3-6 3人目の仲間
キョウメ・イーグルのセッカケラを、ミカジキがスィギルムカードを投げて回収する。
呪文を使ってもイロエとミカジキの武器は壊れていない。もともとの耐久性の差なのだろうか。
こうもあっさりと勝利を収めている様子を目の当たりにすると、実力、装備、職業の差を感じてしまう。
「終わったな……」
ミカジキはカードに息を吹きかけ、口元にえくぼを作る。
「ええ……なんとか勝てましたわ。ありがとうございます。あら? あの女性の方は?」
ジョーマーサが周囲を見渡す。探しているのはツデレンと思われる。いつの間にか彼女は3人の元から離れていた。
「あ、ああ。アイツなら多分ヤボ用だろう。すぐ帰ってくると思う……」
ツデレンがいない理由は何となく予想は付く。戦いの最中使っていたククラルスの副作用で、1人になりたいのだろう。
「ジョーマーサ……アタイら、反省している……」
「私たち、あんなにお世話になったにゅに……」
事が落ちつき、ミカジキとイロエが神妙な表情で、ジョーマーサに深く頭を下げた。
「なんのことですの?」
ジョーマーサは不思議そうに首をかしげた。
「わたくしは2人に感謝しかありませんわ。応援も呼んでくれて、最後に撃破までしてくれて」
この場にいる者の中で唯一、ジョーマーサだけがイロエとミカジキが見捨てたという事実を知らない。結果的に戻ってきたこともあり、そこに疑う余地はないのだろう。
行き過ぎた純真さはどんな言葉よりも鋭利で、2人の心に突き刺さる。耐えかねたイロエは、ボロボロと大粒の涙を落とす。
「ジョ、ジョーマーサァ……! ごめんにゅう、違うんだにゅう、私たちは悪い子なにゅう……!」
泣きじゃくりながら、イロエはジョーマーサに抱き着く。まるで子供のようだった。
「……戻ってきて良かったよ。あのままなら一生後悔していたと思う。ありがとな」
ミカジキは俺にカードを渡す。分かりやすく表情には出ていないものの、反省の色が顔からうかがえる。
「いやぁ。受け取れないよ」
両手を交差させ、俺は受取拒否を体で示した。
「いいよ、アンタらがいなかったんだから勝てなかったんだし」
「そうじゃなくて。俺たちヒーラー縛りで討伐しているから」
そう言った瞬間、ミカジキの顔から緊張が一気に解ける。
「今回は弓とか鎌使っていたし、君たちの成果ってことにしといてよ」
俺とツデレンが行っているのは、あくまで『ヒーラー縛り』である。ヒーラーだけで討伐する、別のパーティの力に頼るのは流儀に反する。
本当は逃げることもヒーラーだけでやりたかったが、命以上に優先するものではない。妥協すべき点であろう。
「シジューコ……お前……!」
戻ってきたツデレンの声が背後から聞こえる。煮えくり返るような口調に、背中に鳥肌が立った。
***
森を抜けたときには朝になっていた。
街に戻ってすぐ、ジョーマーサたちが住んでいる屋敷へと足を運んだ。服を借り、ついでに食事と入浴もした。まさに至れり尽くせりである。
ユチルスでも疲労は回復できるが、こういった休養でしか得られないものもある。芯にある疲れまで取れた気分だった。
気が付くと寝てしまい、起きたときには日が傾き始めていた。
ここまで怠惰な1日を過ごしたのはいつ以来だろうか……。
やっとの思いでカタユに来たのに、目的は全く達成していない。見つけたヒーラーは既にパーティを組んでいるジョーマーサのみ、仲間候補にはならない。
この状態で何もしていないのはマズい。たとえ成果が無くても最低限行動はすべきだ。
せめて今からでも武器屋やギルドを回るべきだろう。やらないよりはマシだ。
俺はツデレンに屋敷を出ようと持ち掛けた。
「こっちは救助して討伐まで手伝ったんだ。1日ぐらい世話にならなきゃ気が済まない」
同意は得られなかった。
