3-4 裸で戦え!

 真っ白な体は暗闇の中で目立つ。キョウメ・イーグルは簡単に見つけられた。


「……ユチルス!」


 岩場の近くに横たわっていた女性を発見した。確認はしていないが、ジョーマーサであることはだいたい想像がつく。

 モンスターから攻撃を受けている以上、まずは回復が先決だ。


「マナダン!」


 次に、これ以上ジョーマーサがダメージを受けないよう、モンスターの注意をこちらに向ける必要があった。


 勢いよく杖を振るい、先端から魔球を放つ。

 魔球はイーグルのほほに当たった。ダメージを受けている様子はないが、こちらに注意を向けることは成功する。


「マナダン! マナダン! マナダン!」


 相手の攻撃圏内に入ると、すぐに装備が破壊されてしまう。そうされる前に攻撃し続けることしかなかった。魔力が切れるかどうかなんて考えている暇もない。


 連続で呪文を唱えたおかげか、イーグルは翼を広げてジョーマーサと距離を取った。


「よしっ! 君、立てるか? 動けるか?」


 急いで駆け寄った。致命傷は受けてなかったらしく、回復技だけで外傷は見当たらなかった。


「は、はい……あなたは昨日の……! 応援に来てくれたのですね! ありがとうございます」


 目元にたまっていた涙の粒を拭い、ジョーマーサは晴れ晴れしく口角を上げる。


「さぁ早く逃げよう! アイツはとにかく厄介だからな」


 俺はジョーマーサの腕を引っ張って立たせた。彼女の手を握り、来た道を戻る。

 精神的な恐怖が体をこわばらせているのか、ジョーマーサの足がおぼつかない。転ばせることがないよう、できるだけ歩幅を合わせてあげた。


「ビャアアアアア! ヴァアアアアアアアアアア!!」


 背中を見せたことがマズかったか、イーグルが後ろから迫ってくる。耳を裂くような叫びが入ってきた。その鳴き声こそが、セッカケラを破壊する技だった。


「ヤバッ!」


 杖と服が少し透け、ヒビが入る。

 服は柔軟性が消えて、体の動きに合わせて変形することなく砕ける。杖も手をすり抜け、地面に落ちるとともに破損した。


「ベエエエエエッッ!!」


 あっという間に追いつかれ、イーグルの翼が俺たちを襲う。体を守るものが無くなり、直でダメージが入る。

 なす術がなくジョーマーサ共々倒れてしまった。


「ベェ……! ベエエエ……」


 白い毛で覆われた体とは対照的な真っ黒な目は、この世の光を全て飲み込んでしまいそうだった。

 舌を露出させ、ゆっくりと2つに分かれた舌先を近づけていく。ジョーマーサは目をつぶって震えた体を俺に密着させてきた。


 その時である。


「グゲンフルス!」


 セッカケラの破片と化していた服と武器が元に戻った。


「ベエェッ!?」

「マナダン!」


 相手が驚いている隙に杖を手に取り、魔球を放った。ちょうどイーグルの舌に直撃し、球が破裂する。


「ベア! アッ、アッ、アッ……」


 舌は急所だったのか、さっきの攻撃とは打って変わりイーグルは脚をフラつかせる。同時に、杖はまた形が崩れてしまった。これ以上の追撃は無理のようだ。


「さぁ! 早く!」


 ツデレンが手を仰ぎ、こちらに来るよう誘っていた。



 ***



 俺たちはイーグルの狙いから外れることを最優先し、ひたすら走り続けた。森の中の洞穴を発見し、その陰に隠れる。


「はぁ……はぁ……。ありがとうございます。それと、昨日は申し訳ございません……」


 息を切らした状態で座り込み、ジョーマーサは体を丸める。


「謝罪は生きて帰ってからしてもらう。アイツらと一緒にな」


 ツデレンはジョーマーサと向かい合うように座った。間にちょうど1人分座れる隙間があり、俺はそこに座った。


「後で改めて謝罪します……。ところで、イロエさんとミカジキさんはどうしていますか? きっと、おふたりに会ったから来てくれたのかと思いますが……無事と捉えてよろしいでしょうか?」


