2-10 これなら勝てる!
1日経ち、体調を戻してから再び廃城へ向かった。
前回、大量に倒したおかげか、道中のスパイダーとウルフはだいぶ数を減らしていた。
「マナルキ!」
ツデレンが廃城に張り巡らされた糸を次々と断つ。気迫に押されたのか、スパイダーやウルフが襲ってくることはなく、中庭まで到着できた。
「ンモオオオス!」
昨日から特に変わった様子はない。モル・マンモスは健在であり、俺たちを威嚇する。
「本当に……倒せるかな……」
「でも他に方法はない、次こそ絶対倒そう!」
俺の作戦は絶対ではないが、討伐の依頼を簡単に投げ出すわけにはいかない。
「グゲンフルス!」
ツデレンは杖を前に突き出し、代償付きの呪文をかけた――マンモスに。
ダメージを大きく受ける体質になる代償は、誰であろうとも適用するはずだ。
「マナダン!」
少しはダメージが通りやすくなったことを願い、すかさず魔球を放った。
マンモスはこれまで通り鼻で魔球を弾く。
「ンモッ……! ムゥオオォ……!」
「効いたか!?」
「うん、多分。そんな感じがする」
ダメージを与えられたのか分かりづらい。一応、衝突した箇所からは煙が出ているし、マンモスも驚いているようではある。
しかし致命傷には至っていない。マナダンを表面に当てるだけで倒せるほど、楽な相手ではなかった。
「ツデレン……頼んだ!」
「うん! マナルキ!」
次に警戒すべきはスパイダーの糸だ。ワナに絡まることも、ワナに注意が向いてマンモスとの戦いに集中できないことも悪手である。
そこで今回は、糸を除去する役と、その間マンモスの気を引き付ける役に分かれることにした。
「ほいっ!」
俺とツデレンは杖を交換した。糸を除去するのが俺の役割だ。
「ククラルス!」
マンモスを引き付ける役のツデレンは、相手の視界を奪った。第三者から区別はつかないが、現在のマンモスは光も感じ取れない暗闇を見ているそうだ。
「ン……モ……!」
まるで暗闇に閉じ込められたかのように、目から光すら感じ取れなくなるらしい。そうなった生物が次に何に頼るか――。
ブブッ……! ブリウウウゥ!
音だ。
「ああぁ……! やっぱ恥ずかしいよぉ!」
高熱が出た時以上にツデレンの顔は真っ赤になった。目と口を力強く閉じ、羞恥を耐え忍ぶ。
何かしら声をかけてあげたいが、マンモスに反応されてしまっては困るので、黙るしかなかった。
俺は暴れるように紫光の刃を振りまくり、自由に動ける空間を確保し続けた。本当に糸が張られているかは角煮しない。確認している時間がもったいないからだ。
「ン……! ンンッ!」
マンモスはドシドシと大きな音を立てながらツデレンに近づいていく。
ブッ……! ブブブッ!
気付いたツデレンは、恥ずかしがっている暇がないことを察知し、俺が糸を除去した空間を通る。俺と一定の距離を保ちながら、マンモスを誘導した。
「そろそろ切れる……!」
相手の視界を奪えるのは、わずかな時間だ。
「俺も切ったぜ」
それでも糸を除去するには十分な時間だった。再び杖を交換し準備は万端、ここからが本当の始まりである。
「ンモオオオオオス!」
マンモスが鼻から泥を噴出した。俺とツデレンは左右に分かれて避けた。相手の攻撃手段は鼻と牙、あとは突進ぐらいしかない。2方向から攻撃はできない。
さぁどっちだ? どっちを向く? どちらの場合でも想定はできている、モンスターは完全に俺たちの手のひらの上だ。
「ンモス!」
向いたのは俺のほうだった。鼻の動きに集中し、避けることだけを考えた。
「せやあああああっ!!」
その隙にツデレンが相手の後ろに回り、脚を斬る。何度も何度も連続で、たたくように攻撃を当て続けた。
「ンモッ! ンモモォ……ス!」
マンモスは少しだけバランスを崩す。攻撃が止まり、後ろを確認しようとしていた。口は開いていて、こちらへの注意も向いていない。
勝てる……いまこそ勝てる!
