3-8 ジョーマーサの実力

 服選びに想定外に時間がかかってしまった。その次の日に行った杖選びはすんなりと済ませられた。


 俺は頭巾のついた白いローブを着用。新品だけあって汚れは一切なく、内側から輝いているかのような感覚がある。

 杖は銀色で、自分の足と同等の長さのものに買い替えた。先端はひし形でだいだい色に光っている、位が高くなったような気分になれた。なお、これまで使っていた先端に金の宝玉がついた黒い杖は、予備として保管している。


 ツデレンは、これまでとは対照的に機動性を優先した格好になった。水属性は諦め、袖のないシャツとショートパンツを着用、手足のほとんどを露出している。前の服とは場面によって使い分けるそうだ。

 杖は軽量で短いものに完全に乗り換えたそうで、その先は二又に分かれている。ちょうどマナルキで刃を発生させることで、より剣らしい見た目として扱うのを目的としている。

 接近戦をしがちなツデレンの戦法に合わせた結果といえるだろう。防御を捨てたのは、俺が回復役として頼っている証……なのかもしれない。


 ジョーマーサは、体をマントですっぽりと隠す服を購入していた。足元まで隠れているのは動きづらそうだが、防御性能を基準に選んだと言っていた。

 杖は前回――俺たちと始めた会った時――に買ったものを使い、新たな購入はしなかった。柄全体は光沢のある赤い色をしていて、両端はギラギラと銀色に輝いた十字の部品が取り付けられている。大きく、とても豪勢な杖だった。



 ***



 装備を一新したところで討伐に向かう。今回も運よくギルドから依頼を引き受けられた。

 カタユのはずれにある、だだっ広い草原で『ヨウオク・ビー』というモンスターを倒してほしいという依頼である。


「というわけで、3人の初討伐だ!」


 ビーは大して強いモンスターではない。景気づけするにもちょうどいい討伐内容ではないかと思う。


「はい! シジューコさんの力になれるように精一杯頑張ります!」


 ジョーマーサの全身を覆うマントから腕がひょっこりと飛び出す。拳を力強く握りしめていて、気合が入っていることがわかる。


「そうだな、せっかく装備も新調したし、実践での動きやすさを把握しておきたい」


 ツデレンもやる気にあふれている。屈伸をしたり腕を伸ばしたり、準備運動をしてはりきっていた。


「ところで、ジョーマーサはどんな呪文が使えるんだ? 前回は見られなかったし。見てみたい」


「はい! では……早速見せて良いですか?」


 一度腕をマントの中に忍ばせ、杖を持って再度腕を出す。


「第1の術……! ユチダン!」


 杖を垂直にしたまま、聞いたことのない呪文が叫ばれる。杖の上に奇麗な球体が浮かび上がる。球体は赤く、中が光っているかのようだった。


「これは回復にも攻撃にもなる技です。味方が触れれば回復、敵が触れればダメージを与えられます」


「どっちにも使えるのか……面白い技だな」


 俺やツデレンとは違う、珍しい種別の回復方法である。範囲の問題は気になるが、うまく使えばかなり有益といえるだろう。


「へぇ、どの程度回復するの?」


 早速、ツデレンは球体を手に取った。その瞬間である。


 バアアアアアァァァン!!