 息を整えられたジョーマーサは、細めていた目をパッチリと開き、ツデレンを凝視した。


「え、っと……」


 答えたくないのか、ツデレンは俺に目を向けた。


「うん、そう。俺たちは君のパーティ仲間に会った。で、応援を頼まれたから来たんだ。2人とも回復はさせたから無事だよ。今は街に戻ってもっと応援を呼んでいると思う……多分」


 どう言うのが正解だったのか分からない。それなのに言葉だけが流暢にポンポンと出てくる。


「無事ならうれしいですわ。ホッとしました」


 ジョーマーサの口元が緩み、白く整った歯がわずかに露出する。


「しかし来たはいいものの、どうやってここから逆転できっかな……」


 元のセッカケラに変えられる攻撃が厄介すぎる。

 ツデレンの復元能力でも1回呪文を唱えるだけでまた壊れてしまう。受けるダメージが増えることで、呪文を放つ負荷に耐えられないものと思われる。


 あのモンスターに、どう立ち向かえばいいのか……。


「勝つなんて無理。私たちがやるべきなのは逃げることよ」


 いつも通り、慎重派であるツデレンからの意見が飛んだ。


「なんか逃げたり隠れたりばっかだな、俺たち」


「勝てない相手に突っ込むほうがバカでしょ。勝てる人に任せるべきよ。キョウメ・イーグルの対策は大きく2つ。1つは音波攻撃の範囲外から遠距離で攻撃する、もう1つは音を遮断する呪文で音波攻撃を封じる」


 どちらも対イーグルへの基本戦術として知られているものだ。モンスターごとの対策まではそこまで覚えていないが、これは有名なので覚えている。


「マナダンじゃ力不足だし、音を封じる呪文は私もシジューコ覚えてない。アンタも……」


 ツデレンの目線がジョーマーサに向けられる。そういえば彼女もプレイヤー、しかもヒーラーだ。


「すみません……わたくしにそのような力は……」


 ジョーマーサの目元は震えていた。実力は未知数だが、現状は戦意すら失っているようで、戦力として頼れるものではない。


「だと思った」


 今いる3人では基本戦術で対抗することができない。そのうえで勝利の道を見つけたいのだが、協力が得られない以上はこっちも無茶はできない。


「とにかく夜は危険だから、朝になるまでここで隠れる」


「そっか……いや、でも……寒い」


 今の俺は防寒も兼ねていた装備が消え、肌着だけの状態だ。かいた汗が冷え、体温を急激に奪っていく。


「わたくしも……さすがに朝までこの格好では……」


 俺よりもっと前に服を剥かれたジョーマーサはなおさらだろう。白い肌着も乱れていて、壮絶さが容易に想像できる。


「そうか、あいにく私もこれしか持ち合わせていない。交代で体包むか?」


 ツデレンの上着がとても暖かそうに見える。う、うらやましい……。


「そうだ! 3人で体を重ねましょう! お互いに温め合うのです!」


 ジョーマーサはポンと手をたたいた。照れたりする気配はなく、ごくごく当たり前のような口ぶりであった。


「は、はあぁ……!? そんなのごめんだ! 期待するな変態!」


 なぜかツデレンは俺に牙を向け、ほほを赤らめる。


「俺!? 期待してないって! やめろって!」


「……フン、どうだか」


 服を貸すためにツデレンは上着を脱ぎはじめる。最中、細くにらんだ目つきを俺に向け、無言の圧を与えてきた。気温とは別の寒気を感じ、目を逸らす。


「ベエエエエエッッ……」


 ツデレンが服のボタンを全て外した直後、外から不審な声が聞こえる。


「ん……?」


 洞穴の入り口の前には、暗闇でも分かる白い羽毛のモンスター。


「ウソ……もう見つけられたの……?」


 ツデレンの顔も曇る。


 俺たちは服もロクに着られないまま、アイツと戦わなくてはいけないらしい。

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