2-6 朝の災難
昨日ずっと歩いていたせいか、私は寝具で横になると、すぐに眠りにつけた。
窓から朝の日差しが差し込む。背中から光を感じ取って目覚める。
「ん、んん……」
目をうっすらと開ける。すると一面に白の肌着。何かがおかしい。
「んあっ……!?」
少し上を向くと、瞳に映ったのはシジューコだった。寝顔が視界のほとんどを占める。白い髪は乱れ、かすかに吐息の音が聞こえる。
最初は夢かと思ったが、どんどん視界や手の感覚、人肌の熱が正確になるにつれて、現実だと認識した。
「ま、ままま……」
マズい……! どうやら寝ている間に、シジューコの隣まで来てしまったようだ。
体と体が触れ合い、私が完全にシジューコに抱きしめている状態だった。
しかも寝ている間にこの体勢になってしまったので、何も身に着けていない。生まれたままの姿だ。
普段、ぬいぐるみを抱いて寝ていた癖が、こんな形で災難につながってしまうとは……。
「…………」
右脚はツタのように巻き付き、左腕はシジューコの腋の下を通って背中まで伸び、乳房は圧迫されて平べったく形を変えている。
この状況でシジューコを起こすわけにはいかない。寝込みを襲ったと思われても仕方がない。
間違って襲ったりとかしないでよね――などと言ったのにも関わらず、自分のほうから襲ったなんて絶対にあってはならないことだ。
「ふうぅ……」
とにかくこの場を離れなくては……。
体が非常に密接している。下手に動くとすぐにシジューコは起きてしまうだろう。
ああ、私はどうしてこんなことを……。羞恥心と恐怖で心臓が爆発しそうだった。
焦れば焦るほど体から汗がにじむ。彼の衣服がねっとりとくっつき、余計離れづらくなってしまう。
緊張を維持したまま、まずは脚をどけることにした。急がずにゆっくりと、脚を上げる。
「んんっ……!」
シジューコが渋い顔をした。背筋に悪寒が走った。
バレたら終わる、バレたら終わる……!
息を止め、脚を止め、一切の音を殺す。
今できることは起きないのを願うのみ。シジューコの瞳をただただ見つめ、開かないことを祈り続けた。
「……すぅ」
幸い、シジューコはまだ起きなかった。一時の余裕が心に生まれる。
続いては腕だ。右はともかく、左腕は特に慎重に抜かなくてはいけない。シジューコの下敷きとなり、熱を感じる。
引き抜くにも力を入れる必要があるが、あまりに強いとその勢いで起こしてしまう。
起きませんように……起きませんように……。
呼吸音で起こさないよう右手は口元に添え、慎重に腕を抜いていく。
そしてついに、腕が完全にシジューコから離れた。
「ほぉっ……!」
後は寝具に戻って、何事もなかったように二度寝するだけ……安心して私は立ち上がろうとした。
その時だった。長時間左脚を下にしていた関係か、脚はすっかりしびれていた。思い通りに動かせず、体勢を崩してしまった。
「どわわぁっ……!」
「うぎゃあっ!!」
ドシン、という大きな音とともに、シジューコの上に倒れてしまった。
「ううぐ……、なんだ……よおおっっ!?」
急いで起き上がったが、遅かった。むしろ、そのままのほうがマシだったかもしれない。
状況を理解していないらしく、シジューコは目を見開いてきょとんとしていた。
目線の先は胸元……何も身に着けていない、白桃色をした先端まではっきりと見られてしまった。
「ご、ごめんなさぁ~い!!!」
とっさに顔を隠し、私は腹の底から叫んだ。
***
その後いろいろあったが事は収まり、朝食を近くの店にあった汁物で済ませることにした。
「シジューコって、服1着しかないの?」
無言だとまだ気まずいので、朝の出来事とは関係ない話題を振った。
シジューコの服は昨日と同じ、頭巾のない少しくすんだ白いローブだ。戦闘用の服は風に当てるだけで清潔を保てるようになっているが、ちゃんと洗濯をしないとみすぼらしい。
「うん。別によくないか?」
「よくない。服によって耐性とか、俊敏性とか変わるんだから。万が一破れた時を考えたら2か3は持たないと」
かく言う私もプレイヤー用の服は2着しかない。バサカで光る石を採取する際に使う電気耐性のあるコートと、昔使っていたワンピースしかない。
「特に私たち、穴だらけのパーティじゃない? だからなおさら服の使い分けとかも考えなきゃいけないし」
改めて考えても穴だらけだ。役割は被っているし、武器も衣服も最適化されていないし、実力もまだまだ。ギルドで断られたのも無理はない。
「そ~だな~。でもどうすりゃいいんだろう。お金無いから武器も服も今ので手一杯だし……やっぱり仲間が」
私たちのパーティは、あるものを探す方が難しいかもしれない。何もかも補強の必要がある。早くカタユまで移動したい気分だ。
「といっても、その仲間がお金以上に難しいからね。わざわざこんな弱小に入るヒーラーなんて、相当の物好きでしょう?」
「それはそうだが……目の前に物好きがいるからさ、つい期待しちゃうんだ」
物好き――そう言われても反論はできない。普通の思考をしていたらこんな旅に参加はしない。
「あれ? なぁなぁ!」
突然だった。シジューコは持っていたカップを机に置き、店の外を指差した。荒々しく置いたせいで汁が少しこぼれてしまった。
「あれ、ヒーラーじゃないか?」
振り返ると、全身を真っ黒な布で覆った男が杖を突きながら歩いていた。ただでさえ周りより頭2つほど図体が大きい上、先端のとがった帽子まで被っている。とにかく目立ち、見失うことはなかった。
「そうね。見えなくはない」
外見だけでヒーラーと判断するには早計である。魔術師にも回復以外を得意とするものがいる。私だって本当は回復に向いていない。
「じゃあ話しかけよう! 経験豊富なヒーラーがいたら一気に強くなるし!」
鼻の穴を大きく広げたシジューコは勢いよく立ち上がった。
「あんな熟練感ある人、絶対私たち見向きもしないでしょ」
楽観的な思考はもう治せないのだろうか。何故そこまで世の中が自分中心に回っていると思えるのか。
コイツは筋金入りのバカだ。
「そんなのやってみなきゃ分かんねえし、あの人を経由して仲間を見つけられるかもしれないだろ?」
そんな都合のいい事、早々ない。なんという能天気な男……。
シジューコはそのまま走って大男を追いかけたので、仕方なく私も付いていった。
***
大男は特に目的がないようで、建物をいろいろと見回りながら、ゆっくりと歩いていた。
すぐに追いついたシジューコは、目を輝かせながら大男に声をかけた。
「すみませ~ん! あの! あなたヒーラーですか?」
直球の質問をシジューコは投げかけた。
「オーコトー、違う。ヒーラーじゃない」
拙い話し方の大男。オーコトー、という名前らしい。自分の名を一人称に使う、珍しい人間である。
「オーコトー、タンク。タンクやってる」
タンク、それはモンスターとの戦闘における役割の1つである。
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