 爆発音と共に球体が激しく発光した。凄まじい衝撃波がこちらまで飛んできたので、すかさず顔をローブで守る。


「うわっ……!」


 爆風が収まった後、顔を上げる。周囲は黒煙が立ち、視界が悪くなっている。その奥ではツデレンが倒れていた。


「なっ……! オイッ! どうなってんだ……! ゲホッ! ゲホゲホッッ!!」


 顔は真っ黒で、髪も散り散り。ツデレンは歯をむき出しにしてジョーマーサをにらむ。腹の底から怒りが湧いていることが伝わる顔だった。


「わあっ……すみません。敵と認識してしまいました……こういう誤爆が良くありまして……」


 ジョーマーサ本人も想定外のことだったようだ。


「え、えぇ……」


 誤爆の可能性があったら回復として心もとない。効果が明確でないと欠点の対策もしづらいし、回復として実践投入は難しそうである。


「使えない呪文だな……。次の呪文を見せてくれ」


 俺の袖をつかみながら、ツデレンはなんとか立ち上がる。


「これだけです」


 特に恥ずかしがる様子もなく、ニコニコとしながら答えた。


「それで第1の術とか言ったのか……」


 頭が痛くなってきた……先が思いやられる……。



 ***



 回復として使えないにしても、攻撃としては使い道があるかもしれない。というより、その可能性に賭けたい。


 草原を少し進んだ先に、今回討伐するモンスターがいた。隠れるように低空飛行をしている。


「ハニッ!? ハニハニィ……!」


 ビーは集団で行動する性質があるモンスターだ。小型の個体が数匹と、それらと取りまとめる大型が1匹。目の前にいたのは小型である。

 動きが特別早いわけではないが、黄色と黒の縞模様が草原だと見失いやすく、気を抜いているところに尻の針で刺してくる。強くはなくても油断は禁物だ。


「では行きます! 第1の術……ユチダン!」


 今度は杖を斜めにして呪文を唱えた。そのまま振るうことで、発生した魔球が杖から分離する。弧を描いてモンスターへ向かった。


「ニーハ! ニーハ!」


 しかし、いとも簡単に避けられてしまった。


「あら? また外れてしまいましたわ」


 遅い、球体の勢いがあまりにも足りなすぎる。よっぽど愚鈍なモンスターでない限り、当たるほうが難しいと言っても過言ではない。


 それをジョーマーサは気付いていない。


「ニー! ハニィィー!」


 ビーの気性が荒くなりはじめた。右往左往して飛び回った後、ジョーマーサに尻を向けて突っ込んできた。針で刺す気だ。

 しかもジョーマーサは背中を向けて全く警戒していない。


「マナダン!」


 すかさず俺が杖を振るった。今までのマナダンとは比べものにならない速度で、ビーの体を貫通する。


「お、おぉ……」


 自分の呪文が著しく強化されていて、思わず驚きの声が出てしまった。



 ***



 結局、ビーの討伐は俺とツデレンで行った。何度かユチダンを撃たせたが、撃破数は0である。一方、俺たちは武器を変えたことで呪文の力が格段に向上している。


「次こそは頑張ります!」


 めげる様子のないジョーマーサ。

 健気というか、実力が分かっていないというか……純粋ゆえにいろいろ言うのもはばかってしまう。


「おい、ちょっと……」


 口元を隠しながら、ツデレンはヒソヒソと俺に声を掛けた。


「な、なんだ……?」


「どーすんだよ。あんなポンコツだとは思ってもなかったぞ。下手したらお荷物だぞ」


 ツデレンも同じことを考えていたようだ。顔は険しく、眉間にしわが寄っている。


「ま、まぁ、これはこの先育てていくといことで……」


「そんな余裕ないだろ。私たちだってまだまだ力不足だっていうのに……」


 今回は簡単な討伐だったが、より高難度の討伐ではどうだろうか。

 ジョーマーサを守り切れる自信はないし、それで俺たちがやられたら本末転倒だ。育てると言っても、どうしたら成長できるかなんで、むしろこっちが聞きたいぐらいである。


「やはり……3人では厳しいのでしょうか?」


 徐々に声が大きくなったせいか、後半の会話を聞かれていた。


「え? ああ、そうだな。ヒーラーにかたよっているとどうしてもな。もう1人は欲しいかも」


「であれば、仲間集めを先に行いましょう!」


 ジョーマーサは自信満々に笑う。


「いや、それも平行してやってんだけど、全然見つからないからこうやって討伐もやって、実績も積み重ねなきゃいけないんだよね」


「旅をしながらでは出会いも限られてしまいますわ。フランメ家として通達を出しましょう。多くの人にヒーラー縛りを認知してもらえるはずです」


 かなり規模の大きい話になってきた。


 戦闘以外では、助けになるかもしれない……?

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