1-2 シジューコの実力

 耳をすませば、土を踏みつけながら勢いよく駆ける音が聞こえる。


 来た……モンスターだ。


 短い四肢をせわしなく動かし、直線的に進む獣――事前に聞いていた通り、畑を荒らすモンスターは『アンバレ・ボア』だった。

 小型でも突進の威力は侮れない。生身の人間なら気絶ものだ。


「マナダン!!」


 呪文と共に杖を横に振るう。その先端から魔力の球を放たれる。


 風を切り、白い光が暗闇の中を走る。ボアの移動速度をはるかに上回る高速で迫っていった。


「フギャッ!」


 魔球はモンスター直撃すると水が跳ねるかのように破裂する。エネルギーの塊が当たったボアは、体が白い半透明の鉱物に変わって砕け散った。


 これが一般的な生物とモンスターの違いである。彼らは一定のダメージを受けると体が『セッカケラ』という鉱物に変化してしまう体質があった。


「うわ……本当に倒しちゃった」


 ノーホスはポカンと口を開ける。


「なめてもらっちゃ困る、これぐらい当然だ」


 呪文――モンスターと戦う上で必須の技能である。攻撃技である『マナダン』は、本来けん制用の技だ。ヒーラーがモンスターに近づかれた際に使うのが普通だが、並以下のモンスターなら一撃で倒せるだけの力がある。


「マナダン! マナダン!」


 かといって油断をしてはならない。アンバレ・ボアは集団で行動する生態がある。

 群れの仲間がセッカケラになったのにも関わらず、恐れる様子もなく2体目、3体目のボアが現れる。


「ムギャア!」

「フグゥ……!」


 魔球に接触した2体目と3体目のボアも、セッカケラへと変わった。細かい破片となり、砂と混ざるように風に流されていく。


「ふぅ……」


「ま、まぁこれぐらいの雑魚なら私も勝てるけどね。大変なのはここからよ」


 ノーホスの言う通り、これまでは前座と言っても過言ではない。集団で行動する以上、その中に集いを統制する者もいるはずだ。


「グルルルル……!」


 来た、親玉だ。


 これまでのボアより数倍大きく、より濃い毛で体は覆われている。口内に収まりきらない大きな牙は、天に向かって鋭く伸びていた。


「グラアアアァ!!」


 口を大きく開けた大型のボアは、俺たちに向かって荒々しく叫んだ。明確にこちらを敵として認識している。


「わわっ、来た来た! 危ないからやめよ?」


「今更引き下がれるかよ! マナダン!」


 この程度で逃げていてはこの先も何もできない。俺は杖を大きく振り上げ、モンスターに向けて魔球を放った。


 しかし、大型のボアは見計らったように地面を蹴り、横へと移動する。球の軌道から外れたところで、ボアはこちらに向かって突進を始めた。


「ブラアアアアァ!!」


 ドカドカと大きな足音が地ならしを起こし、足元を不安定にさせる。ほんの少しばかり足に気を取られていたら、ボアは既に目の前にいた。


「ぐああああああああああっっ!!」


 避ける時間はなかった。

 体の反応より早く相手が腹部に突撃し、畑の中まで吹き飛ばされる。服によってダメージを軽減できてはいるが、それでも凄まじい破壊力が体によぎった。


 力も素早さも小型を上回る。ただ意味もなくデカいというわけではないようだ。


「ほらああぁ……! 言わんこっちゃない! もう無理しなくていいから今夜は私と遊ぼ?」


「待て! 俺を何だと思っている!」


 腹の奥から全身ににぶい痛みが広がる。手足はしびれ、マトモに動かすことができない。

 普通ならここで終わり、相手が過ぎ去ることを祈るしかできない。


 だが俺は違う。俺には回復呪文がある!


