26 グループ

「ホムラ。五時間目、はじまっちゃうよぉ」


 体を軽く揺さぶられて、ぼんやりした頭のままで顔を上げる。


「だいじょうぶ? 保健室、いこうか?」


 左の席から笑花が声をかける。右の芳樹も「おいおい、ゾンビみてーになってんぞ」と心配そうにホムラをのぞいていた。


「大丈夫だって」


 そう答えたものの、見えない自分の顔を想像してさらに億劫になる。


 よっぽどひでぇ顔してんだな。オレ。


 今朝、俊蔵にも「学校休むかぁ?」と理由も聞かれずに言われ、昼前に熊野にも「今日は家に帰ったらどうだ」と声をかけられたばかりだった。


 それもそのはずだ。

 なにせ家に帰ってからというものの、結局一睡もできなかったのだ。


 目の前で魔が物の恐怖。

 何もできなかった自分の愚かさ。


 身も心もこれでもかと疲れ切っているはずなのに、昨晩の事が何度も頭に蘇って目が冴えてしまう。

 眠らなくてはいけない、と焦燥感に駆られるほど眠れなくなる。

 そんな事を布団で繰り返している内に朝を迎えてしまったのだ。


 本当は布団の中にいつまでも潜っていたかった。

 だが、一度行くと決めた以上それを曲げたくないという意地もある。


 無意識に休みを求める身体と皆勤賞の意地のせめぎ合い。

 授業の内容もほとんど頭に入らないまま、気が付けば午後の授業が始まろうとしていた。




 力なく机に突っ伏しながら、誰にも気づかれないようにちらりと窓際の方に目を移す。

 そこには相変わらず、つまらなさそうに窓の外を見つめている架美来がいた。


 架美来は今日も、遅刻することなく普段通り学校に来ていた。


 深夜にホムラ達と会った事実がなかったかのように。

 昨晩学校に忍び込んでなどいないように。

 あんな化け物と戦った事が嘘だったみたいに。


 ホムラとは正反対に、架美来は<いつもと変わらない様子で>平然としている。


 昨日目の当たりにしたからこそ、分からなくなる。

 自分が死んでしまっていたかもしれないのに、どうしてそんなに平気でいられるのか。


 昨日まではただの生意気な交流生だったのに、今は架美来がずっと遠くに思える。

 同じ場所にいるのに、架美来だけが自分たちと一つも二つも違う位置にいるような、そんなズレを感じる。




「先週までは杜の宮原市の歴史についてみんなで学んだな。そこで、今日からは三、四人グループで杜の宮原の事について自由なテーマで調べてもらう。このグループで調べたことを一ヶ月後の授業参観で発表するからな」


 始業チャイムが鳴って早々、熊野の放った一言に教室が一斉にざわめき立った。芳樹が「うげぇー」と分かりやすくウンザリしていた横で、隣のホムラも内心同じような気分になっていた。


 青葉ヶ山分校では、春夏秋冬、季節ごとに授業参観日が設けられている。

 学年やクラスの方針にもよるが、五、六年生の参観日はおおよそグループ発表と相場が決まっていた。

 しかも、青葉ヶ山の授業参観は保護者だけでなく、その生徒の祖父母や近所の住民など、なぜか地区の一大行事のような扱いになっている。


 勉強嫌いに輪をかけて、人前で話す事も得意ではないホムラにはまさに地獄の行事だ。


「せんせぇー、グループって自由に決めていいんですかぁ?」


「そうだな。三、四人のグループになっていれば好きに決めていい」


「くだものとかいいなぁ。ももとかぁ、かまぼことかぁ」


「もちろんいいぞ、有島。地域の料理とか、野菜や果物とかの名産品でもいいだろうな。他だったら地理や社会、福祉とか杜の宮原に関する事なら何でもいいぞ」


「へぇ。じゃあおれ、食べ物にしようかなぁ」


 そんなやり取りを聞いていた生徒たちが「発表だりぃー」「グループどうするー?」と再びがやがやし始めた。笑花も「ね、何のテーマにしよっか」と芳樹とホムラにヒソヒソと話しかける。いつもグループはこの三人で組むのがお決まりだった。


