2-7 タンクパーティ
タンクとはモンスターの注意を自身に向ける役割のことで、パーティの仲間が攻撃を受けないようにするのが仕事だ。これによって仲間は安全に攻撃ができる。
それはもちろん過去の話。攻撃役が不自由なく相手を無双できる今では、ヒーラーほどではないが不必要な役割として扱われている。
「オーコトー、タンク。タンクやってる」
ヒーラーと思われた大男はタンクだった。体の大きさを活かし、実践では鎧を着て仲間のために攻撃を耐えているのだろう。
「残念、ヒーラーじゃなかったね」
それ見たことか、と私は目でシジューコに訴えた。世の中なんでもかんでも思い通りにいくなら、苦労なんて言葉は生まれない。
「ま、そこまで都合良くはいかないか……」
眉を落としたシジューコは少しだけはにかむが、めげてはいないようだ。
「オマエたち、オーコトーに何の用だ?」
「あ、すみません……。俺たちヒーラー仲間を探していて、もしかしたらと思って話しかけちゃいました。オーコトーさんはどうやって仲間見つけたんですか?」
初対面の相手だろうと、お構いなしにぐいぐいと話を進ませる。質問への回答と逆質問を間髪入れずに行い、オーコトーを逃さないようにしている。
「オーコトー、リダーに誘われた。リダー、タンクだけでパーティ組む。オーコトー、タンク。だから誘われた」
一瞬、頭が真っ白になった。ウソかと思ったし、まだ信じられない。
「マ、マジっすか……!」
シジューコも目が飛び出しそうになるほど驚いている。それもそうだろう、こんな馬鹿げたことを他にもやっている人を見つけたのだから。同じパーティでなくても、仲間意識が芽生えたのかもしれない。
「もしかして、オーコトーさんのパーティにバルイラって人いませんか?」
と思ったが、シジューコは少し違う感情らしい。聞いたこともない名前だ。
「いる。バルイラ、オーコトーの仲間」
オーコトーはゆっくりとうなずく。
「ほ、ほんとですか……!」
シジューコは陽が昇ったかのように顔が明るくなった。
「ちょっと、誰なのバルイラって。タンク縛りのパーティも何か知っているみたいだけど」
話についていけない、このままでは置いてきぼりだ。シジューコの服を軽く引っ張り、彼の注意を自分に向けた。
「あ、バルイラは俺の幼馴染……で、そのタンク縛りのパーティってのがちゃんと実績残していて……俺たちより全然上の存在なんだ」
なるほど。知り合いも似たようなことを行っていて、そっちは軌道に乗っているというわけか。
「バルイラ、呼べば来る」
別に会いたいとは思っていない。ただシジューコとの関係を知りたかっただけだ。
「トヒブオヨ」
私たちの返事を待たずにオーコトーは呪文を唱え、杖を地面に突いた。先端についていて鈴の音が、耳の奥にまで響く。
すると突風が吹き荒れ、上空から1人の青年が地上に降り立った。青年は片膝を立てて着地する。
黒い短髪に身なりの良い迷彩柄のボタンが2列になったスーツ。腰には剣を添えていて、プレイヤーであることは一目瞭然だ。
「どうしたんスか? オーコトー先輩」
青年は頭をポリポリとかいて、オーコトーのほうを見た。こいつがシジューコの幼馴染、バルイラというヤツらしい。
「オーコトー、バルイラの友達と会った。だから呼んだ」
「そんな理由っスか? って……、シジューコか! お前オーコトー先輩になんちゅう頼みを!」
シジューコと目が合ったバルイラは、真剣な顔立ちを崩し、ぎょっと顔をゆがませた。
「いや、頼んだわけじゃないよ! ただ聞いただけで親切にしてくれたんだよ」
目線がシジューコのほうに移動する。見下すような表情に対し、シジューコは両手を振って違うと主張する。
「で、一体何の用なんだ……」
今度は私のほうをチラりと見た。するとバルイラは真顔になり、目が虚ろに変わった。
「まさか……恋人の自慢をしに来たのか……!」
