2-5 2人でひと部屋、そこで一夜
洞窟を超えた先にある町、ルマト。
これまでの町より建物同士の密度は高くなり、複数階建ての建築物の数も多くなっている。
心なしか町を通行する人々の数も増えていて、軽車両で移動する人もしばしば見られる。
確実に都心に近づいていることが、身に染みて感じられた。
「回復魔導士2人だけ? それはちょっと……」
だが、俺たちの扱いは変わらなかった。
***
ルマトでもギルドでの依頼引き受けは却下され、ヒーラーも見つからない。相変わらず進展のないまま、日が暮れてしまった。
近くの料理屋に寄って、俺たちは腹ごしらえをする。腕1本に匹敵する大きなパンが売りらしく、2人分頼んだ。
「はあぁ~、結構大変なことしていたのね、アンタ」
焼きたてのパンを食べながらツデレンは頬づえをつく。
「そうだなぁ……。今日は本当になさそうだし……」
これまで通った町は偶然が重なってモンスターと戦う機会があったが、そんなことが何回も続くわけがない。この町での討伐は諦めたほうが良いかもしれない。
「で、アンタどーする気? もしかして何も考えず行き当たりばったりで動いてんの?」
疑いをかけるように、ツデレンはじっと目を細める。
「そんなことない! ちゃんとカタユを目指してんだから! そこで仲間とか、装備とかしっかり整えて……。でもその途中で仲間が見つかるかもしれないからちょくちょくギルドとかに顔出して……」
「行き当たりばったりじゃん」
一刀両断されてしまった。軽蔑するような、見下すような視線が痛く突き刺さる。
結局仲間も運よくツデレンが加わってくれただけで、ギルドも無駄足に終わっている。
あぁ、完全に行き当たりばったりだ……。
「まぁ、カタユに目指すことには賛成。今日はもう寝床を探しましょ」
パンを食べきったツデレンは手をはたき、席にあった紙で指を拭く。
「あ、そうだな。この辺になると森までも遠くなるし」
俺も最後の一口を飲み込んだ。
「森? 探すのは宿屋でしょ?」
ツデレンはしかめっ面をしながら首をかしげる。
「えぇ? 宿屋なんて使わないよ。森はいいぞ、夜は静かで人もいないし」
「の、野宿していたの!? 信じられない! きったない!」
ドンッ、と机を強くたたく音が店中に響く。その大きさに、周りの客が驚かないはずもない。
俺たちが見られているのに気づき、ツデレンはこぢんまりと肩をすぼめる。
「……ちゃんと、服は干しているし水浴びもできたらしている。どっちにしろ俺たちに泊まるお金なんてないよ。高い高い」
食事にはどうしてもお金がかかるし、生きるためには必須だ。安定した収入が得られないうちに、宿に泊まるといった贅沢はできない。
「お金って……そんなの後払いにすればいいでしょ。それとも今後一生討伐しないつもり?」
声量を落としたツデレンは、顔を前に寄せて俺との距離を縮める。
「あ、後払い?」
「アンタ本当に初心者ね……。ギルド手帳見せれば後払いできるの」
ツデレンは懐に入っていたギルド手帳を取り出した。
ギルド手帳とは、ギルドを初めて利用した際に発行される手帳である。
討伐やセッカケラ換金の履歴を残すだけのものだと思っていたが、そんなお得な機能も備わっていたとは……。
「し、知らなかった……」
そんなこと、誰も教えてくれなかった……。
「で、でも、後払いってことはいずれ払うんだろ?」
「そりゃ、後払いにした分をちゃんと払わらないとまた使えないけど。そうしたら私の貯金を崩すだけだし、それまでに討伐できないならもう旅自体を諦めるべきでしょ」
またも鋭いところを突かれる。収入がそこまでないとなると、お金ではなく旅自体に問題があるかもしれない。
俺はツデレンの言う通りにしようと決めた。
***
よっぽどの田舎でない限り、1つの町に最低1つは宿屋がある。ルマトにも近代的な外装をした、立派な宿屋が君臨していた。
