2-9 土属性は分が悪い

 中庭にいた大型モンスターは長い牙と鼻が特徴的で、表皮は土を固めたようにザラザラとした印象を受ける。


「えやああああああああああっ!!」


 先手必勝と思ったのか、ツデレンは前方に飛び上がって構えた杖を斜めに振るう。杖先から伸びる刃がモンスターの鼻に当たった。


「ンモ?」


 モンスターはひるむどころかビクともしない。鼻で軽くあしらい刃を折る。光の刃は粉々になって消失してしまった。


「何っ……!?」

「ンモスウウゥ!!」


 モンスターは鼻からどす黒いドロドロした物質を噴出した。


「ぐあああああっ!!」


 その圧に押され、ツデレンは後方に飛ばされる。俺は支えようと彼女の後ろに向かった。


「ぬおっ……!!」


 だが黒い物質の勢いに押されてしまい、一緒に壁にたたきつけられた。ツデレンは壁の直撃を免れたが、俺の背中の骨は悲鳴を上げる。


「んじゃこりゃ……泥?」


 全身にまとまりつく粘り気のある物質。恐らく泥の類である。


「最悪……! 何もかも……」


 ツデレンは顔を拭うが泥を落としきれず、汚れたままだった。


「ンモス! ンモス!」


 身だしなみを気にする時間なんてない、泥に気を取られていた隙を狙い、モンスターが突撃してきた。


「おおっと!」


 相手が素早くないため避けられたが、泥で体が重くなり、動きも鈍くなってしまっている。

 逃げるに徹するなら何とかなりそうだが、ここから攻めに転じられそうにない。


「恐らくあいつはモル・マンモスだ」


 事前準備した際には出てこなかった名前のモンスターだ。

 住み着いたモンスターと合わせ、この周辺で出没するモンスターの予習もしておいたけれど、想定外であった。


「アイツの属性は土……分かるな?」


「分かっているよ……魔法が効かないってことだよな」


 モンスターの戦いでは、相性というものが存在する。

 プレイヤー側が攻撃する手段は斬撃・打撃・突撃・魔法の4種類がある。それぞれ得手不得手があり、土属性に関しては突撃以外ではダメージを通りにくい。


 この耐性の多さから、土属性は鎧属性という異名も持っている。


「クッソ……パーティ単位での相性補完もできてないとなぁ……」


 土属性モンスターの倒し方は、突撃攻撃の他に属性攻撃という手段がある。水や光の攻撃には弱いので、ちゃんと弱点を付けたら勝つのは容易だ。

 しかし現在の俺たちは属性攻撃を一切使えない。魔法に耐性があるモンスターへの対策なんて一切なかった。


「ンモス! ンモス!」


 再びマンモスの攻撃が始まった。長い鼻を振るって俺たちをはたこうとする。壁や地面に鼻が当たるたび、ドスンと鈍い音が響く。


「でも、攻撃が通りづらいってだけで、全く通らないわけじゃないんだよな」


「理論上はそうだけど……先にこっちの体力が切れかねない」


「なら……マナダン!」

「ンモオオオッ!」


 せめて防御の薄いところを狙えば……! そう思って目を狙ったが、これも鼻で防がれてしまった。

 これでは魔球を体内に入れてダメージを稼ぐ作戦も通じない。


「それに……長期戦は……」


 ツデレンの息は少し乱れていた。彼女は今高熱を出している。大きな代償を払いながら、モンスターを倒してくれていた。

 いつもならもう少し粘りたいが今回はできない、しちゃいけない。


「……逃げよう!」


 俺はツデレンの手を握る。その手は火傷しそうなほど熱くなっていた。


「ンモスゥ~!」


 マンモスによって、来た時の出入口は既に塞がれてしまっている状態だ。


 しかし中庭と城内部とつなぐ通路はいくつもあるし、城の構造も大雑把には把握している。ちゃんと逃げ道は存在する。俺は一番近い出入口に向かおうとした。


「ぬわっ……!?」


 しまった……! 足が動かない、がんじがらめにされたように縛られている。


 糸だ……スケケ・スパイダーの張ったワナだ。

 正面だけでなく、足元にまで張り巡らされていたとは……!

