前日譚・シジューコ編

0-1 旅の始まり(前編)

 それは幼少期のおぼろげな記憶。


 俺は友人と共に鳥型モンスターに襲われ、巣まで連れ去られた。

 乱暴に扱われ、体中をつつかれ、あの時の痛みは今でも鮮明に思い出せる。


 あの時の俺は死を覚悟していた。このままなす術もなく、ただ一方的に殺されるのだと、生きることを諦めていた。


「ユチルス!」


 そんな時、1人のヒーラーが助けに来てくれた。俺たちの傷を治し、モンスターをあっという間に倒してくれた。


「……大丈夫かい?」


 振り向いたヒーラーの顔は、逆光でよく見えなかった。その後目線を合わせてくれた気がしたが、顔は思い出せない。見た目で覚えているのは、白いローブだったことぐらいである。


 この体験が、俺の将来の目標に強く関わっていく。



 ***



 時が立ち、俺は大きくなった。

 少年と呼ぶには成長しすぎているが、成人と呼ぶには若すぎる。いわゆる青年期である。


 俺はあれから、モンスターと戦う職業である『プレイヤー』になるため、多くのことを学んだ。その結果、回復魔導士──通称ヒーラーの力を使えるようになった。


 この力を活かし、日々モンスターの討伐を……やっていない。


「あーあ……」


 やっているのは木の実の採取である。毎日森に行き、食料になりそうなものを探す。

 格好だけはヒーラーらしくしているのが、余計に虚しい。ごくまれにモンスターが出現するので、全く無駄になっているわけではないが、プレイヤーと呼べるような存在にはなれていない。


 その日も森で木の実探しをしていたら、1人の男に声を掛けられる。


「ようシジューコ、偶然だな」


 振り返ると、坊主頭で俺と同じぐらいの年の青年がいた。


「おおっ! バルイラ! 久しぶりだな! いつ以来だっけ?」


 声の主は、幼馴染のバルイラだった。幼少期、俺と一緒に鳥型モンスターに襲われたことがあり、それが理由で遠くへ引っ越してしまった。こんなところで再会するとは思ってもみなかった。


 見た目や、声が変わっていても、顔の各部位やしゃべり方は当時のままだ。すぐにバルイラだと分かる


「俺も覚えてないぐらいだな。それにしてもお前……まだヒーラー目指してんのか?」


 腰に付けた杖を見て、バルイラは鼻で笑った。


「そりゃあもちろん! 俺はあの時からヒーラーになるって決めたんだ」


 安物ではあるが杖を中古で買い、専門の学校にも通った。呪文だって習得している。後はモンスターと戦う機会があればいい。


「今時、回復呪文を使う機会なんて無いだろ」


 バルイラは半笑いをする。俺を見下していることがあからさまな態度に出ていた。

 いつからこんな嫌な奴になってしまったのだろう。


「そんなことない! そりゃ最近はモンスターを簡単に倒せるようになったけど……強敵が現れたときには絶対ヒーラーが必要になるはずだよ」


 言い分としては少し苦しいが、言われっぱなしなのは気が済まない。


「……ほう。そこまで言うなら俺と来るか?」

「え?」


 意味が分からなかった。ニヤニヤとするバルイラを見て、不安だけが増大していく。


「俺は討伐に来たんだ。聞いていないのか? この辺りにかなり強いモンスターが出た話」


「初耳だよ。それより討伐って……バルイラはプレイヤーなのか?」


 よく見ると、バルイラも腰に武器を装備している。

 黒いさやに収められた剣が、膝のあたりまで伸びている。迷彩柄のスーツも、身を隠すためのものと考えると、戦うための衣服といえる。


「まぁな。俺に付いてきてもいいぞ。モンスターが強かろうが、ヒーラーなんて必要ないって教えてやるよ」


 バルイラはとにかく鼻につく。引っかかる言い回しが多い。こんな奴にギャフン、と言わせるには、付いていく他ならない。



 ***



 バルイラの向かった先は、森の近くにある荒れ地だった。


「ここなのか?」


 ここでモンスターが出たという話は聞いていない。最近出現しはじめたのだろうか。

 一応、警戒して周囲を見渡すが本当に何もない、草木も生えない土地である。


「いや、呼び寄せる。周囲に障害物のない場所を選んだだけだ」


 バルイラは剣を引き抜いた。緩んだ笑みは顔から消え、表情は真剣なものへと変わっている。冗談などではなく、本気でモンスターと戦うことが伝わった。


「カイタ・ソサウ!」


 地面に剣が突き刺されると、地響きのような音が辺り一帯に広がる。


 これが呪文の力……! 俺の使える呪文とは別物で、格の違いを感じられた。


「ンマアアアアアアアエイ!!」


 やってきた、本当にモンスターを呼び寄せてしまった。

 人間の数倍の大きさがある平たいひし形の体に、長い尾が付いている――タキツ・マンタというモンスターだ。風を操って空を飛び、尻尾から毒や電気を発射する攻撃が得意とされている。


「マエイ! マエイ!」

「ンマアアアアアアアアアア!!」


 マンタは合計3体。1体でも厄介なモンスターとされているのに、3体同時なんて無謀すぎる。


 息つく暇もなくマンタたちは尻尾から電撃を発射した。金色の雷が走り、一瞬でバルイラの元まで来てしまった。

 バルイラのいた場所は重々しい音と共に爆発し、赤い炎に包まれる。煙が立ち込めている中をマンタはさらに攻撃し、爆発音が絶えない。


「わああっ!? ユユ、ユチ……」


 遅い……きっともう遅い……。


 戦闘の速度についていけず、半ば諦めていた。それでも、辛うじて生きている可能性を信じて回復呪文を唱えようとした。


「誰にヒールする気だ?」


 呪文を言い終わるより先にバルイラの声が聞こえた。


 空だ……直前に空に逃げていた……!


「エンカ・ハ・ゲザンキ!」


 バルイラが呪文を叫び、鞘から剣を抜く。刃は赤く燃え上がっていて、振るうたびに炎の残像が広がっていく。残像に触れたマンタたちは、一瞬で体が白色へと変わる。


「マッ……ママ……!」


 3体とも体が粉砕し、欠片がパラパラと地面に落ちた。バルイラはスィギルムカードを投げ、セッカケラを吸収する。


「な? いらなかっただろ?」


「…………」


 得意げな顔をするバルイラに、俺は何も言い返せなかった。

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