3-5 裸で勝てるか!

 イロエとミカジキはしゃがみこんだまま、シジューコたちと合流した場所から移動していなかった。


「あーあ、アイツら大丈夫かにゅ~?」


 空を見上げたイロエは、白い息を吐きながらつぶやく。


「知るかよ。アタイらは警告したんだ。何があろうと自業自得さ」


 ミカジキにイロエと目を合わせる気はない。そっぽを向いたまま、地面に目線を落とす。


「なーなー、やっぱり私たちって、ジョーマーサ見捨てたってことになっちゃうのかにゅ~?」


「それは……そうだろうな……」


「屋敷の人たちは、反感買うかにゅう……?」


「さっきからウザいぞイロエ。自分が生きることを最優先して何が悪いんだ。アタイらは別に……間違ってない!」


 ミカジキの声は震えていた。目をつぶってうずくまり、殻にこもるように丸まった。



 ***



 イーグルの探索能力は想像以上だった。洞穴に隠れた俺たちを短時間で見つけ、入り口をふさぐように立ちはだかる。


「ベェ……」


「ククラルス!」


 ツデレンは間髪入れずに呪文を唱えた。相手の視界を奪い、暗闇にする呪文。舌でねっとりと攻撃する敵にとっては、視覚情報を得られないのは痛手であろう。


「逃げよう」


 ツデレンが真っ先にイーグルの横を通り抜ける。俺とジョーマーサも後に続いた。


「ベエエエエエ! ベエ! ベェ!」


 横を通り抜けた瞬間、イーグルは無作為に超音波を鳴り響かせた。首を左右に振り回し、できるだけ広範囲に攻撃を届かせようとしている。


 マズい……! ツデレンの装備が……!


「チッ!」


 舌打ちとともにツデレンは杖を槍のように遠方へ投げた。次の瞬間、服が砕け散る。

 なんとか杖の破損は免れたが、今の俺たちは攻撃をすることも、攻撃を耐えることもできない。ただ森の中を逃げるしかなかった。


 しかし、逃げることもイーグルは阻害してくる。


「ビャアアアアア! ベエエエエエエエ!! ビャアアアアア!!」


 翼を大きく広げたイーグルが暴れまわる。予測不可能な動きを完全に避けることは不可能だった。


「ああっ……!」

「ぐえぇっ!」

「うううっ………」


 加えて洞穴の周りは足場が悪い。俺もジョーマーサもツデレンも、翼に接触して倒れてしまった。


「ぐっ……! あ、あぁ……!」


 転んだ拍子に足をくじいたらしく、ジョーマーサは足首を抑えてうめく。


「シジューコ! 回復は任せた!」


 ツデレンが叫ぶ。打ちどころが悪く頭から血が流れていた。


 幸いなことに俺は軽傷で済んでいる。今、走れるのは俺だけだ。全員で逃げきるには自分が杖を取らなくてはいけない。


 力を振り絞ってゴツゴツとした石の面を蹴り上げた。前傾姿勢のまま、一瞬でも早く杖を取れるように腕を伸ばした。


 あとちょっと、あと1歩でつかめる……!


「ビャッ!」


 足首が締め付けられた。チクチクと細かいトゲが刺さるような感覚……イーグルの舌だ。


 もう視界が回復してしまったというのか……!? 振り向くと、光の無い真っ黒な瞳と目が合った。


 舌の力は凄まじい。俺の体を軽々と引っ張っていく。


「負けてたまるかあぁ……!!」


 こっちだって命がかかっている。地面に爪を立てて必死で抗った。


 ここを粘れば……! 後は手を伸ばすだけで……!


「ぬわっ!?」


 杖をつかむより早く、イーグルはめいっぱい舌を引いた。こまでは全力を出していなかったのか、なされるがまま引っ張られた。


「ウソッ! ヤバッ……!」


 体の前側に石が擦れる。普段ならどうってことない攻撃も、服を着ていないと大ダメージであった。


 どうする? どうすればいい? こんな丸腰で……。


 やっぱり、裸でマトモに戦えるわけがなかったのか……?