「ほら、静かに! とにかく今日はグループのメンバーを決めて、どんなテーマで発表するか話し合うこと。先に進められるなら調べ物を始めてもいいぞ。それじゃあ、まずはグループを作って。詳しい説明はその後にするぞ」


 熊野の指示と共に生徒達は一斉に立ち上がった。「ウチらもう決まりだよねー」とすぐ固まった女子グループや「オマエ一人でやんの?」「は? ざけんなって」と冗談を言い合う男子達が和気藹々と楽しげにグループを作ってる中――。


 架美来だけはただ一人、その場から動かなかった。


「ねぇー、マジでひとりのヒトいんじゃん」


 女子の一人が架美来の方に向かって聞こえよがしに言う。

 前に架美来の陰口を叩いていた女子だった。「ちょっとやめなよォー?」その隣にいた女子の友人達も上辺ではそう言いながら薄笑いを浮かべている。


 架美来は、何も言い返さない。


 あからさまに動揺している様子もなく、怒りを露わにする事もない。

 ただ眉をわずかにひそめて、ため息を小さく吐くだけの架美来に、女子たちが「ヨユーすぎヤバ」とさらに嘲笑った。


 ひりつき始めた空気に、芳樹が「なんかヤバくね?」とぼそっと呟いた。その隣の笑花や、教卓にいる熊野、遠巻きで見ていたクラスメイト達でさえも戸惑っているように見えた。


 いつかはこうなるんだろう。


 賢い架美来なら自分でよく分かっていたはずだ。

 最初からこうなるかもしれないという事を。


 擁護のしようがない。

 完全に自業自得だ。


 だけど——。


「凪良」


 席を立って架美来に声をかける。


 そんなつもりはさらさらなかった。

 昨日の借りを返そうとか、可哀想だとかそういう訳でもない。


 ただきっと、気分の悪い時に揉め事を起こされたくなかった。

 そう無意識の内に思って身体が動いたんだろう。


「グループ、決まってねーんだろ」


 続けて言うと、架美来は目を少し見開いてホムラの方を見た。


「私たちね、いま三人なの。凪良さんも一緒にどう、かな?」


 後ろから笑花もにこにこしながらやってきた。心なしかその声は弾んでいる。

 架美来はすぐに即答はしなかった。

 が、少し時間を置いて「それなら、よろしく」と素っ気なく返事をした。


 相変わらず愛想のなくてぶっきらぼうな言い方だ。

 けれどホムラには、架美来の張り詰めた表情がわずかに緩んだように、見えた。


「お喋りはそこまで! 全員決まったならグループごとに席を動かして、説明始めるからな!」


 手を叩く熊野の合図に、コソコソ話していた女子達も皆に合わせてそそくさと席を動かし始めた。


 これでしばらくは面倒ごとも起きないだろう。


 心の内で安堵しながら席を動かしていると、笑花がさっと近づいて「ありがとね、ホムラ」と耳打ちした。続いて芳樹も無言で腕を突いてくる。さらには熊野も、ホムラに向けて「助かった」と小さく伸ばした片手を縦に振った。


 だからそんなつもりないっての。


 そう言い返したかったが、周囲でテーブルの移動が始まると結局反論も何もできなかった。


 でも、アイツを気にかけてる人は案外いるんだな。

 その事に架美来は、気づいているんだろうか。

 いや、気づいていないんだろう。


 昔の自分と同じように、孤独だと思い込んでいるのなら。


-------------------------------


次回、白光の焔 第27話の更新日は【11/9(土)】です。

どうぞお楽しみに!


※お詫び※

更新予告で「白光の焔 ”第26話”」と記載していましたが、正しくは「第27話」となります(修正済み)

-------------------------------

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る