1-3 回収と換金
なんとかアンバレ・ボアを倒すことができた。
畑の周りには無数のセッカケラ――モンスターのなれの果てが散らばったままだ。
セッカケラを回収するのに役立つのが『スィギルムカード』だ。手のひらほどの大きさの、真っ黒な薄板である。
空中に向けて投げるとカードは緑色に発光し、周囲にあるセッカケラは引き寄せられるようにカードに吸い込まれていく。
吸い込みを完了すると自動で手元まで戻ってくる。非常に便利な道具だ。
「よしっ、回収完了」
「わあぁ……本当に倒しちゃったんだねぇ」
俺の後ろで、ノーホスは細々とした声を上げた。
「アンタからしたら災難だったかな。新しい武器をねだれなくて」
ノーホスは俺が勝てないつもり依頼してきた女だ。俺の戦いっぷりに圧倒され、さぞ後悔しているだろう。
「う~ん、まぁ、それは残念だけど。シジューコの戦いを見られて良かったって思った」
予想に反して、清々しい顔でノーホスは微笑んでいた。
「ヒーラーなのにすごいね」
「いや、ヒーラー“だから”勝てたんだ」
回復呪文が無ければ、俺は最初の突進で動けずに終わっていただろう。
「そっか……すごいよ、ヒーラーってすごい!」
目をキラキラと輝かせ、ノーホスは首を縦に何度も振る。
「今夜は私んちに泊まって朝も食べていってよ。せめてものお礼として」
素直に感激する彼女を見て、俺の心は少しだけほっこりとした。
***
ノーホス家の寝床を借り、朝食をごちそうになった。
ノーホスのお父さんは悩みの種が消えたおかげかとにかく上機嫌で、畑で取れた野菜をお土産として俺に渡してきた。これで1日分の食費は浮かせられる。
金銭ではないが、十分な報酬である。
野菜の詰まったカゴを背負って向かう次なる場所は、ギルドである。
昨日は討伐依頼を受けようとして門前払いを食らったが、今日は換金目的で行くのだ。
ギルドでは討伐依頼の取り持ち以外にも、セッカケラ売買も行っている。カードに吸収したセッカケラの量や質、種類から価格を査定し、金銭に変えてくれる。
「うぅむ……」
町で一番の大きさを誇る、神殿のようなたたずまいは、何度見ても圧倒されてしまう。
入り口は2つ、セッカケラを売るのは左側の入り口だ。中では結構な数のプレイヤーが集まり、にぎわっていた。
スィギルムカードと記録用の手帳を渡すと、受付番号の書かれた紙を交換。査定後に呼ばれる仕組みである。
俺もカードを渡し、待合室で結果を待つことにした。
待合室では、プレイヤー同士で情報交換をしたり、パーティを増やそうと勧誘したり、いろいろなことが行われている。
俺も辺りを見回してヒーラーを探すが、そんな風貌の人物は見当たらない。独り身のプレイヤーが仲間を見つけて喜ぶ姿を見ると、胸が無性にかゆくなった。
さらに周囲を見渡していると、昨日俺をパーティに誘ってくれた男たちがいた。
「見てみて! 22000エソだった! すっげー!」
男は金券をパーティの仲間に喜々として見せびらかしていた」
「やったわぁ! 最初からこんなに成果が出るなんて! 師匠のおかげだわ!」
「うんうん! 師匠! ありがとう師匠!」
仲間の男女も大喜びでお互いの手を握り、周りの目を一切気にせずはしゃいでいる。
「フォッフォッフォ。ワシは討伐のコツを教えただけじゃよ。結果は君たちの実力じゃ」
腕を後ろに回したまま、老人は穏やかな顔で3人の顔を順々に見ていた。
なんというか……会話がいちいちまぶしすぎる。
楽しそうな雰囲気のまま、男たちが待合室から出ようとする。
「おや、君は昨日のヒーラー君」
すれ違いざま、男が俺に気づいた。
「ああ、昨日はどうも」
「そのカード……、依頼をこなしたのか? 良かったね」
「まぁな。野良で依頼を受けられて」
「ほう……野良か。くれぐれも悪い依頼人に引っかからないようにな。裏があることが多いからのう。特に新人のプレイヤーをだますような輩は少なくないからのう」
「ええまぁ……だまされないようにしておきます」
思わず苦笑いを返す。