 体を半回転させられ、再びイーグルと目が合う。


 舌を左右にうねらせながら、俺のすねへと伸ばしていった。ザラザラとした舌は少し絡まるだけでもダメージがある。足首は腫れてうっ血していた。


「ああぁ! ぐう……うぅ……!」


 腕の力で逃れようとすると、余計に舌と肌が擦れて痛みが走る。思うように逃げることもできなかった。


「ビャ?」


 広がる痛みにこらえている中、イーグルの体に小石がぶつかった。


 いったい誰が……?


「この状況はなにゅ? 意味わかんないにゅ……」


 イロエだった。さらにその後ろにはミカジキもいる。


 ジョーマーサを見捨てたはずの2人が、どうしてここに……?

 2人とも脚をガクガクとさせて体を寄せ合っている、顔も引きつっている。けれど、とても頼もしく思えた。


「おいおい、結局負けてんのかよ……。何のために来たのかわかんねぇじゃねえか!」


 怒鳴りながらミカジキがイーグルに石を投げる。肩を巧みに使った投石は奇麗な直線を描き、イーグルの目に直撃した。


「ビャアア……!」


 相手がひるんだ隙に、ミカジキはこちらに急接近した。地面に刺さった杖を取ると、今度はツデレンの方へ向かった。


「ほら、どうせお前らの杖に個人認証はねえんだろ?」


 ミカジキはツデレンの肩を担ぎ、立ち上がらせた。


「フンッ……。グゲンフルス……!!」


 杖を空に向けて呪文を唱える。みるみると流血は引き、肌の傷も消えていく。同時にジョーマーサも足の痛みが消えたのか、足首から手を離して起き上がる。


「ビャッ!?」


 一連の様子を見たイーグルの舌が俺の体から退いていく。ツデレンとミカジキの方に目を向け、口を大きく開ける。叫ぶ準備動作だ。


 マズい……! あの音波攻撃で杖を壊されたら……俺たちに対抗する手段が完全に失ってしまう。


「させるかぁ!」


 俺はイーグルのくちばしに腕を回した。全体重をかけ、とにかく音波を封じることだけに力を注いだ。


「今のうちに! なんかいい作戦考えて!」


 杖のない俺が他にできることはない。口を押さえて時間を稼ぎ、後は仲間に任せるしかない。


「無茶だにゅう……」


 いつの間にかイロエもツデレンの隣に移動していた。なれなれしく抱きつき、体をこすり合わせる。ツデレンはイロエの腹を肘で突き、強引に距離を取った。


「そういえばアンタら、どうしてここが分かった?」


「それは……最初にわたくしたちがここで襲われたからだと思います」


 ジョーマーサもツデレンに近づく。それを聞き、ツデレンはひらめいたように下方を見回した。


「グゲンフルス!」


 杖を向けた先は斜め前にある地面。ちょうど白い欠片、セッカケラが散らばっている。


 割れたセッカケラが意思を持ったかのように寄り添い合い、形を作っていく。


「ほら、1発で倒せるんだろうな?」


 出来上がったのは弓矢と鎌、そして服だった。服は見覚えがある、昨日ミカジキとイロエが着ていたものだ。


「す、すごいにゅ……!」

「ふんっ、呪文が使えれば余裕だ」


 驚いた顔を見せた後、2人はすぐさま武器を取って構える。


「ヨキヒルセ!」


 まずはミカジキが呪文を唱えた。彼女の身長に近しい大きな鎌を、軽々とひと振りする。


 俺の全身にものすごい引力が生じる。くちばしをふさいでいた腕は剥がれ、鎌の刃部まで引き寄せられた。


「最後は私が決めるにゅ! カイデ・ゲシャキ!」


 今度はイロエだ。これまた大型の弓から黄金の矢を放つ。矢は巨大化し、イーグルの胸を貫通する。

 敵は一瞬でセッカケラへと変わり、砕け散った。


 あれだけ逃げ回っていた戦いは、あっさりと終わった。

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