3-2 お嬢様、ジョーマーサ

 武器屋で繰り広げられるツデレンと格好が派手な女の口喧嘩、それを制したのは1人の女性だった。

 濃い赤色のドレスは袖口が広がっていて、スカート部分も端に行くほど盛り上がっている。非常に高貴な印象を受ける。


「ミカジキさん、どうしたのでしょうか? そんなに声を荒げて」


 派手な女はミカジキという名前らしい。彼女に顔を向け、赤いドレスの女性は優しくほほ笑む。


「ふぅ~ん。まぁ、多分ミカジキが悪いんでしょうにゅ! ジョーマーサの手をわずらわせることないにゅ!」


 赤いドレスの女性――ジョーマーサの後ろには、また別の女がいた。袖が無く、胸元の空いた露出度の高い服を着ていて、ちょっと目のやり場に困る。


「そんなことありませんわイロエさん。平和的解決ができるなら、私は尽力します」


 イロエと呼ばれた女は、ジョーマーサにベタベタとくっついたまま彼女の話を聞いていた。


「ジョーマーサならそういうと思ったよ。それがよぉ、こいつらが目障りなぐらい騒いでてさぁ」


 嫌悪するような表情でミカジキは俺たちを指差した。


「まあ。騒いでいた、というのは何かお悩み事とかがあったのでしょうか? 私にできることなら力になりたいですわ」


 感情を高ぶらせることなく、冷静なままジョーマーサは俺たちに問う。


「いや、ほんと、俺たちが悪いんですよ。な? ちょっと杖が高くてワーってなっちゃっただけで……」


「はぁ? こいつが売った喧嘩は……」


 俺はツデレンの口を手で抑えた。

 無駄に喧嘩腰をする必要なんてない、そもそも俺たちが人目をはばからず騒いだのが悪いのだし、謝るのが正しい行為なはずだ。


「杖が欲しかったのですね。では、わたくしが使っていたものでしたらお譲りします」


 ジョーマーサは腰に添えていた杖を俺たちに差し出した。


「え! いいんですか!? た、たた、タダですか?」


 信じられない……。こんな都合の良い話があるのだろうか。

 先端がひし形となっている杖は、全体が赤の半透明で、中で光が屈折して輝いている。こういった見た目の杖はかなり高い。


「もちろんです。ヒーラーたるもの、パーティ以外の方を支えるのがつとめです」


「どうだ、すごいかにゅ? ジョーマーサはこの街で1番の富豪なにゅ。私とミカジキの装備だってジョーマーサからもらったんだにゅ!」


 イロエはジョーマーサの後ろにまだくっついていた。


「はぁ~ん、要するに財源扱いされているわけか」


 つい力を抜いてしまったせいで、ツデレンをしゃべれる状態にしてしまった。ミカジキへの嫌悪が収まったらしいが、嫌味を言うのは相変わらずだ。


「違いますわ。わたくしたちは3人でパーティを組んでいるのです。ヒーラーですから私が支えているのです」


 ジョーマーサは少しだけ目元をピクピクとさせた。

 支える、の意味がものすごく違う気がするが彼女にとってはそれがヒーラーらしさなのだろうか。


 その後すぐに穏やかな表情に戻り、俺に杖を渡した。


「シジューコ……帰るぞ」


 ツデレンは背中を向け、階段のほうへ歩き始めた。


「ああ、うん……。ありがとうございます!」


 俺は頭を深く下げ、武器屋を出ることにした。


「さぁ選ぼう選ぼう、 ジョーマーサに似合う最新型の杖をな!」


 去り際、ミカジキの騒がしい声が聞こえた。ツデレンはぐっと歯を食いしばっていた。



 ***



 カタユのような大きな街には、呪文の試し打ちができる施設『呪文場』が存在する。


 呪文はむやみに使えるものではない。しかし、いざという時のために自分の力がどの程度が知る必要もある。


 そういうわけでプレイヤーは重宝している施設らしい……俺は初めて使うが。ちなみに、ギルド特典により初来店するお店は無料で使えるそうだ。


 白い壁で囲まれた部屋には中央に人型の像が設置されている。成人男性と同じぐらいの大きさで、ダメージを数値化して表示してくれるらしい。