***
円卓を囲むように座り、夕食を終える。
「いやぁ~、ほんとにこんなにしてもらっちゃって! はっはっは! いいのかなぁ?」
油の乗った肉は舌と腹を満たし、気分は絶好調だった。背もたれに寄りかかり、至福の時を過ごす。
屋敷の主人、ジョーマーサの父親には、体勢を立て直せるまで泊まっていいと言われしまった。
それ自体は喜ばしい。喜ばしいのだが、このままではダメ人間になってしまう。自分を律さなくてはいけないのに……。
「構いませんわ。命の恩人ですし。それに……」
左隣の席にいたジョーマーサが、イスを寄せて俺に近づく。照れ気味で服の裾をいじっている様子は、独特のかわいらしさがあった。
「わたくし感激しました。あの華麗な動き、同じヒーラーなのに、わたくしとは何もかも違って……本当に尊敬しました!」
ジョーマーサは俺の左手を握った。俺に向けるまなざしは非常に熱い。まばたきをする素振りはなく、一点をひらすら見つめ続ける。
「え、えぇ? いや、そんな……普通ですよぉ~!」
間近で見ると顔立ちの良さがよく分かる。筋の通った鼻、丸っこくて大きな目、艶のある唇。強い視線を受けて心拍数が上がり、無性に緊張する。
「……変態」
右隣のツデレンは不機嫌そうにほほを膨らませる。肘を円卓に乗せ、態度が非常に悪い。
「今回の戦いで分かりました。ヒーラーというのは物を与えたり、体を差し出したりするのが役割ではない。命を救うために尽力する、戦いの場で輝くプレイヤーのことだと」
熱く語るジョーマーサにものすごく共感できた。常々俺がこれまで思っていたことを、上手く言語化してくれた。
「そ、そうなんだよ……! いやぁ……! 俺もそう思うんだ! 同じ考えの人が出てくれて俺も本当にうれしいよ!」
俺の体も熱く火照っていく。右手をジョーマーサの手に添え、強くうなずいた。
「はい! わたくしもうれしいです!」
ジョーマーサはわずかにほほを赤く染める。涙がたまった目はより輝いて見えた。
「なに盛り上がってんだか。バカバカしい……」
右方からの声がとげとげしい。ヒーラーをしっかり評価してくれる人は貴重なのに、何が不満なのだろうか。
「イロエさん、ミカジキさん。あの……」
ジョーマーサの目線は彼女のパーティ仲間の2人へと移った。
「ん? どうしたにゅ?」
まだ食事中のイロエは、口をもごもごとさせている。
「…………」
対するミカジキは既に食べ終え、目を閉じて腕を組んでいた。声が届いているのか判別が付けられない。
ジョーマーサは胸に手を当てて深く息を吸う。緊張が伝わってくる。
「わたくし、この方々と一緒に旅がしたいです!」
透き通った声が部屋に広がった。
「へ?」
思ってもみなかった。いや、そもそも聞いていない。頭が真っ白になった。
驚いたのは俺だけではない。ツデレンやミカジキは口を大きく開けたままになり、イロエは口の中のものを飲み込んで喉を詰まらせていた。
「おふたりにこれまで散々助けてもらった中、非常に恐縮なのですが……この気持ち、抑えられる気がしないのです!」
2人にとって裏切り行為に値してしまうのではないか、という点をジョーマーサは最も気にしているようだった。
「はっ、なんだそんなことかよ。アタイらに止める権利はない」
「ジョーマーサの好きにするのが一番だにゅ! 私たちも心を入れ替えて頑張るにゅ!」
ミカジキもイロエもニッコリと笑い、快く受け入れた。
「ありがとう……ございます」
ジョーマーサから涙がついにこぼれ落ちる。ほほを伝ったそれは、芸術品のようにとても美しかった。
俺たちも断る理由はない。こうして、パーティに3人目の仲間が加わった。
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