「ユチルス!!」


 杖を強く握りしめ、喉から出せる最大の声量で叫んだ。基本となる回復呪文『ユチルス』は、一定範囲内の人間の疲れや傷を癒すことができる技だ。


「っしゃあ!!」


 しびれは取れたし腹の痛みもない。万全の肉体を取り戻した俺は、一瞬で立ち上がった。


「復活した……」


「当たり前だ、俺はヒーラーだからな」


 これこそがヒーラーの強みだ。複数人で戦う際は後方で支援する役割だが、1人で戦う場合でも回復ができることはかなりの利点である。


「グルルゥ……!」


 大型のボアも俺の復活に気づいた。自慢の突進が効かなかったせいか、ちょっとだけ困惑しているようだった。

 食らったダメージはこっちが上だが、勝機はこちらに傾いている。


「マナッ……!」


 俺は再び杖を縦に振った。


「ブラアッ!」


 先ほどと同様、ボアは横に跳ねてから突進する。


「やっぱりな……」


 想定通りだ。

 ヤツは魔球を見てから避けているのではなく、その前の呪文で攻撃を察知して避け、その直後に攻撃に転じている。

 裏を返せば、突進中は進路の変更ができず回避ができない可能性が高い。


「マナダン!」


 相手に杖の先を向け、今後は最後までしっかりと呪文を唱えた。先端から白い魔球が飛び、一直線にボアへと向かっていく。


「ググウウウウ……!!」


 予想通りだった。ボアは攻撃を避けるそぶりを見せず、近づいてくる魔球に向かっていった。一度足を進めたら止まることも難しいらしい。


 今度こそ確実に、モンスターの最期だ。


「ブラアアアアアアアアァァ!!」


 が、ダメだった。牙によって魔球は弾かれてしまった。一瞬だけ頭が真っ白になり、再びボアの突進を食らってしまった。


「ウソ……」


 体が吹っ飛び空へと舞う。今度は畑の外の地面にたたきつけられ、全身に痛みが走る。


「くうぅ……、うぅ……! ユチルス!」


 攻撃に関しては回復で帳消しにできる。とはいえ、このままではマズい。いずれは回復する力も無くなってしまう。そうなれば完全な負けだ。


「わわっ……! 攻撃効かないならもう勝てないよ……」


 本当だろうか。本当に勝ち目はないのだろうか。


 畑からゆっくりと大型のボアが顔をのぞかせる。ヒクヒクと鼻を広げ、目を赤く光らせてにらんでいた。


「いや、勝てる」


 じっくりと相手を観察して、俺は勝利を確信した。

 先ほどの魔球が当たった右の牙、直撃した部分はちゃんとヒビが入っている。


 もう一度あそこに攻撃を当てられたら……牙を砕き、その先の皮膚まで魔球が届いてもおかしくない。


 俺は杖を構え、アンバレ・ボアの動きを見張る。相手もこちらの様子を伺っているようで、なかなか動かない。


「…………」


「…………」


 しばらくの沈黙が続いた中、先にしびれを切らしたのはボアのほうだった。


「フシュウウウウ……」


 ボアは激しく息を吐き、前方に飛び上がる。

 一直線にこちらに向かってきた。


 威力の減衰がしないように、ギリギリまで引き付けたい。焦る思いをぐっとこらえて、適切な間合いを待った。


 敵の突進の速度にも慣れ、近づいて来るまでの時間がゆっくりに感じられる。

 既に杖は構えているし準備は万全、勝利は完全に俺のものだ。


「マナダン!」


 目の前に来たところで、俺は呪文を唱えた。

 牙の先で白い魔球が発生し、同時に破裂を起こす。


「フギャアアアッ!?」


 牙が砕け、魔球は鼻に直撃した。ボアの突進の勢いを見事に打ち消し、後方まで押し倒す。


「フグ、フググ……!」


 相当なダメージを与えられたようで、ボアはよろめく。


「す、すご……」


 ノーホスは目をぎょっとさせていた。


「あと一息!」


 大型モンスターになるとマナダン1発程度では倒せない。かといって呪文は無造作に使えるわけではない。

 ゆえに、1発のマナダンでより大きいダメージを与える必要がある。


 その方法は……体内だ!


 ひるんでいるボアの口に、俺は杖を突っ込んだ。


「……マナダン!!」


 白い光が外まで漏れる。体内からの鈍い破裂音とともに、ボアは白い鉱物へと状態を変えた。


 杖を引き抜くと、ボアの表面にヒビが入り、バラバラに砕け散った。


「よし……勝った、勝ったぞおおおおおぉぉぉ!!」


 俺のプレイヤーとしての初陣は、見事に勝利を収めた。

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