大都会カタユ

3-1 武器屋に行こう

 ついに到着した……。


 大都会の『カタユ』は、これまでとは比べ物にならないほどにぎわっていた。高層の建築物が連なっている。常に人が混みあっていて、静けさを見せる気配もない。


「こんだけいたら、きっとヒーラーもいるよな!」


「仲間になってくれるかはともかく、確実にいるでしょうね」


 胸の高鳴りが大きくなっていく。ツデレンも同調してくれた。


「早速ギルドに……」


「待った。それよりもっといい場所があるよ」


 俺は服をギュっとつかまれる。振り返ると、ツデレンは遠方にある建物を指差していた。

 そこの看板には『武器を買うならブキルー装堂』という文字が大きく書かれていて、どういう建物であるかを教えてくれている。


「ああ! なるほど! 杖のコーナーに行けば……!」


 ヒーラーは主に杖を使用する。そこに行けば、他の場所よりヒーラーと遭遇する可能性が高いということだ。



 ***



 武器の量販店としては最大級の規模を誇るブキルー装堂、そのカタユ店は特に大きく、6階建てで武器以外の装備や旅の道具も充実している。


 杖の売り場は4階だった。階段は建物の中心にあり、必然的に他の階の様子も見ることとなる。


「ひっろいなぁ……!」


 複数の棚や台が列を成す、複雑怪奇な迷路のように品物が陳列されている。案内板が無ければ迷ってしまうこと間違いなしだ。


「ちょうど新しい杖も欲しかったし……すっごいワクワクっていうか、ドキドキしてきた……!」


 俺が持っている杖は親から譲り受けたもの……といえば聞こえはいいが、要するにかなり古い型落ちの杖だ。

 この杖のまま強敵のモンスターと戦うのは無謀である。仲間集めと同時に、新しい杖も押さえておきたい。


「そうね。ちょっとなら杖買うお金、貸してもいいよ」


「へぇ、優しいところあるんだな」


「別に。アンタが強くなってくれないとこっちだって困るでしょ。またあんな死ぬ気で戦う気?」


 ツデレンの冷ややかな目線が俺を刺す。ちょっとでも褒めるとすぐこれだ。優しいと言って損した気分である。


「あぁそう……」


 こんなツデレンにはお金を借りたくない。できるだけ安い杖を選ぼう。



 ***



 隅に追いやられながらも杖のコーナーはちゃんとあり、種類は十分なほどそろえられていた。箱に包装された杖は、呪文の系統やプレイヤーの練度などで区分されて並んでいた。


「た、高い……」


 しかし、どれも高額だった。5~60000エソは当たり前、頻繁に買い替えるものではないとはいえ、今の所持金がすぐに吹き飛んでしまうものばかりだった。


 買い求めやすさを売りにしているものですら30000エソもする。ツデレンに強情を張っている余裕も無さそうだ。


「なぁツデレン、武器もギルド手帳使えないのか……?」


 せめて宿泊費のように、ギルド手帳で後払いにできたらまだ買えるかもしれない。わずかな希望を持ってツデレンに聞いた。


「ないよ。壊れたときの保障とかはあるけど」


 あっさりと希望は砕けた。やはりツデレンにお金を借りないと買えないみたいだ。


「うわ、いつの間にか値上げしてる。こんな高かったかな……」


 ツデレンも値札を見て顔をしかめる。武器の性能は日々向上していると聞くが、その余波が全体的な値段に出てしまっているのだろうか。


「あと、選ぶ時は、値段の他に杖の相性とかもあるからね。自分の潜在能力とか……あ、シジューコは全然知らなそう」


「あは、あはは……どうやって知るの?」


 全然知らない。ごもっともだった。


「そりゃあ戦いながらに決まっているでしょう。アンタの場合は呪文の傾向が一切見えないし初心者向けのでいいんじゃない?」


 初めての杖にオススメ、と宣伝文句が書かれている杖をツデレンは手に取り、俺に渡す。


「なるほどな……」


 側面にある性能表を見てみる。長さ、重さ、耐久性などが書かれている。特に気を付けるのは呪文の変換係数である。


 呪文とは、自身の体内にある魔力を攻撃や回復に転用する合言葉のようなものだ。

 人間は自力で魔力を他の物に変換できないので、武器を介して呪文を唱え、技を出す必要がある。