「小部屋2つ、1泊で」
ツデレンは慣れた手つきでギルド手帳を出す。この宿屋では部屋が大部屋、中部屋、小部屋の3段階に分かれていて、部屋の広さや設備に違いがあるらしい。
もちろん俺たちが泊まるのは最も簡素な部屋である。
「申し訳ございません。現在小部屋が1つしか空いていなくて……。中部屋以上ならあるのですが……」
案内人は眉を落として頭を下げた。
「え、えぇ……。むううぅ……」
ツデレンは料金表をじっとにらむ。夜になってからの宿屋探しは遅かったのかもしれない。
「うわっ、中部屋ってこんな高いのか……」
のぞいてみると、小部屋が1泊4000エソなのに対し中部屋は9000エソ、倍以上の金額である。
前回の討伐ですら20000エソ未満だというのに、ここで13000エソも消費なんてあり得ない、確実に予算を超えている。
俺とツデレンのギルド手帳で2泊分はツケにできる。それを次の討伐で補えるようにしたい。そのためにはもっと安く抑える必要がある。
「あ、そうだ。小部屋って2人でも大丈夫ですか?」
「はい、もちろんです。料金も変わりません」
良かった……。これならたった4000エソで済み、9000エソもお金が浮いた。節約できたことで、火がついたように胸が熱くなった。
「はあぁ!? アンタ何考えてんの!?」
突き刺すような視線が体を冷やすが、ここは譲れない。
「2人ならそっちのほうがお得だろ? それでお願いします」
「ちょおおっ!! バカバカバカ!」
ポカポカと肩をたたくツデレンだったが、痛くもかゆくもない。節約できた金額に比べたら屁でもない。
「承りました。明朝まで自由にお使いください」
案内人は鍵を手際よく俺に渡した。
***
簡素な小部屋と説明を受けたが、十分すぎるほどきれいな部屋だった。木と石を適材適所に用いた美しい造りに、寝具や衣服を入れるための棚、簡易金庫など、田舎町の一般的過程より設備が良い。
「ほんっとに! なんでアンタなんかと一緒に……」
ツデレンの怒りは絶えない。子供のように不満を顔に出し、手を腰に当てる。
「まぁまぁ、俺は下に寝るからさ」
床は冷たく硬いが、適当に布を敷けば寝られなくはないだろう。
「間違っても襲ったりとかしないでよね、そうなったら死んでも殺すから」
「しないよ! 仲間だろ! んな目で見るか!」
「どうだか……私巨乳だし、変な気起こさなきゃいいけど」
胸元を抑えて目を細めるツデレン。疑いの目を向けたまま、寝具に座る。
「だから起こさないって……」
そんな風で見ていると思われていたのか……実に不服である。
確かにツデレンの顔立ちはそれなりに整っているが、目つきは悪いし子供っぽいし、そういう対象にはならない。
「じゃあとっとと寝ましょ。私眠いし」
ツデレンはスルリ、と当たり前のように衣服を脱ぎ始めた。まずは上着、続いて肌着とスカート、さらにはその下まで脱ごうとしている。
「あ、あ、あ……」
言葉が出ない。開いた口は閉じることなく空気が出入りする。
「なっ……ああー! やっぱり!!」
ツデレンは再び胸元を隠す。今度は上半身に何も身に着けていない、谷間が艶めかしく強調される。
「ぬ、脱ぐなよ!」
俺は素早く目を背けた。一瞬しか見ていない、でもその姿が目に焼き付く。
「はぁ? 寝るときは裸が普通でしょ。だから言ったのよ、変な気起こすんじゃないかって……」
ほほを真っ赤に染めて、ツデレンは目を強く閉じる。不機嫌であることがひしひしと伝わる。
「う、うぅ……! でも俺は絶対変な気起こさないからな!」
こんな狭い空間で裸……いくらツデレンでも流石に意識してしまう。
だからと言って前言を撤回するわけにはいかない。何度も深呼吸をして、俺は心拍数の高まりを必死で抑えた。
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