都会を目指そう

2-1 ツンツン看板娘

 丘を越え、次の町『バサカ』までたどり着けた。


 大きな川沿いに町は発展していて、水産物が特産品として知られている。外からここに来る人間はたいてい食べ歩きが目的らしいが、俺は違う。


 俺の目的は2つ。プレイヤーとして名をはせること、そしてヒーラー仲間を探すことだ。

 実績はゆっくり積み重ねていくにしても、仲間はすぐにでも欲しい。


 この町にもモンスターは生息していてギルドも設置してある。当然、プレイヤーも結構な数がいるはずだ。


 今度こそ、一緒に旅ができる仲間に出会えますように。


 俺は目を閉じて両手を合わせ、天に祈った。



 ***



「い、依頼がない……?」


 前の町では実績なしという理由で依頼を断られたが、今回はそれ以前の問題だった。ギルドに人がほぼいない時点で察するべきだったのかもしれない。


「えぇ~、そうなんですよ~。なんかギルドに討伐依頼通す人少ないみたいで~、よくあるんですよ」


 受付嬢もだらしがない。アゴを机に載せたまま、のほほんとした口調で話す。

 寝癖がついていたり、口元によだれの跡があったり、真面目な素振りを見せようとすらしていない。


「私は給与制なんで~、暇でも平気なんです~」


 ギルドの主な収入源はセッカケラだ。討伐依頼の管理は、より効率的にプレイヤーにセッカケラを集めさせるためのエサに過ぎない。

 だからこそ、討伐依頼がなくても問題ないのだろう。


「そ、そうですか……」


「お兄さんは暇ですか~? だったらお姉さんとお茶に行きませんか~?」


 半開きの目で、受付嬢はニヤニヤとしたいやらしい顔つきになった。

 女性からこういった誘いを受けるのは初めてだが、何となく身の危険を感じて寒気がした。


「いやぁ、忙しいんで。プレイヤーはどこに集まっているんですか? 仲間集めとか、依頼受けるのにどっかしらに窓口はあるでしょう?」


「ん~っと~。基本的には、喫茶店とか酒場とかじゃないかぁ~? そこに用があるなら今夜……」

「ありがとうございます!」


 これ以上絡まれないように、俺は駆け足でギルドを出た。



 ***



 ギルドを出た先には飲み屋街があり、まだ昼間だがいくつかのお店は既に営業中の立て看板を出している。


 片っ端から調べていきたいところだが、何も注文せずに店内に入るのは気が引けるし、かといってすべてのお店で飲めるほどのお金もない。

 さらに、どのお店に入ればより多くのプレイヤーと出会えるかも分からない。ないない尽くしである。


 もう少し手がかりが欲しい、中の様子を確認したい。


 俺は窓からお店をのぞいた。黒い立て看板が特に目立つ、やや大人びた雰囲気のある喫茶店である。


 窓の中には数人の客がいて、長台の奥には店員が接客を行っている。


「おい小僧、何してんだ?」


 背後から少女の声が聞こえた。


「え? いやちょっと」


 振り向くと、俺よりひと回り小さい少女が突っ立っていた。両手に持ったカゴにはキラキラとした小石が詰まっている。

 紫の長髪を左右で束ね、全体的に幼さを感じさせる。この少女に小僧呼ばわりされるのは不服である。


「ぼったくりはしていないから安心して入れ。冷やかしなら帰れ」


 目つきは鋭く、整った顔立ちをかき消すほどに人相が悪い。


「びっくりした……店員さんか。入ります入ります」


 ここで変に悪印象を持たれても嫌なので、店内に入ることにした。



 ***



 店内は奥行きがあり、外観の印象より広々としていた。客は何組かいて、落ち着きながらも会話を弾ませていた。設置されたインテリアはきらびやかに輝いていて、夢の中にいるような独特の雰囲気があった。


