3-9 開催、ヒーラー面接

 フランメ家――ジョーマーサの住んでいた屋敷の庭で、新規ヒーラーの採用面接がはじまった。

 今回集まったヒーラーは3人のみ。大々的な告知をしてこの人数はなんとも世知辛い。それだけヒーラーは少なく、既に仲間と組んでいる古参に偏っているということだろうか。


 大空の下に置かれた長机に、扉側からツデレン、俺、ジョーマーサ、イロエ、ミカジキが並ぶ。イロエとミカジキも、2人になったパーティの穴埋めがしたいという理由で参加している。


 ヒーラーたちは屋敷の広間に待機してもらっている。合図をすると、1人目の人が庭に出た。


「サショイです! よろしくお願いします!」


 明るい雰囲気の若い女性だった。


 まず、ギルド手帳からその実績を確認した。サショイは日の浅いヒーラーであるが、受けた依頼の数は50を超え、現在とあるパーティに加入中らしい。


「今いるパーティでは人間関係で悩んでいて、別のパーティを探している最中でした。そこで今回のお話を聞いて、お役に立てたらなと思っています」


 真面目でハキハキとしている。既に頼れる雰囲気が出まくっている。むしろこっちからお願いしたい。


「なかなか良さそうだな」


 ツデレンも好印象を持っているのか、口角を上げてうなずく。


「えー、では、最も得意な呪文を、あの石像に使ってください」


 今回の面接のため、ジョーマーサは庭に人型の像を設置させていた。呪文場にあった試し打ち用のものと同じ形で、こちらは数値化まではしてくれないが、術を当てる的の役割は果たせるだろう。


