17 覚悟と陰謀
「だっあぁー……つっかれたぁ……」
布団に飛び込みホムラはその勢いで大の字に寝転がった。
天井の照明をただぼんやりと眺めていると、自然と今日あった出来事が頭の中に駆け巡っていく。
青葉ヶ山で白狐と別れた時、太陽はすっかりと天高く昇り、ギラギラと強烈な日光を放ち始めていた。つまるところ、ホムラたちが連行された早朝から少なくとも数時間は経過していたのである。
もしかして、騒ぎになってるとかないよな?
ちゃんと帰ってこられたけど、まさかじーちゃんも無事だよな?
急に湧き上がった嫌な予感に追い立てられ慌てて家に戻ったホムラだったのだが、到着した時、俊蔵はなんと縁側でのんびりと握り飯を頬張っていた。
「おお? どうしたぁホムラ。オメェ、上で寝てたんじゃねぇのかぁ?」
突然外から現れたホムラにあっけからんとしている俊蔵だったが、ひどく慌てているわけでもなければ、怪我を負わされたような様子もない。
「アイツら……ビビらせんなよ、マジ……」
普段通りの元気な俊蔵の姿が目に映った時、何かがするりと身体から抜けて、途端に膝から崩れ落ちた。「ホムラぁ?! なんだ、どうしたァ?!」ひどく狼狽しながらホムラに駆け寄る俊蔵に、ホムラはただ呆然と頷く事しかできなかった。
腰が抜けてその場から動けず、何とも言い表せない感情の渦に飲み込まれながらも、自分を呼びかける俊蔵の声に、ひどい安堵感を感じていたのだった。
それから俊蔵の無事を再三三度確認した後、俊蔵が朝早くから白狐沼でのボヤ騒ぎの後始末に駆り出され家にいなかった事を知り、逆にホムラの方は朝早くから外に出ていた理由を適当な言い訳で誤魔化し——そうしてようやくホムラの長い長い朝はひとまず幕が下りたのであった。
幸か不幸か、今日はちょうど学校が休みとなる土曜日だった(突然の休校や朝のゴタゴタですっかり忘れていたのだが)。
だから最初の内、化け物達がいつ襲ってくるものかと警戒心を強めていたのだが家にやって来たのは宅配便や、野菜を分けにやって来た近所の老夫ぐらいなもので、結局、正午過ぎにはいつものように茶の間でくつろいでいた。
それから俊蔵の畑仕事を少し手伝ったり、縁側でごろりと寝転んで昼寝をしたりして、ホムラの長閑な休日は何事もなく夜半を迎えようとしていた。
寝転がりながら、何となしに窓の外に目線をうつす。
窓の向こうはすでに深い闇に包まれている。
ホムラの過ごしていた晴れ晴れとした穏やかな陽の世界。
白狐や
現世と隠世。
二律背反な二つの世界は、確かにここに存在している。
本当は全部、夢なんじゃないだろうか。
化け物の事も、外の世界の事も、和合の事も全て嘘で、いつまでも醒めない長い夢を、昨日の夜からずっと自分は見ている。
眠りにつけば、また何もない平和な日常が当たり前のように訪れる。
そうであってほしい。
そうなんだと思い込みたい。
奥で潜んでいる不安がただただ怖い。
しかし、自分以上に白狐はきっと不安に襲われている。
今もきっと、一人でこの不安な夜を過ごしている。
それでも白狐は、あの時自分の手を握り返してくれた。
柔らかな白狐の手の温もりと優しい微笑みが、まだ、鮮明に残っている。
陽満は、自分と白狐の状態は今、決して誰にも解く事のできない強い糸で繋がれているのだと例えていた。
今もまだ、ホムラはその糸の存在を感じる事ができない。
しかしそうであれば白狐とはこの先、長い付き合いになっていくのだろう。
そんな白狐と自分は、これからどうすべきなのか。
あれが間違いじゃないと思うなら、自分は——。
手に残るわずかな温もりを感じながら、ホムラは静かに、目を瞑った。
* * *
槍や刀などの武器、呪具が入った木箱などが雑然と置かれた狭く暗い地下室。
その中で、灯る蝋燭が置かれた机の前に座る人影があった。
その小さな人影——架美来は、手の内のモノを微に入り細に入り見ていたが、やがて観念したかのようにふっと息を吐いて天を仰いだ。