額に血管を浮かばせ、バルイラはシジューコをにらむ。歯をギリギリときしませ、噴き出る感情をむき出しにしていた。
「はっ……はぁ!? なんで私はコイツなんかと……!」
心外である。男女一組というだけでそんな目で見られてしまうとは……。
後先考えないこんなバカに惚れる要素なんて1つもない。よっぽど物好きで相当なバカでもない限り、コイツに惚れるヤツなんているわけない。
「違う違う! 全然違うから! そもそもバルイラを呼ぶ気自体なかったし!」
シジューコもほほを赤らめて強く否定した。気があるのは困るが、無いと断言されるのも何かムカつく。
「で、誰なんだ? 恋人じゃなきゃ誰なんだよ」
まだ疑っているらしく、私の目をじっと見つめてくる。気持ちが悪いので私はそっぽを向いた。
「仲間だよ仲間。俺も、バルイラのパーティに倣ってヒーラー縛りしてんの! 今はやっと1人を見つけた段階だけど……そのうちすっごいパーティになる予定だから!」
似たようなことをしている……というよりはシジューコがただ便乗しただけらしい。心なしか、幼馴染なのに憧れの感情を持っているように見える。
「女を侍らせて2人旅か……さぞかし楽しんでんだな……」
まだ言うか……女への拘りには病的なものを感じる。
「なんだよその言い方は」
「……はっきり言おう。無理だ。ヒーラー縛りなんて回りくどいだけ」
深呼吸をしたバルイラは、憎たらしく口角を上げた。
「いいか? 俺たちパーティは全員モンスターの行動を誘導できる。それが戦闘の効率を上げることにつなげられた。だが回復はどうだ? 何をどう効率につなげる気だ?」
人差し指を伸ばし、シジューコの鼻をぐいぐいとつつく。後ずさりするシジューコに合わせてバルイラも前へ進み、距離は保たれていた。
「でも、でもヒーラーにしかできないことだって沢山ある! いらない役割じゃないってことを証明したいんだ! お前のパーティみたいにさ……」
シジューコは鼻先にあるバルイラの指を、自身の人差し指と中指で挟んでどかした。眼差しは真剣だったが、唇は少し震えていた。
「フンッ、くだらないな。せいぜい命は落とすなよ。自分の命すら守れないヒーラーなんて無価値だからな」
バルイラは素早く腕を引き、挟まれた指を抜く。一瞬だけまた私をチラっと見て、頭をポリポリとかく。
「オーコトー先輩、もう戻りますッスから。イゴス・ゼカルデ!」
呪文と共にバルイラを起点として突風が吹く。顔に当たった風を腕で守っていた間に、彼は空を浮き去っていった。
「オーコトー、討伐行く。バルイラ、ただの嫉妬。オマエたち、頑張れ」
オーコトーも杖先の鈴を鳴らしながら、徒歩で去っていった。
「…………」
残されたシジューコは、ポツンと立ったまま動かない。
下を向いたまま黙り込んでいる。バルイラの言葉が刺さっているのか、シジューコにしては珍しく暗い顔だ。
「早く行くよ、この町にもう用はないんだし」
仕方がないので、私はシジューコの手を取って引っ張った。最初は足をよろつかせたが、すぐに足並みをそろえてきた。
シジューコの旅が馬鹿げているのは事実だ。これは否定できない。
けれど、そんなバカだからこそ、支えなくてはいけないという気持ちが芽生えてしまったのかもしれない。
何より、彼自身が私をヒーラーとして評価し、感謝までしてくれた。
シジューコが私のヒーラー魂に火をつけたのも事実である。完全に消えていたものを復活してくれた。
これは誰も否定できない。否定させない。
ルマトの次にある町はマヤバ、そこを越えたらカタユ。目的地は近い、最低でもそこまでは私も一緒に旅をしたい。
私は無言で歩き続けた。
「ありがと」
シジューコが礼を言う。何に対してなのか分からなかったが、そこに言及はせず、私はただ手をより強く握った。
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