今回受けた依頼はちゃんと裏があった。金銭などを奪われたわけではないが、だまされたといえばだまされた。
結果的に成果につなげられたが、確かにもう少し警戒するべきであった。
***
やっと俺の番が来た。窓口に行くと、銀髪の中性的な男性から査定額の書かれた紙を渡される。
「こ、こんなに……!」
思わず目を疑った。
査定価格は10700エソ。一般的に日中労働をして手に入る給与は8000エソ、あの短い戦闘でそれ以上のお金が得られるのは破格だ。
倒したモンスターの相場が全然分からなかったが……結構強めのモンスターだったのだろうか。
「アンバレ・ボアの大型1体、小型3体の金額としては標準的なものかと思いますが」
「ほう、ほうほう……やったぁ……!」
鼻の辺りがポっと熱くなり、口元が緩んでくる。旅の先行きは好調だ。
さっきのパーティは3人で22000エソ、1人あたりは7000エソちょっとだ。たった1人で、師匠とやらの助言を受けずともここまでできた。
数字で全てを判断するのは良くないことだと分かっていても、目に見えるもので結果が出ていると笑みが止まらない。
もしかして俺は、自分の思っていた以上にプレイヤーとしての才能があるのかもしれない。
「すごくないですか? 俺、初めての討伐なんですよ」
高ぶる感情が抑えられず、受付の人に話しかけてしまった。
「はあ、そうですか」
表情一つ変えない。とてつもなくそっけない態度だ。
「ヒーラーもなめたもんじゃないでしょう! いや~はっはっは、最初からこんなに」
「他の方も待っていますので査定額に問題がなければ受け取りの著名をお願いします」
「……はい」
会話をする気はない、と宣言されたような対応に、俺はこれ以上話すことを諦めた。
***
せっかくの高揚感が、受付の反応によって虚無感に反転してしまった。
「ふううぅ……」
重い体を引きずりながら、俺は町外れの荒野まで移動した。野菜にかぶりつきながら、ため息をつく。
先ほどのパーティの楽しい様子が思い浮かんでくる。和気あいあいとしていて、喜びを分かち合っていた。
それに比べ……孤独だ、俺は孤独だ。
1人当たりの稼いだお金が俺より低くても、それ以外の部分でより大きなものを彼らは得ている。今、俺が一番不足しているものがよく分かった。
周りに人がいないことを確認すると、俺は深く息を吸い込んだ。
「仲間が欲しいよおおおおおおおおおおお!!!」
そしてたまった鬱憤が吐き出すよう、天に向かって叫んだ。
反射する壁も、冷ややかな人の目線もない。たった1人の場所で、声が空に広がっていく。
「欲しいよ欲しいよ欲しいよ!! 褒めてくれよおおおおおお!! なんでヒーラーこんなにいないんだおおお!! 悔しいよおおおおおっっ!!」
地面に寝そべり、手足を乱雑に振り回した。体が疲れようとも、虫のように騒ぎ立て続けた。
「……あぁー」
自分の姿を客観的に見たらどうだろうか。ふとそんなことが頭によぎると、手足はピタりと止まった。
よし、現実逃避はこれで終えよう。
仲間については、もう少し現実的に考えなくてはいけない。俺以外にヒーラーがいないのは、そもそもここが都会じゃないからである。
もっと人の多い、プレイヤー密集地に足を運ばなくてはいけない。ゆっくりと風の向くまま旅を続けるつもりだったが、そうは言っていられない。
俺は地図を広げた。
比較的近い場所でプレイヤーが密集する地といえば『カタユ』だ。衣服や装備の売買が栄えていて、ギルドの依頼も特に多いという。ここならきっとヒーラーにも出会えるはずだ。
「ここをこう行って……その後はここを……」
近いといっても、山丘をいくつか超えなくてはいけない。休みなしでも何日かかかってしまうだろう。
「でも、急がないと……」
こうしているうちにも、貴重なヒーラーが他のパーティに誘われているかもしれない。俺が先に誘わなくてはいけない。
仲間と成果を求め、さっそく次の町へ足を運ぶ決意を固めた。
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