2-2 洞窟を突破せよ
この町に来てからいい事が1つも起きていない。
ギルドには討伐依頼すらなく、仲間集めのために入った喫茶店は追い出され、その後別の店に行ったものの成果なし。
ここは、俺と根本的にソリが合わないのかもしれない。
***
再び日が昇り、俺は早々に町を出ることにした。
地図によると、川の流れに逆らって歩いた先に山があり、そこを越えたら次の町だ。ちゃんと道ができているため、迷うこともない。
カチバでもらった野菜はもう食べきってしまったので、ちょくちょく食べ物を買い漁りながら、順調に進んでいった。
「うげっ……」
だが超えるべき山を見た途端、俺の足が石のように固まってしまった。
「デカい……」
あまりにも大きすぎる。地図だとカチバからバサカの丘と大差ない大きさだが、実際は雲泥の差だ。
丘ですら1日はかかったというのに……。しかも険しく木々が生い茂っている。これでは道に迷って二度と出てこられないかもしれない。
「どうすりゃいいんだ」
ここを無計画に登るのは無謀な気がしていた。平地を通る道のりもあるが、カチバまで戻らなくてはいけない、かなりの遠回りだ。
やはり、どうにかしてここを突破しなくてはいけない。
「あの! ちょっといいですか?」
現地の人間ならこの山にも詳しいだろう。何か良い情報が得られることを期待して、たまたま歩いていた老人に声をかけた。
「はいはい。どーしました?」
腰を深く折り曲げた老人は、手を耳に当てた。
「俺、この山の先にあるルマトって町に行きたいのですが、山を登る正しい道のりとか知っていますか?」
「あー、ないよそんなの」
「え?」
「急こう配で足場も岩で不安定だからね、人間が登るもんじゃないよ」
「は、はぁ……」
「あっちに行くにはね、洞窟を使えばいいの。みんなキラキラの石掘っていたらあっちとこっちがつながったんだってね」
「そんなことが……! ありがとうございます!」
良かった、遠回りをせずに進める道はちゃんと存在していた。うれしくて、手に汗がじわっと出てきた。
長く生きているだけのことはある。俺は老人に深く頭を下げた。
***
洞窟内にもかかわらず、中は明るかった。青白い光に包まれて、妙に神聖な空間に感じられた。
天井までの高さは背丈の2倍程度しかない。横には広いが、縦が狭い。
外の光が入っているわけではなく洞窟自身が輝いている。老人の言っていたキラキラした石、それのより細かくなって洞窟全体に交じっているものと思われる。
石が目的の人は、この洞窟をさらに掘って大きな塊を見つけるのか。
明かりがあることはありがたいが、石自体に興味はない。無心で洞窟を進んだ。
道の流れも分かりやすい。
入り口からつながっている太い道があり、そこから細い脇道が何個も伸びている。早朝にも関わらず、脇道からは金属で岩を削っている音が聞こえる。
石の発掘職人たちも迷子にならないよう、この太い道を目印とできるように掘り進めたのだろう。
よそ見をしながら小走りを続けていると、何者かとぶつかってしまった。
「あっ! ごめんなさい!」
「いった! 何、どこに目つけてんの?」
俺より一回り小さく、とげとげしい口調でよく通る声――つい最近、聞いた覚えがある。
「おっ……お前は!?」
ツデレンだった。手にカゴを持ちながら、またも俺をにらむ。
「アンタ……昨日の! なんでこんなところいるの! ありえない! 出てけ!」
目が合った途端、中身のないカゴを思いっきり振って、俺の腰をたたいた。
「はあぁ!? こっちはお前の言われた通り出ていこうとしてここに来てんだよ! お前の方こそ」
相手が喧嘩腰ならこっちだってそれに乗ってやる。なんでもかんでもケチを付けられて、黙ってはいられない。
「石が欲しかったからだけど? 何? 文句あるの?」
