第2話

 

「怪我はないかの?」


段ボール箱の向こうには、小さな丸いテーブルと簡素な椅子が二脚、ぽつりと置かれていた。

テーブルには黒いビロードの布が掛けられ、古めかしいランプがぼんやりとその声の主を照らし出している。


涙で滲んだ視界が少しずつはっきりし始める……


頭は奇麗に禿げ上がり、長い白ひげをたくわえた皺々の老人が壁際の椅子にちょこんと座っていた。



「えらい災難じゃったのぉ…まぁ、そこに座りなされ」


都会の喧騒に消え入りそうな、か細く嗄れた声。

だが、何故か心の奥底に暖かく染み込んでくるような気がして…ふわりと体が軽くなった。



美琴が椅子に座ると、まるで孫を抱くかのような優しい笑みを浮かべながら一冊の古ぼけた洋書らしき本を取り出した。

分厚い黒革の装丁…複雑な模様や文字が細かく描かれ、その中央には大きな六芒星が刻み込まれている。


「ほれ、その星に手を乗せてみなされ…なに、ちょっとした占いじゃよ」


美琴は何か新手の詐欺?と疑問を持ちつつも、もうこれ以上悪い事なんて起きないだろうと…諦めた様に手を置いた。

滑らかな革の感触…まるで動物の皮膚に触れているような温もりが、ゆっくりと手のひらに伝わって来る。



温かい…………いや………熱っ!?



慌てて手を引っ込めた美琴に、老人は子どものような悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「ふぉっふおっ……お嬢さん、どうやら魔王に見初められたようじゃな」


老人はその洋書の端に指を置き、すうっ…と美琴の前に滑らせた。


「持っていきなされ…お代はいらんよ」




半ば強引に押し付けられたような気もしたが、その後の老人の言葉がまるで美琴の心を見透かしたように感じ…気づくと洋書を手にし帰路についていた。




「…どうしても我慢できなくなったら、その星に手を置いて…こう唱えなされ」




『我の願いを叶えんがため………その姿を現せ、偉大なる魔王よ!』

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