3-3 初見殺しのモンスター
カタユに到着して2日目。
日が暮れて暗闇となった森の中を、1体のモンスターがはいずりまわる。
「でやああああああああああ!! マナダン!!」
怒りを込めた魔球がモンスターを貫く。
「ゲソッ! ソゲソゲ……」
ヨボウ・クラーケンは軟体生物系のモンスター、この種族には魔法攻撃が良く効く。自分の数倍の大きさを誇っていたが、遠距離からのマナダンで倒すことができた。
砕けたセッカケラを、ツデレンがカードを投げて回収する。
「よしっ。今回の討伐は簡単だったね」
カタユのギルドから受けた依頼は、森に現れるモンスターを倒すという簡単なものだった。街が広くて人口が多い分、依頼も多いのだろう。おかげでヒーラー2人の俺たちでも話が回ってくる。
「ああ。結局さ、杖なんて今あるので十分だったのよ。アイツらめ……!」
あの後、呪文場の職員に話を聞き、個人認証の話を知った。事情を説明して盗んだわけじゃないことは分かってくれたが、小バカにするような対応だった。
ジョーマーサにだまされたことや職員の態度が積もり、今現在に至るまでツデレンの機嫌は斜めである。ひと晩たっても収まる気配はない。
「もう言うなって……俺も忘れたいよ……」
怒り……とは少し違うが、少しガッカリしたような、胸に大きな穴をあけられたような、そんな感覚が抜けない。
特にジョーマーサは、そういうことをする風貌には見えなかった。
最初に呪文場に来た時の高揚感が、遠い昔の記憶のように思える。
「でもでも! 今頃私たちの痴態を想像してあざ笑っているに違いない!」
特に怒りを向けているのはジョーマーサだ。あの優しさは全てウソだったのだろうか。根拠はないけれど俺にはそうは思えない、そう思いたくない。
「わあああああん!! 知らないよ個人認証なんて! どうせ私の杖は安物よ!!」
1人で蒸し返し、1人でキレる。腹の虫がおさまる気配は一切なく、情緒が不安定になっていた。
***
このあたりの森は入り組んでいて道に迷いやすい。さらに夜ともなると現在位置がすぐに分からなくなってしまう。
「あれ~、おっかしいなぁ?」
「はぁ……。だからやっぱりさっきのところを右だったんじゃないの?」
後ろを付いてくるツデレンが、俺に蔑んだ目線を向ける。俺たちが今どういう状況かは、言うまでもないだろう。
「どうしよ、戻る?」
「こんな暗いところで今更戻れない」
戻ろうとして、余計迷う可能性は否定できない。
せっかくここまで好調に倒せたのに、なんで討伐と関係ないところで壁にぶつかってしまうのか……。
「あぁ……あぁ――」
その時、かすかに人の声が聞こえた。草をかき分ける音も同時に聞こえて、遠くから徐々に近づいているようだった。
「何だ……!?」
ツデレンも気づいたらしく、警戒態勢を取る。俺も後に続くように杖を構えた。
「はぁ……! はぁ……!」
「あっ、アンタらは……!」
出てきたのは、イロエとミカジキ――武器屋で会ったパーティの2人だった。
「どおおおっ! えっ!?」
しかもどういうわけか、下着姿の丸腰である。
体は土で汚れ、髪も乱れている。息を切らして荒い呼吸を挟む姿は、不謹慎ながらも色っぽさを感じられる。
「バカ! そんな見るな変態!」
ついつい2人に見とれていたところ、ツデレンがどこからともなく布を取り出し、俺の目元を縛った。
***
俺は目隠しをされたまま、彼女たちの話を聞くことになった。
「で、誰に襲われたんだ?」
「人じゃないにゅ。襲われたのはモンスターだにゅ」
ツデレンの問いにイロエが答える。昨日会った時はもっと明るかったが、状況が状況だからか、だいぶ深刻そうな口ぶりだった。
「いつもの通り討伐してたんだけどよ……急に鳥型のモンスターが現れて……変な超音波を受けたら武器と服がいきなりぶっ壊れてさ……命からがら逃げたってわけ」