「お、ツデレンおかえりー。って誰だい? その男の子?」


 長台の中にいたおばさんが、きさくな調子に少女に声をかける。


「客だ客。1名、好きな席に座っとけ」


 無愛想なまま、ツデレンと呼ばれた少女は店の長台の中へと入った。


「相変わらずだな、ここの看板娘は! ハッハッハ!」


 そんな様子を見て、長台の前の席に座っていたガタイの良い青年が大笑いをする。近くには食べ終えた料理の皿が何枚か重ねられている。


「少年、初めて見る顔だな。名前は?」


 ガタイの良い青年はイスごと向きを変え、俺に目を合わせた。体に似合う猛々しい顔立ちで、農民のような軽装だが腰にはしっかりと剣を装備している。


「シジューコ、シジューコ・グランツです。プレイヤーとして旅をしています。そういうあなたは?」


 尋ねた瞬間、周りは突然黙り込んで俺に視線が集中した。


 そんなにも有名人なのか……? 確かにただ者ではない雰囲気は感じるが……。


「ほう、俺様の名前を知らないとは。本当に外から来たんだな」


「クックック! 天下のエース様も外じゃあただのプレイヤーかい!」


 大きな声を出して笑ったのは、端の席にいた小太りのおじさんだ。反応からして、ガタイのいい青年とは知り合いらしい。


「知らぬなら今覚えればいい! 俺様の名はエース・リッター、この町で討伐数1位を誇る騎士だ!」


 青年は大きく胸を張り、拳を腰に当てた。


「い、1位……」


 まさか1軒目で上位プレイヤーのいる店と巡り合えるとは思ってもみなかった。やはり俺は運がいい、天の寵愛を受けている気がする。


「そんな驚くことないよ坊や、討伐以外はでくの坊だからね」


 おばさんは半笑いでエースを見ていた。



 ***



 きさくな人たちのおかげで難なく場になじむことができた。

 盛り上がっているうちに俺が喫茶店をのぞいていた理由を話すことになり、そこで旅の目的を明かすこととなった。


「へぇ~、ヒーラーだけのパーティをねぇ」


 おばさんは興味深そうに食いついた。おばさんの名前はテチョウンで、このお店の主である。


「ええ、そうなんですよ。でも誘うどころか、そもそもヒーラーの人と出会えなくて……」


 注文した魚料理と飲料を手にしながら悩みの種を明かした。

 何か思っていても話す相手がいなかったので、胸の内を明かすだけでもちょっとだけ体が軽くなった。


「確かに回復職はほとんど見かけないな。なかなか面白い試みだが、見つけるのは難しいだろう」


 経験豊富でプレイヤー仲間も多いというエースですらこの言い草だ。体感ではなく本当に少ないらしい。

 わざわざヒーラーを選ぶ人間がそれだけ減っているということでもある。


「引退した人も多いからね。それに、現役でも古参の人が多いだろうから引き抜くのは多分無理じゃないかな」


 先ほど笑っていた小太りのおじさんも元プレイヤーだという。経験者の意見だからこそ、その説得力は計り知れない。


「そうですか……」


 勢いで始めた旅だが、想像以上に厳しいのかもしれない。

 ただでさえ希少なのに、その上ヒーラー縛りなんて馬鹿げた旅に付いてきてくれる人が、一体この世に何人いるというのだろうか。

 頭で思い浮かんだ幻想と現実の差が、どんどん明確になっていく。


「あぁ、そういえばツデレン君も元ヒーラーだよね?」


 小太りの男性はポンっと手をたたいた。ツデレン――店員とは思えない不愛想な接客する紫髪の少女だ。

 後方で食器の整理をしていたツデレンは、その声に反応してピクりと耳が動いた。


「まあ、一応……」


 相変わらずのそっけない返事。しかしその一言は、俺にとって非常に大きなものだった。


「ええぇ!? ほほほ、本当かよ! もっと早く知りたかったぁ……! だったらさ、俺と一緒にパーティ組んでくれない!?」


 全身が震え上がり、体が熱くなる。ドキドキと鼓動が高まり、呼吸が不規則になっていく。


 ヒーラーで他のパーティに参加していない、そんな存在は早々見つけられない。

 諦める選択肢が頭に出てきたところで彼女と遭遇できたのは、奇跡に近いのかもしれない。


「やだ。現役じゃないし、ヒーラーに戻る気はない」


 即答。にらむような目つきで断られてしまった。


「頼むって! 仲間が欲しいんだよ俺! 自慢じゃないけどそれなりに才能もあるんだ!」


 だが、まだ説得の余地がある。

 細い糸でつながった夢への道……絶対に実現したい、簡単に諦められるものじゃない。


「やらない、しつこい」


「そんなこと言わずに、せめて一晩考えてくれないか?」


 俺は長台に手を付き、奥にのめりこむように体重を前に寄せた。


「しつこい、って言ってんだろぉ! いい加減にしろっ!」


 バキッ、とツデレンは持っていた皿を2つに割った。


「ふにゃああ……おりゃああああああああああ!!」


 そして俺の胸ぐらをつかんで持ち上げ、そのまま俺を扉に向かってぶん投げた。


「ぬがあああああああああああ!?」


 勢いで扉が開き、外まで吹き飛ばされる。受け身は取れたものの地面は硬い、痛みは染み込むようにじわじわとやってくる。


「出ぇてけ! 二度と来るなバカ! バカバカ!!」


 目いっぱいの罵倒を浴びせた末に、ツデレンは勢いよく扉を閉めた。ドスン! という音とともに、建物全体が少しだけ揺れた。


「なんなんじゃアイツは……!!」


 いくらなんでも仕打ちが酷すぎる。アイツとは分かり合える気がしない。


 目つきは悪く態度も悪く怒りっぽくて乱暴で、あんな奴……こっちからお断りだ!

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