2-8 初めての依頼引き受け

 ルマトとカタユをつなぐ街、マヤバ。

 その広さから多くの街と隣接していて、日中働く時だけ周囲の街からマヤバに来る生活をしている者も多い。


 しかし、今俺たちが向かっているのはマヤバの奥地、地図でいうと端のほうにある古城だ。


 建築物が密集した街の中心とはガラリと雰囲気が変わる。古城までの道のりは、舗装すらほとんどされていない、大自然を感じさせるものだった。

 とても同じ街とは思えない。


 何故こんなところにいるのか。それは、ギルドの討伐依頼を引き受けたからである。



 ***



 時は少しさかのぼる。


 マヤバに着いた俺たちは、いつも通り真っ先にギルドへ向かった。他の街に出向く人が多いのか、街の人口の割にプレイヤーは少ない。


「あー、とーばつ、これが残っとるー」


 受付嬢は老婆だった。俺たちがプレイヤーだと分かると、手をプルプルとさせて討伐依頼内容を記した文書を渡す。


「え? いいの?」


 ツデレンは眉をひそめて聞き返す。あまりにも早く依頼が決まったため、疑っているだろう。


「あー? プレイヤーだろアンタら? えーだろ」


「な? こう言ってんだし……サクっとやっちまおう!」


 この機会を逃したら二度と討伐依頼なんて引き受けられないかもしれない。一度実績を作ってしまえばこの先も通りやすくなるはずだ。


 多少怪しくても、ここで断る理由なんてなかった。



 ***



 依頼された内容は、廃城に住み着いたモンスターたちを退治してほしいというものだった。

 廃城はひと気のない森の奥に建てられたものだが、いつの日か使われなくなり、現在に至っている。

 ひと気がないといっても、廃城好きや山菜採りを目的とした人の往来はある。

 被害者は着実に増えていて、モンスターの活動範囲も廃城から徐々に広げているということで、被害者の家族から依頼が出たとのこと。


「いい? 今回は野良での戦いと訳が違うんだから、絶対慎重に行かなきゃダメだから」


 先導を立つのはツデレンだ。本当は俺が先に行きたかったが、経験の差があるので強くは言えない。


「分かったって、俺だってそんなバカじゃない」


 前回、考えなしに突っ込んで痛い目に遭ったのだから、二度も同じヘマはしない。


「本当? 全然信じられ……なぁっ!」


 よそ見をしながら歩いていたツデレンが突然動きを止めた。


「チッ……! 引っかかった!」


 ツデレンの目つきが鋭くなった。一見、何の変哲もない場所だったが、見る角度を変えると細い線のようなものが反射して見える。


 糸だ。粘着性のある透明な糸でワナを張っていたのだ。


「オオオオオオオオオオンンンッッッッ!!」


 そんな俺たちの様子を待っていたかのように、奥から四足歩行のモンスターが、口を空に向けて遠吠えをする。頭部についている耳をヒクヒクと立たせ、真っ黒な瞳をこちらに向けていた。