「ああ、あるよ、ありまくりだね! 文句ないと思っていたのか? ……って、お前!」
俺はツデレンの装備に目が行った。
「杖持ってんじゃん! それにその格好……ヒーラーはやめたんじゃないのか?」
ツデレンの姿はプレイヤーそのものであった。
一対の角のように先端が分かれた紫の杖を腰に添え、丈は短いが分厚く胴体を保護する上着。上着には深緑の下地に曲線的な金の模様が施されている。
「これは護身用、プレイヤーじゃない。早とちりするなバカ!」
ツデレンはさらに顔をムっとさせる。
「護身用て……どんなモンスターが出るんだ?」
並以下のモンスターなら装備なんてなくても追い払うぐらいはできる。ヒーラー引退をしたというツデレンがわざわざこんな装備をするなんて、そこそこの強さのモンスターでもいるのだろうか。
「カナミ・リザードってモンスター。知ってる? 結構厄介だから気を付けなよ」
「ああー、聞いたことあるよ。知ってる知ってる」
聞いたことがある。洞窟を主な生息地とする、ウロコで体を覆っている種類のモンスターだ。たしか、口から電気を放つ攻撃が得意だったはずだ。
「まぁ俺の手にかかれば……」
「ああ……! あ、ああ……!」
突然、ツデレンは顔を急に青白くさせ、震えながら天井のほうを指差した。
「出た……!」
振り向くと、カナミ・リザードが天井に張り付いていた。まるでウワサを聞きつけたかのように、舌を素早くペロペロと出している。
幸い俺たちには気づいていないらしく、のそのそと俺たちのいる場所から離れていった。
「……こっちこい!」
手を震わせながらツデレンは俺の腕を引っ張り、脇道に連れこんだ。岩陰にしゃがみ込んだので、俺も合わせて体を丸めた。
「気づかれなければ敵じゃない。1000数え切る頃にはきっといなくなるはず」
ツデレンはひっそりと顔を出し、リザードの様子を観察する。
「つまり……戦わないってこと?」
明らかな逃げ腰である。強気な性格からは想像も付かない選択で、意外だった。
「そう。依頼も受けてないのに戦う必要なんてないでしょ。戦うのは逃げも隠れもできない場合だけ」
「…………」
俺はツデレンのやり方が納得できず、立ち上がった。それ自体が間違いとは言わないが、俺が取るべき行動、取りたい行動ではない。
「もしかしてアンタ戦う気? 正気じゃない」
「そりゃあ戦うね、俺はプレイヤーだし。危険なモンスターなんだろ? お前以外にもこの洞窟に来ている人はいた。被害が出るまでに倒さなきゃ」
「……死んでも知らないから」
ツデレンは口をとがらせて、か細い声を出した。目は思いつめたように重く、どこを見ているか見当が付けられない。
「私は言ったから。忠告したからね!」
「おう、俺は行くからな。怖いなら隠れとけ!」
***
視界の先に、茶色い肌を天井に密着させながら、のそのそと移動している姿が映った。
リザードはまだ遠くへは移動していなかったようだ。来た道を小走りで戻るだけで、簡単に追いつけた。
まだ被害が出ている様子もない、早いところ退治しなくては……。
「……ふぅ」
風の通りが悪いせいか、少し走るだけで体が熱い。にじみ出た汗が垂れ、ぽたりと地面に落ちる。
その瞬間、リザードがこちらを振り向いた。
先ほどより距離は離れているはずなのに……汗の匂いを感じ取ったとでもいうのだろうか。
「グギャアア!!」
考えている暇もなく、リザードは口から電撃を放つ。その電気は一直線に伸びながらも横方向にも広がる、ちょうどこの洞窟のような軌跡を描いた。
直観で分かる。こいつはヤバい攻撃だ。あんなに威勢よく来たというのに、一瞬で恐怖が上回ってしまうほどの凄みが伝わってくる。
「マナダン!」
それでも俺は勝つ……!
電撃を打ち消すため、俺は魔球を放った。
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