。
しかし、その生活は俺の求めているものではない。
「俺、このままじゃダメだと思う!
ギルドからの帰り道、俺は大通りの真ん中で振り返り両手を広げた。ツデレンとジョーマーサの足もピタりと止まった。
「まぁ、どうしてでしょう? 何か不便なことはありましたか……?」
顎に人差し指を当て、ジョーマーサは首をねじる。
「宿代もかからない、討伐はできている。何の問題もないな」
ツデレンも腕を組み、深くうなずく。2人とも現状で満足しているかの素振りである。
「確かに生活は安定している……けど、これじゃあヒーラー縛りをやっている意味がないんだ!」
「ああ……。周りから褒められたいんだったな」
「言い方が悪いなぁ……。こう……ヒーラーという職業の良さを広めたいんだ!」
別に安定した生活がしたいだけなら、こんな縛りをする必要なんてない。俺の目的はヒーラーの地位向上だ。インフレに飲まれた不遇職という扱いをひっくり返したいのだ。
「そんな目的があったのですね」
ジョーマーサは口を縦に開いて感心する。
そういえば、ツデレンには初対面の時に間接的に話していたが、ジョーマーサには話していなかった。
「カタユにいたままじゃ簡単な討伐をするだけで終わっちゃう。仲間も装備も満たせたから、もっといろんな街を旅して、あわよくばデカい討伐依頼を引き受けて……着実に実績を重ねたい……!」
想いを語るだけで拳に力が入る。決して小規模で終わらせてはいけない。しっかりとヒーラーの強みを広め、不遇扱いを脱却させたいのだ。
「そうですか……。わたくしは不安もありますが……シジューコさんに付いていきます」
ジョーマーサはニコニコと明るい笑顔でうなずいてくれた。
「……はぁ。ま、いつまでもここに世話になるわけにもいかないか。いいよ」
しぶしぶ、といった感じだったが、ツデレンも承諾してくれた。
***
フランメ家の屋敷の住居人に別れを告げ、俺たちは街を出た。その後訪れたのは、カタユと隣接する街『キョウビ』である。
これまでより高い難度の討伐を引き受けられるかもしれない。そう信じてギルドに向かった。
「あー、ヒーラー3人ねぇ……任せられそうなのは無いかなぁ……」
が、あっさりと断られてしまった。
「んな……バカな……。俺たち、結構やっていますよ! 特に最初のこれなんか……!」
明らかな過少評価である。パーティの職業だけでなく、ちゃんと実績で見てもらえば、俺たちが勝てる討伐は腐るほどあるはずだ。
「でも……多分結構ギリギリだったでしょう? あんまり無茶させるとお互い損ですよ……」
受付の若い男性は、もごもごと口を動かす。気は強くなさそうだし、もう少し粘れば……。
「無理だ。諦めろ」
もう一押ししようとしたところを、ツデレンに止められてしまった。
***
「で、でもこの路頭に迷う感じこそがヒーラー縛りだと思うんだ!」
自分で言っていてなんだが、滅茶苦茶な理屈である。
「そうだったのですね。これからはどうするのですか?」
「仲間探して、見つからなかったら次の街に進む」
自分で言っていてなんだが、行き当たりばったりである。それでも他にやることがないので、ヒーラーを探すしかない。
と、思ったその時である。
「回復呪文を使える方を探していまーす!」
1人の男性が道行く人々に声を掛けているところを発見した。服はくたびれていて、顔は疲れ切っている。何か困りごとがある様子だ。
「なんだろう?」
事情は分からないがヒーラーを求めている。需要があるなら向かわない選択肢はない。
「どうも、俺たちヒーラーです」
2人と相談することもなく、俺は男性に話しかけた。
「そうですか! ありがとうございます!」
光が差し込んだかのように男性は口を開き、大きなえくぼを作った。
「じ、実は息子が病に侵されていて……」
そして男性は涙を流した。
***
さっそく、男性の家に入った。2階建てで平均的な3人家族が住む家より広い。ツデレンとジョーマーサも俺の後に続いていく。
母親に看病されている子供が、寝具の上で苦しそうに寝込んでいた。
「この子が……」
話は道中で聞いている。男性の1人息子であるウンビョナが、50日ほど前にモンスターに襲われ、毒状態になる攻撃を浴びてしまったという。
モンスター自体は依頼を受けたプレイヤーが倒してくれたそうだが、毒状態を治す手段がなく、今日まで苦しみ続けているということだった。
「ユチルス!」
早速、俺は呪文を唱えた。
「ふぅ……! クウゥ……!」
一瞬だけ顔色が良くなったウンビョナだが、すぐにまた青白くなってしまう。
「私の呪文の代償と同じ……付与された状態は呪いのように付きまとう」
ツデレンは唇をかみしめた。
モンスターの毒は、いわゆる普通の毒とは違う。人間にとって有害な物質というよりは呪いに近い。体をむしばみ、一定のダメージを常に与え続ける代物だ。
このような、モンスターの攻撃や呪文によって起きる特殊な体の不調を『状態異常』と呼ぶ。
「…………」
俺の回復呪文では、状態異常によって積もった疲労を回復できても、状態異常そのものは回復できない。ウンビョナの状態を解決できない。
ヒーラーだというのに、俺はなんて無力なのだろうか……。
「しかもツデレンのみたいに自然回復もしないとなると……」
「やはり……無理でしょうか……?」
うつむいた俺の顔を、ウンビョナの母親が恐る恐るのぞく。
「状態異常回復ができるヒーラーはあんまりいない。悪いが今の私たちには……」
「わたくしも、これまでに何人もヒーラーには会いましたがそのような方は……」
2人とも口調が重々しい。ウンビョナの両親とは目を合わせないようにしていた。
「そうですか……ご協力いただけただけでも、ありがとうございます……」
父親は慣れた様子で頭を下げた。
悔しい……。こんなにもヒーラーを求められているのに、力になれないなんて……。胸がチクチクと痛む。
「そうですわ! 使えないなら覚えればいいのです!」
ポン、とジョーマーサが手をたたく。口を大きく開け、ものすごいひらめきをしたかのように目は輝いていた。
「アンタねぇ……。どうやって新しい呪文を習得するか知っているの?」
「知りません」
ジョーマーサは自信ありげな顔を崩さない。知らないことを恥と思っていないようだ。
「正解……分かっていて言ってなさそうだけど、呪文の習得に具体的な条件はないの。基本的には戦っている時に目覚めて、本人の素質、戦闘の環境、武器の相性とかが関わってくる」
呪文に目覚めると、頭の中にその呪文が浮かび上がる。誰かに教えられたわけでもないのに、その単語が突然知っているものへと変わる。不思議な感覚だ。
最初の杖を手にしたときに、2つの呪文が脳内に響き渡ったことを思い出す。あれ以来、俺は新しい呪文を習得していない。
「つまり、自分が覚えたい呪文を都合よく覚えられないの」
「そういや、武器屋でも状態異常回復を売りにしている杖はなかったなぁ……」
やはり難しいのだろうか。目の前で困りヒーラーを求めているのに、何もできないのがもどかしい。
「でもわたくし……任意の呪文を教えてくれる施設があるって聞いたことあります」
「ほ、ほんとか!?」
それなら助けられる……可能性があるなら試したい!
「そ、そんな……そこまでご迷惑は……!」
母親は申し訳なさそうに手や顔を横に振った。
「いいえ、これも何かの縁です。絶対に、絶対に呪文を習得します……!」
これを引き受けなければヒーラーを名乗ってはいけない。俺はそんな気がした。
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