「マナルキ!」

「マナダン!」


 もちろん、このことは事前に知っていた。


 ツデレンは杖から出た光を振り、糸を断つ。俺は遠吠えをしたモンスターに魔球を放ち、セッカケラへと変える。


「ふぅ……危ない危ない。もう彼らの縄張りに入っていたみたいね」


 この廃城には、2種類のモンスターがいるらしい。


 1種類目はスケケ・スパイダー、体が半透明の8本足のモンスターで、透明な糸を張って相手の身動きを封じるのが得意だ。

 もう1種類はサイル・ウルフ、鳴き声によって仲間同士の伝達を迅速に行うことに特化しているモンスターだ。


 どちらも攻撃面は大したことないが、2種類が組むことにより、身動きが取れない相手を一気に襲う戦法が確立されているという。


「……ところで思いっきり呼ばれちゃったけど、仲間とか来ない?」


「いや、サイル・ウルフは基本弱い相手しか狙わないわ。獲物がかかったと思って来たのに万全な私たちを見たらむしろ逃げるはず」


 ツデレンの言う通り、セッカケラになる前に遠吠えをしたはずなのに、追手はやってこない。


 スィギルムカードでセッカケラを回収した後、俺たちはさらに先に進んだ。



 ***



 廃城に近づけば近づくほどワナは増えていった。魔力で作られた刃で除去しながら進み、ついに主戦場に到着する。


「中に入ったらモンスターも本気で襲ってくるはずだから……作戦忘れてないでしょうね?」


「ああ、ちゃんと覚えているよ」


 無策で突っ込めるほど俺たちは強くない。実力不足は準備と工夫で補うしかなかった。


「ガイナ・マナルキ!!」


 ツデレンの杖から伸びる刀身が3倍近い長さになった。バランスを取るのも難しいのか、杖の付け根と先っぽをそれぞれの手で持ち、真剣な目つきで構える。


「大丈夫か? いきなりそんな呪文使って」


 ツデレンの呪文には代償がつく。

 代償は呪文によって異なっていて、グゲンフルスなら回復した者に受けるダメージが増える状態の付与、マナルキなら自身の体が高熱状態になる。

 マナルキの発展形であるガイナ・マナルキでは、高熱の代償が大きくなるらしい。


「熱はもう慣れたから。代償なんてないも同然」


 顔に赤みがかかっている。いくら平気と言われても、症状が見た目に出ていたら心配だ。


「本当に心配ならさっさと終わらせなさい!」

「おう!」


 ツデレンを納得させつつ彼女の負担を軽減させるには、戦いを長引かせないことだ。



 ***



 今回の作戦は中近距離をツデレン、遠距離をシジューコが着実に撃破するというものだった。


「うおおおおおおおおおお!!」


 ツデレンが刃を振り回し、城の入り口にいるスパイダーとウルフを一掃する。少し当たるだけでもモンスターはセッカケラに変わって崩れ落ちる。長さだけでなく与えるダメージも大きくなっているようだった。


「マナダン! マナダン! マナダン、マナダン!」


 刃の攻撃範囲にいない、特に上や横にいるモンスターたちが俺の担当だ。幸い、ウルフもスパイダーも耐久が高いモンスターではない。遠方であっても勢いよく振れば、魔球1つでセッカケラに変えられる。


 この陣形を維持することで、こちらの安全性を維持したまま、討伐を行える。スパイダーもウルフも対面での戦いは苦手のため、しつこく攻めてくることはない。


「数は多いけど、割となんとかなりそうだな」


 モンスターたちは城の奥に逃げていった。相手から来ないなら自分たちで進度を決められるので、より好都合だ。


 初めての依頼引き受けだったが、この調子なら問題はなさそうである。


「だから油断禁物だって言ったでしょ。逃げたといっても城の奥。普通は城の外に逃げるべきなのに」


 ツデレンに指摘されて、自分の顔がニヤけていることに気づいた。


「確かに……ということは、なんかいるんだな?」


 まだ気は抜けない。情報がないだけで、強力なモンスターが潜んでいる可能性は十分にある。


「そう、多分、親玉……というより用心棒みたいなのがね」


「よしっ! じゃあ行こっか」


 恐る恐る、俺たちは廃城の奥へ進んだ。



 ***



 進んだ先は中庭だ。植物などは既に枯れていて、ただの寂れた空間となっている。


「いた……」


 モンスターだ。スパイダーでもウルフでもない、見上げなければいけないほど大きな体で、長い鼻と牙が特徴的である。

 表面に毛のようなものは見当たらない、固めた土で覆われたようだった。


「ンモオオオオオスッ!!」


 スパイダーやウルフはヒビの入った柱などの影に隠れ、こちらの隙をじっと見ている。


「どうやら本当に……用心棒なのかもしれないな」


 手に汗がにじむ、心拍数が急上昇し、体が熱くなる。


 このモンスターが今回の討伐における最大の敵になるだろう……。


 それが肌で感じ取れるほどの圧が、そのモンスターにはあった。

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