 まずはこれまで使っていた杖で効果を測定する。


「よしっ! 行くぞ! マナダン!」


 杖の先を像に接触させて魔球を放った。水しぶきのような破裂をし、攻撃は一面に広がる。


「衝撃確認。197」


 像から数値を教えられるが、高いのか低いのか全然分からない。ツデレンの顔を見て反応を確かめる。


「う~ん、まぁ、普通ぐらい? マナダンの中じゃ。多分」


 明らかにツデレンも分かっていない様子だ。


「まぁいいや……。今度こそ本番!」


 大事なのは新旧でどれだけ攻撃力が高くなったかだ。数字で絶対評価はできなくても、相対評価ならこれまでの戦いからできる。


「マナダン!!」


 腹の底に力を込め、大声で呪文を唱える。


 ……が、魔球は出ない。


「ぐああああああああああっっっ!!」


 熱い……! 代わりに、右手が焼けるような痛みが広がった。本来外に広がる力が逆流している。内側にのめりこんでいく。


「う、うううぅ……! ぐああうううううううううう!!」


 杖を離しても収まらない。一体、俺の体に何が……!



 ***



 カタユの一等地にあるフランメ家一族の屋敷に、一人娘のジョーマーサは家族たちと住んでいる。最新鋭の設備と細やかな手入れにより、古風でありながらも住みやすい環境となっている。


 ジョーマーサは、数ある部屋の1つを自分の個室としていた。部屋の中心には寝具があり、工芸品や美術品が壁際に飾られている。飾りつけはすべて本人が行ったものだ。

 両開きができる大きな窓から光が取り込まれ、日中は室内灯がいらないほど明るい。そこから庭の草木や噴水を眺められるようになっている。


 ミカジキとイロエも屋敷に住んでいて、定期的にジョーマーサの部屋に遊びに来る。


「まぁ、そうでしたの……?」


 ジョーマーサはきょとんとした目をミカジキに向けた。寝具の上に敷かれた肌掛けを、悔やむようにつかむ。


「なんだ、知らずに渡したのか。誰でも使えたら盗難の危険性とか出るでしょ。だから高い武器には個人認証を付けるんだよ」


 量販店で売られているような武器は、購入時に個人認証の手続きを行うのが常識となっている。ジョーマーサも手続き自体はしていたが、その意図を知らずに行っていた。


「それは……申し訳ないことをしてしまいましたわ……。今度会ったら謝らなくては」


 今頃、あの2人は不正使用した際の防犯攻撃を食らっている――ミカジキに言われたことが、ジョーマーサは気掛かりとなっていた。唇をかみ、憂いな顔を見せる。


「いいよいいよ。知らないアイツらが悪いんだ」


 対するミカジキは彼らのことを一切気にしていない。あの場では怒りを収めたものの、まだツデレンたちとの溝は残っていた。


「しかし……ヒーラーとしての役目が」

「できているにゅ~!」


 心配しているジョーマーサの胸元に、イロエが飛び込む。押し倒される形で、ジョーマーサは寝具の上に横たわる。


「わわっ、イロエさん!?」


「私たちの弓と鎌も買ってくれたし、いつもこーやって癒されているにゅ~!」


 顔をうずめたイロエはすりすりと、肌の柔らかさを確かめるように擦りつけた。ジョーマーサも嫌がる素振りはなく、イロエの頭をほほ笑みながらなでた。


「抱き着いてんのはお前だけだろ」


 遠目で、ミカジキはただただ冷めた目をぶつける。


「んん~! ミカジキがいじめるにゅ~! ジョーマーサぁ……!」


 イロエはジョーマーサの背中まで手を伸ばし、慣れた手つきでボタンを外す。


「はい。いいですよ。私に触れて癒しを得られるなら……それもヒーラーのつとめです」


 抵抗する様子はない、むしろ受け入れている。


「はぁ……」


 2人の関係にあきれた様子でミカジキは部屋を出ていった。

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