 その際、技の強さを決めるのが変換係数である。変換係数が高ければ、同じ呪文でもより大きい力を発揮できる。すなわち、武器として優れている。

 だが、武器の変換係数は全ての呪文が一律ではない。呪文の系統ごとに変換係数は異なるので、プレイヤーごとに『武器の相性』という概念が存在しているのだ。


 初心者向けの武器は、あらゆる呪文の変換係数が60~70程度に収まっている。どんな系統の呪文を使うことになっても、そこそこの力を発揮できるのが売りらしい。


 俺のプレイヤーとしての素質は未知数だ。初心者向けの杖を買うのが無難な選択であることは分かっている。けど、それでは物足りない気がしていた。


「俺たちの弱点を補える方向に力を伸ばすべきじゃないか?」


「何を言っているの?」


「例えば水や光の攻撃が強い杖とか…」


 今の俺たちは、土属性の敵への有効打がない。

 マンモスとの戦いも、かなり回りくどい戦い方だった。土属性が弱点とする水属性か光属性で攻撃できれば、もっと楽に終えられたのだ。


 特定の属性攻撃に関する呪文の変換係数が高い杖なら、それが実現できる。


「いや、そういう呪文を覚える素質なかったら意味ないし……」


 ツデレンはあきれ顔で半笑いをした。


「それよりはアンタのマナダンの強化でしょ! 弱すぎるし、初心者向け以外ならそっちのほうにしなさい!」


 一理あった。今の俺たちには遠距離攻撃が不足している。

 現状のマナダンでは威力が低すぎて大型のモンスターには接近して放っている始末だ。ツデレンも杖から刃を伸ばす以外の攻撃がないし、接近戦が危険な敵にも俺たちは不利だ。


「マナ系の攻撃呪文の変換係数が高いのは……っと」


「いや待った! そもそも俺たちはヒーラー縛りをしているから、俺が使えなくてもツデレンや将来の仲間が使える可能性あるんじゃないか?」


 だが、水や光の杖がどうしても欲しくて諦められなかった。

 属性の杖を使えば、自分も属性呪文を使えるのではないかという気がしてならないのだ。


「はぁ? ケチなんだか浪費家なのか分からない奴。まずそんな都合よく仲間は現れないし、ヒーラーである以上一応武器は持っているでしょ」


 ツデレンも退かないし、またも反論できなかった。

 確かに、杖を持っていないヒーラーもごくまれに存在するが、そういう人はそもそも杖との相性が悪い。


 やはりここは無難に……。


「さっきからうせえなぁアンタらよぉ!」


 突然、体の奥まで響くような怒鳴り声が俺たちを襲った。


「え、ああ、ごめんなさい……」


 周囲のことを考えず騒がしくしすぎた……。なんと愚かなことをしてしまったのだろう。


 怒ってきた女は背が高く、腕を組んで俺たちを見下ろしていた。


「ったく……この程度で高いだのなんだの……田舎者って感じ。どうして貧乏人というのは騒がしいんだろうねぇ。買わないなら最初から来ないでよ。あー、やだやだ」


 足でパタパタと音を立て、ねちっこく嫌味が放たれる。腹立たしい言い方だが、非は俺たちにある。穏便に謝るしかない。


「はぁ?」


 しかし、ツデレンにその気はなかった。首を少しだけかたむけ、にらみを利かせる。


「うるさいのは悪かったがそこまで言われる筋合いはない。アンタこそ、ギラギラと下品で似合ってない」


 光沢のある黒いコートとズボンはどちらも丈が短く、脚はほとんど素肌のまま。金色の指輪やピアスを派手につけていて、化粧も濃い。

 ツデレンの言ったことは大きく外れているとは思わなかった。


「あぁん? 図星だからイライラしてんのか?」


 だとしても、なぜそれを口にしてしまうのか。相手の女も挑発に乗ってしまった。


「それはアンタのほうだろ?」


「おいおい、やめろって……。元はといえば俺たちに非があるんだし……」


 無駄な争いを何故起こしてしまうのか……胃が痛くなってきた。


「ミカジキさん、どうしたのでしょうか?」


 今度は別の声が聞こえた。とても美しい、透き通った声だった。


 思わず声のした方向を見る。声の主は、上品な出で立ちの女性だった。

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