今度はミカジキが話を続ける。その特徴のモンスターといえば……前に聞いたことがある。
「それはキョウメ・イーグルだな」
名前を先にツデレンに言われてしまった。
「セッカケラで作ったものをぶっ壊すんだよな」
プレイヤーが使う武器や服はセッカケラを加工して作られる。武器に加工すれば魔力を高い効率で攻撃や回復に転じることができ、服に加工すればモンスターの攻撃を大きく抑えられる。
セッカケラを加工したものでモンスターを倒す――その前提を超音波1つで崩してしまうのがキョウメ・イーグルだ。初見殺しのモンスターとして有名だが、彼女たちは知らなかったのか、はたまた不意打ちだったのか、攻撃を受けてしまったらしい。
「ところで、君たちのパーティにはもう1人いたはずだけど……」
これまでの話の中で不自然に出てこない名前が気になった。
「ジョーマーサのことかにゅう……」
「時間稼ぎしてもらっているよ。アタイらが仲間呼ぶからって」
2人の声は、より重々しくなった。
「それなら早く助けにいかなきゃ!」
イーグルは時間稼ぎなんてできる相手じゃない。長引けば長引くほど丸腰で相手をしなくてはいけない、要注意モンスターだ。
「アンタらでどうやって助けるんだ? 他のプレイヤーを呼べる距離じゃないし無理だよ無理」
「ジョーマーサには悪いんだにゅ……」
「見捨てるのか!?」
2人の言い方はそうとしか聞こえなかった。ジョーマーサはあれだけ尽くしていたというのに、一方的に利用されていただけだというのか?
無性に心が騒がしくなり、歯をきしむ。価値観は違ったが、彼女は真剣にヒーラーとして頑張っていたのに……。
「人聞きが悪いにゅ!」
「は? 何か間違っているか? 見捨ててないなら何なんだ?」
ツデレンの相手を詰めるような口調は、怒りとはまた少し違うようなものが混ざっている気がした。
「…………」
「…………」
ついに、2人は何も言わなくなった。
「ツデレン……俺……」
もう他に考えられない。2人にだまされて攻撃を耐え忍んでいるジョーマーサを、見捨てるわけにはいかない。
「……そうそう、アンタらにはいろいろ文句も言いたかったんだ。だから3人そろってくれなきゃ困る」
わざとらしい、大きな声だった。
「だよな。どっちの方向にモンスターがいるのか、教えてくれるかな?」
俺は目隠しをされたま、2人に尋ねた。
***
ジョーマーサは衰弱していた。
「はぁ……はぁ……」
逃げる体力もなく、壁に寄りかかったままか細く息をするのが精いっぱい。目は虚ろとなっていた。
当然、服はモンスターによって破壊されてしまい、下着姿である。夜の下がった気温が彼女から熱を奪う。
ジョーマーサの目の前にはキョウメ・イーグルがいた。大きな翼を畳み、彼女をじっと観察する。
「ベエエエエェ……ロウ!」
くちばしから長い舌を伸ばし、ジョーマーサを下腹部からへそにかけてなめる。
「ううううっ……! あうぅ……」
舌はザラザラと細かな凹凸があり、ひとなめされるだけで摩擦によって皮膚はただれる。赤い炎症とともに、ジョーマーサの体内にまで痛みが浸透する。
「ベエロゥ! ベエエエウウウッ……!」
腕、脚、腹、胸、顔――体の各部位を1回ずつ、イーグルは相手をもてあそぶようになめ続ける。
皮膚についた唾液は血が固まるのを妨げ、小さな傷口であるにも関わらず外気と接触したまま、治る様子を見せなかった。
「イロエ……ミカジキ……」
意識がもうろうとする中、ジョーマーサは2人の名前を口にした。彼女たちが仲間を連れてきてくれる。自分を助けてくれる。それだけが希望だった。
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