 用心棒はあくまで俺たちを消耗させるのが目的で、真の目的はワナへの注意を逸らすことだったのかもしれない。


「オオオオオオオオオオンンンッッッッ!!」


 待っていたかのようにサイル・ウルフが叫び、集団で襲ってきた。横から出てきたものもいれば、上から飛び降りるものもいる。


「マナ……ルキ!」


 同じく動きを封じられたツデレンが、紫の刃を発生させる。

 連続使用をした影響か、手や足が既におぼつかず、目も虚ろになっている。このままでは糸を切るより先にウルフのかみつき攻撃が来てしまう。


「うおおおおおおおおおお!! ユチルスゥゥゥ!!」


 俺はツデレンの回復を優先した。彼女の手足の震えは収まり、瞳に光を取り戻す。


「えやっ……! はぁ!」


 元気になったツデレンは刃を振るった。体をよじるように切り裂き、糸を断ち切っていく。


「マナダン! マナダン! マナダン!」


 ツデレンが向けている意識はあくまで糸のみ。迫る敵を倒すのは俺の役目だ。


「だあああああ!! っあぁ!!」


 しかし、全てをせん滅はできなかった。四方八方から来る敵に、ただの魔球では限界がある。


 腰に深くかみつかれ、内臓まで牙が侵食する。ズキズキと痛む傷口を見ると、ウルフと目が合う。血に飢えたような目をしていた。

 追い打ちをかけるかのように、他のウルフが足や腕にかみついていく。


「シジューコ!」


 俺をかんだウルフたちは、ツデレンがすぐさま切り裂いて処理してくれた。

 けれどもう体は動かない。全身から血が吹き荒れ、逃げる力は残っていない。


 ダメだ、逃げられない……。クソぉ……!


「ククラルス!! グゲンフルス!!」


 死を覚悟しかけた時、ツデレンの叫び声が聞こえた。ピタり、とモンスターたちの動きが止まる。グゲンフルスの呪文によって、俺の体も元に戻った。


「今のうち……逃げるぞ……」


 ツデレンの瞳は、また光が消えていた。



 ***



 なんとか敵の縄張りの外まで逃げられた。ククラルスというのは相手の視界を奪う呪文らしい。


「はぁ……はぁ……」


 回復した直後だが、既にツデレンは衰弱している。大木があったので彼女をそこに寝かせた。


「ユチルス!」


 高熱はあくまでマナルキの代償、どちらかといえば呪いの類のため、ユチルスでは一時的な回復にしかならなかったのかもしれない。それでも、このままだと死にかねない。


「なんとか逃げられた……。でも……もう無理」


 衰弱が激しく、回復が全然追いついていない。


「今日のところは撤退しよう。命がなきゃ討伐もできないし……」


 バルイラの言葉――自分の命すら守れないヒーラーなんて無価値だからな――が胸に刺さる。


「とにかく街まで戻ろう。肩貸す? それともおぶる?」


「どっちも大丈夫。それより耳……塞いでほしい」


「え? 何で?」


 ツデレンの意図が全くつかめなかった。


「はや……!」


 プゥ……。


「ああ……! バカぁ……!」


 下腹部付近から音が聞こえるとともに、ツデレンは顔を赤らめた。熱で火照っているわけではなく、顔を力ませて照れている。


 ププッ! ブッ! ブブブッ!!


 音はどんどん大きく、そして激しくなっていく。ツデレンは涙目になって両手で顔を隠した。


「これが……ククラルスの代償なのぉ……!」


 半泣きになりながらも、ツデレンは下腹部付近から出る音の存在を説明する。耳はさらに真っ赤なっている。


 なんと言うのが正解なのだろうか。張りつめていた緊張すら切れてしまった。


「でっ……でも臭いはしないよ! 安心しろ!」

「そういう問題じゃない! バッ……くうぅ……!」


 ブー! ブーブー! ブチチッ……ブゥ!


 容赦なく、少女からは到底出そうにない音が放出される。ここまで辱めに特化した代償というのは、他の呪文とは別次元の使いづらさだ。


 それにしても、ツデレンの呪文は代償があるせいでどうも使いづらい。回復はダメージを受けやすくなるし、マナルキは高熱が出て長期戦ができない、ククラルスも戦闘中にこんなに音が出たら不利極まりない。


「……ん?」


 俺はひらめいた。頭に電撃が走り、全身が軽くなった気がした。


「そうか……! 勝てる、勝てるかも!」


 これまで真っ暗で見えなかった勝ち筋が、一瞬で浮かび上がった。

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