「架美来様。そろそろお休みになられては如何ですか」
落ち着いた低声と共に扉から灰色の羽織と浴衣を着た男が現れた。
男の頭部には、頂部が欠けた一本の大きな
「鬼丸……」
「一昨日からほとんど不眠不休でしょう。お身体に障りますよ」
「鬼丸もフウカも同じだろ」
「側仕えとしては当然の事。しかし架美来様は次期当主となるお方です。どうかご自愛なさって下さい。人の子の命ほど簡単に潰えやすいものはないのですから」
「説得力があるな。お前が言うと」
「ええ。鬼ですから」
おどけて言う男——鬼丸に架美来は小さく笑って、ふっと真面目な表情になって鬼丸を見つめた。
「なあ、鬼丸。フウカの結界に穴があったと思うか?」
「いいえ。まごう事なき完璧な結界でしたよ」
きっぱりと断言する鬼丸に「だよなぁ。俺も、そう思う」と呟くように答えた。
「あの少年の事ですか」
「フウカが一日がかりで重ね張りした結界だぞ。人間は当然、下手な魔が物でもあの結界は破れるはずがない。なのにアイツ、結界を感知できたどころかそれを破って境界に入った。普通の人間が簡単にできる芸当じゃない」
「彼は、妖人なのでしょうか。或いは陽満様のような神遣の類か……」
「いいや。普通の人間だった。少なくとも和合するまでは。んで、さらにワケ分かんねーのは……」
不意に架美来が手に持っていたモノを鬼丸に軽く投げた。それを受け止めた途端「これは……」と鬼丸は眉をひそめた。
架美来が手に持っていたモノは、単直に言うなら黒い球体物だった。
手のひら程の大きさのそれは、表面が石目細工に似た細かな模様で、その円の中心部分には
「悪鬼の屍体から唯一回収できた核だ。解析も鑑定も無理。買取なんざもっての外。回収屋もお手上げだとよ。くたびれ損もいいとこだ」
「妙ですね。悪鬼の核にしては、あまりにも形が整いすぎている。それにこの装飾……」
「間違いなく自然にできるもんじゃない。とすれば、誰かが故意にあの悪鬼の素体に核を埋め込んだ、とかな」
突拍子もない架美来の発言に鬼丸が目を見開いた。
「魔が物の核を作り出すなど
「けど、そう考えりゃ半不死身の悪鬼の謎に一応は説明がつく」
粛然とした面持ちの架美来に、鬼丸は二の句が継げなかった。
魔が物の核は、人間で言うところの心臓のようなものだ。
現世には人工心臓なるものが存在するものの、勿論異界に魔が物の核を作り出す技術などない。そればかりかそれを魔が物に埋め込み、人を意図的に強襲させるなど夢物語も甚だしい。
しかし架美来は、決して面白半分で言っている訳ではない。
つまらない冗談を言わない事を、鬼丸は誰よりも知っていた。
「鬼丸。あの馬鹿にすぐ<見張り>を付けさせろ。この一連の騒動、妙にきな臭い。今回は陽満も信用できねーしな」
「御意」
鬼丸は深く一礼してから架美来に核を返し、足音を立てず部屋から去って行った。
椅子に深く腰をかけ、預かった核を改めて眺める。
「
架美来の呟きに、蝋燭の灯がゆらり揺れた。
ゆらめく灯の光を受けて、黒黒とした悪鬼の核が架美来の手の内で妖しい輝きを放っていた。
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ここまで百光の焔をお読みいただき誠にありがとうございます。
【第一章】は以上で終了となります。
この章の続きにあたる【第二章】の公開は5月下旬を予定しておりますが、作者都合により6月末まで不定期更新となります。
執筆の方は現在も継続して行なっておりますので、気長にお待ちいただけましたら大変幸いです。
また、今後の詳細な更新スケジュール等は、カクヨムの【近況ノート】や作者のX(旧ツイッター)やBlueskyにてお知らせしておりますので、併せてご確認いただければと存じます。
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