「はい!」


 元気のよい返事をしてサショイは脚を開いた。


「ゲライキ!」


 像に向かって呪文を唱える。杖先から金色の電撃が走り、瞬く間に像まで到着した。電撃の接触により重々しい轟音が鳴り響く。

 電気系の初期呪文だが、俺たちの呪文より威力も範囲も数段上であった。


「攻撃呪文はこんな感じです。後は回復系ばかりですけど、目に見える形ではないので難しいかなぁ、と」


 一応、回復呪文を唱えると足元に魔法の紋章が出ることには出るが、疲労していない状態で受けても効果はない。


「へぇ~、でもヒーラーは回復が重要だからにゅ~?」


 するりと、滑らかな動きでイロエがサショイに近づく。


「は、はあ……。ではユチルス!」


 困惑しながらもサショイは要望に応えてくれt。


「あぁ~ん、そうじゃないにゅ。体力回復以外にゅ。心がズーンってしている時に精神的な癒しを与えるのもヒーラーの役目にゅ」


「精神疲労を癒す呪文もありますよ! ヤイス!」


 そんな小器用な技まで……。ヒーラー縛りをするなら、肉体的な回復以外の回復術があるプレイヤーも欲しくなる。


「にゅう……」


 が、イロエは不満げだった。彼女の要求したことをサショイはほぼ満たしたはずだ。


「呪文だと、愛が足りないにゅ。もっとこう……せっかくいいものがあるにゅ、活用するにゅ!」


 イロエは獣のように抱き着いた。口をとがらせてサショイのほほに接触しかける。


「ギャアアアアア!! やめて! 気持ち悪い!」


 サショイは杖でイロエを容赦なく突き、鈍い音がイロエの腹から響いた。


「ゲライキ!!」


 人に攻撃呪文を使うのは規則で禁止されているのだが……あえて見て見ぬふりをしよう。



 ***



 せっかくの逸材が逃げてしまった。あんな暴挙に出るのはイロエだけなのに……。


 次のヒーラーは、大きなとんがり帽子をかぶった少年である。


「メタリフっス! 早速、自分の呪文を見せるっス!」


 メタリフは持っていた小型の杖を空に向けた。


「え? まだ何も……」


 人の話を聞かない性格のようである。先に聞きたいことがあったのに……。


「ハバツクルス!」


 メタリフの体が光り輝き、強大な音と熱が噴き出した。爆発の勢いで机ごと吹っ飛ばされる。


「ぬわあああああっっっ!?」


 俺たちは地面に体を打ち付け、大きなダメージを受けた。敵味方関係なく範囲攻撃を行うのは困る。


「オルナ!」


 黒こげで立っていたメタリフが、今度は自分の胸に杖を当てる。呪文と共に体と服が元の状態に戻った。


「ま、まて……オルナって、自分のみ回復する呪文じゃないのか……?」


 ミカジキはぷるぷると腕を振るわせて立ち上がろうとしていた。当然、彼女も黒こげだ。


「そうっス! 回復できるから何度でも爆発できるっス!」


 おいおい……。


 それはヒーラーとは呼べない。残念ながらこの少年は不採用だ。



 ***



 早くも最後の人となってしまった。


「ジウド・ユチルス」


 自分たちの回復が間に合っていない中、遠くから呪文が聞こえた。体を温かいものが包み、少しずつダメージが回復していく。


「持続性のある回復呪文です」


 1人の女性が俺たちの前に来る。この人が最後のヒーラーらしい。


「サメンニンです。皆さんの様子を見て勝手に来てしまいました。よろしくお願いします」


 伸びた背筋を曲げ、礼儀正しく頭を下げる。動作一つ一つがかしこまっていて、真面目な雰囲気がある。


「サメンニンさん、お久しぶりですわ。こちらこそよろしくお願いします」


 ジョーマーサは彼女と知り合いのようで、ニッコリと笑顔を見せる。


「もちろん通常のヒールも使えます。ユチルス」


 抑揚のない言い方だったが、呪文の効果はしっかりとある。体がみるみると軽くなっていく。


「まぁ……今回は良さそうだな。他にはどんな呪文があるんだ?」


 体が回復したツデレンは、倒れたイスや机を直していた。


「まずは防御の呪文、クレゾン・タテルデ」


 地面から複数の壁が出現しサメンニンを隠す。灰色で無機質な直方体が光を反射させ、俺たちの顔を映す。


「へぇ、すごいなぁ。結構な耐久力がありそうだし」


 壁を軽くたたいたり押したりしたが、びくともしない。敵の激しい攻撃から身を隠すのに、かなり有用そうである。


「確か、サメンニンさんは他に水系の呪文をいくつか使えたはずです」


 ジョーマーサは自身のこめかみに人差し指を当てた。


「み、水!? そりゃ頼もしい! 本当かい?」


 水属性は、魔術師の苦手とする土属性に対抗できる。ヒーラー縛りにおいてはかなり重宝する要素といえる。


「はあ。攻撃手段もあります」


 サメンニンが壁の隙間から顔をのぞかせる。


「どんなの? あの像に向けて撃ってくれないか?」


「では、私が使える最上位呪文を出します。スーリュイ・マナセン」


 きょとんとした顔で壁から抜け、像に向けて呪文を唱える。

 杖先から大量の水が直線的に噴出し、1本の柱を作る。滝のような勢いで、飲み込むほどの大きさの柱がぶつかると、像は吹き飛んでしまった。


「おっと、地面に接着されているわけではなかったのですね」


 サメンニンは杖を上に向けて放出を止める。


「す、すげえ……!」


 もはやケタ違いの強さだ。俺たち3人を合わせてもサメンニンに匹敵するとは思えない。


「ぜひ、ぜひ俺たちのパーティに入ってください!」


 面接なんてできる立場じゃない。むしろ俺が頭を下げなくてはと思った。


「あなたたちのパーティって、ここにいる5人ですか? かなり多いような……」


 そういえば、自分たちのことを一切話していなかった。


「違う。私とこの男。ジョーマーサで1つのパーティだ」


 ツデレンが割って入り即答をする。


「ジョーマーサはアタイらとパーティ組んでたけど、ヒーラー縛りをするからって抜けたんだ」


「ヒーラー縛り……?」


 サメンニンは首をかしげる。


「ヒーラーだけで戦うんだ。ただそれだとキツいこともあって……遠距離攻撃や水属性攻撃ができる人がちょうど欲しかったんだ! あなたなら絶対にパーティの主力になれる! 入ってほしいんです!」


 全力で想いをぶつけた。身振り手振り激しく腕を動かし、サメンニンを求めていることを伝えた。


「う~ん……」


 だが、話をするたびにサメンニンは気まずそうな顔に変わっていった。


「そういうのじゃ、ないんですよね」


 と思ったら、今度は強い眼差しで見つめ、両手の人差し指を合わせる。口をとがらせて、急に媚びた表情になる。


「頼られるより頼りたいっていうか……。もっとこう、いるだけでチヤホヤしてほしいっていうか」


 返す言葉がなかった。


 真面目そうに見えたのに……そんな目的だったなんて……。


「それなら私のところがオススメにゅ~!」


 イロエがサメンニンに性懲りもなく抱き着く。息を荒々しくさせている様子は、気持ち悪いを通り越して恐怖すら感じる。


「いるだけで私がいっぱいいっぱい可愛がるにゅ!」


「本当ですか!? うれしい!」


 だが、サメンニンは嫌がる様子を一切見せない。それどころか、別人かと思うほどの明るさでイロエのほほに口づけを返した。


「すみません。私はこっちのパーティに加入します」


 即決された。


 こんなことがあって良いのだろうか。人間の相性というものを思い知らされた気分である。


 結局、仲間を増やせたのはイロエ・ミカジキパーティのみだった。

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