「マナダン!!!」
俺はマンモスの口に飛び込んだ。放った魔球はちょうど敵の口内で発光した。
「ンッガアアアア!! モオオオオオス!!」
これまでで1番大きな叫びだった。もがいたマンモスが首を振り回す。俺はマンモスの唇に手をかけ、振り落とされないようにした。
「マナダン! マナダン!」
勝利は目の前、絶対逃したくない。追い打ちの攻撃を与えた。比例するかのようにマンモスの動きも激しくなる。
いける……もうすぐいける……!
「うっ……! くう……」
だが握力の限界が来て、ついにマンモスから手を放してしまった。
勢いで地面に強くたたきつけられ、骨に振動が渡る。杖も手から離れてしまって回復もできない。
「はぁ……はぁ……」
マンモスは俺を見下ろし、じわじわと近づいてくる。
杖を取らなくては……取らなくては……!
そう思った瞬間である。
「ン……モ……」
マンモスの体が白く変色し始めた。僅かに透けたその表皮は、徐々にヒビが入り、崩れていく。
「勝っ……た……」
これまでの攻撃の蓄積が、少し遅れてやってきたのだろう。
宙にスィギルムカードが舞い、セッカケラを回収する。多分ツデレンが投げたもので、ものすごい量のセッカケラが1枚の板に集中していく。
「ほら杖。まだ残りのモンスターは残っているのだから」
俺をのぞき込む顔は、非常に誇らしげな顔をしていた。
***
後は消化試合だった。残っているモンスターがいないことを確認するのは少し手間だったが、モル・マンモス以上の敵が来ることはなかった。
一度は撤退し、悪戦苦闘をしたものの、初のギルドの依頼を終えられた。
「あいよー」
またも老婆の受付が、エソとその内訳が書かれた紙を渡す。
依頼を受けるところと換金するところは別人が担当しているはずだが、ただ似ているだけなのだろうか。
「お、おおぉ……!」
討伐したモンスターが合計で45520エソ、依頼料金が20000エソ。
宿泊代のツケが2泊分で11000エソ引かれているが、それでも合計収入は54520エソ、これまでの戦いからは考えられないほど破格の報酬だ。
「見ろ見ろ! すっごいなぁ……これを俺たちだけで……」
待合室に1人ポツンとたたずむツデレンに、俺は紙を見せた。
「ふぅん……。こんなに」
ツデレンは口角をにんまりと上げる。落ち着いたままでいようとしていたが、内心喜んでいるのが手に取るように分かった。
「今夜はお祝いにパーっとやっちゃおうぜ! で、明日カタユに到着だ!」
少しでも実績があればきっとカタユで仲間も集めやすくなるはずだ。
この幸先の良さを祝わないのはもったいない。今日ぐらいはハメを外しても天罰が下ることはないだろう。
「そ~う……。へぇ~、あれだけケチケチしていたのにねぇ」
目をじっと細めるツデレン。挑発するような、もしくは軽蔑をするような仕草は、水を差された気分になる。
「なんだよ。ちょっとぐらい浮かれて……悪いかよ」
「別にぃ~」
ツデレンはまたも顔をにんまりとさせ、服のポケットから1枚の紙を取り出す。
「……実は、行きたいこと決めてある」
一体、いつどこで調達したのか……。ツデレンはチラシを持ち歩いていた。
奇麗に折りたたんだそれを広げ、俺に見せてきた。白い歯を大っぴらにするほどの、明るい笑顔だった。
「おいおいおいおい……」
なんだかんだ、ツデレンが考えていることに俺と大差はなかった。俺の胸は、さらに熱くなった。
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