15 ヒノカミの神使
頭部に金色の模様が施された黒色の冠。
鮮やかな緋色の上着。
陽満の前に現れた壮年の容姿の男は、白妙の束帯を連想させる衣装をその身に纏っていた。しかし、艶やかに光る衣や装飾の数々はどれもこれもこの世のものではない神々しさを放っている。
「奇遇ですねぇ。僕も貴方とはじっくりとお話がしたかったんですよ。手始めにどちら様かうかがっても? その神力、ヒノカミ系統の神使と察しますが」
「私は只の守護者。神には到底及ばぬ代理人風情が、名を名乗るには
「やだなあ、
「万が一がないよう見張っていたに過ぎない。いらぬ語弊があったのなら詫びよう」
「それはそれは、守護者として殊勝な心掛けな事で。それで、ご用件はなんでしょうか」
「単刀直入に申し上げる。焔の子らに無用な手出しはしないで頂きたい」
「貴方の言う焔の子は、ホムラくんと白狐ちゃんの事ですね。それは、何故でしょう」
男は、「いずれ貴方にも分かる事だ」と言ったきり、何も答えなかった。
黙秘を続ける男に、陽満はやれやれと息を吐いて「では、質問を変えましょうか」と話を続けた。
「今回の和合、あまりにも不可解な点が多いんですよねぇ。本来、生きる次元の異なる人間と神獣の和合はほぼ不可能に近い。核の白狐ちゃんはともかく、修練も積んでいない人の子のホムラくんが器にはなり得ない。けれどホムラくんは白狐ちゃんの器となり、和合が成立した。貴方が焔の子と呼ぶホムラくん。彼は一体何者なんでしょう」
さらに鋭く目を光らせ、陽満は男に厳しい視線を向けた。
息も詰まりそうな威圧が容赦なく男に放たれる。しかし、顔を俯けたまま男は口をつぐみ続けた。
「あくまで詳細を明かすつもりはない、と。ですが、これだけはお答え頂きたい。ホムラくんと白狐ちゃんの和合を手助けしたのは貴方ですか」
そう言って、陽満はより一層険しい顔つきで男を睨んだ。
「彼らが言っていた<白い夢>の話……。あれは恐らく和合の契りでしょうね。ただ、二人はその意志もなければ交わし方すら分からないんです。間違ってもただの偶然で成立するようなモノじゃない。考えられるとすれば、この和合を手助けした仲介者がいた。仲介者……つまり貴方はその契りを何らかの形で二人に交わさせて、本人達の知らぬ間に和合が成立するよう仕向けた。そうではないでしょうか」
「先に申した通り、私はただの代理人であり見届け人。そのような神力、端から持ち合わせてなどいない」
「では、誰がこの和合を成立させたんでしょうねぇ。例えば、貴方を僕の前に遣した
「全ては必然。この不浄に満ちた大地を救うべく焔の子らに定められた運命。これもその通過点の一つに過ぎないのだよ」
「不浄に満ちた大地を救う……。それは近頃天界で囁かれている大厄災と関連がある事かな」
男は、やはり何も答えなかった。
「やはり、僕に真実を明かすおつもりはないようですね」
陽満は、少しの間目を瞑りながら深呼吸をし、おもむろに前を見据えた。
そこにはもう、ふざけた物言いをする男はいなかった。
常人なら立っている事も難しいだろう。
陽満から放たれた凄絶な威烈が途端に白霞の世界を支配していく。
「何を企んでいるか知りませんが、ホムラくんも白狐ちゃんもこの地に生きる生命——循環の輪を形成する魂の一部なのですよ。例え神だろうと悪戯に重い業を背負わせ、弄ぶ事は天界において立派な重罪。彼らが貴方達の勝手な都合で命を失うような事があれば、僕は
先刻までの目方のない陽満からは想像もつかない憤怒の眼光が男を容赦なく突き刺す。
頭を下げたまま平然を保っていた男が、ようやく顔を上げた。
荘厳な陽満の眼と、男の
「私が語らずとも、いずれ焔の子自身がその命運を理解する時が来る。これが救世の礎である事を——」
信実と覚悟に満ちている男の眼差しが、陽満に語りかけた途端、白霞が瞬く間に男の姿を包み隠した。
「……い……ミツ! ヒロミツ!」
誰かに身体を揺さぶられ、陽満の意識は現に舞い戻った。
目の前に居たのは、あの男ではなく訝しげな面持ちで陽満の腕を掴む架美来だった。
「ありゃー……逃げられたか。柄にも無い事はするもんじゃないなぁ」
一人ごちる陽満に、架美来がすぐ腕を離して「はぁ?」と眉をひそめた。
「ずいぶん早かったじゃない。青葉ヶ山ってそんなに近かったっけ?」
「送迎は鬼丸達に任せた。わざわざ俺が行くまでもない」
「あらー。僕のお説教そんなに早く聞きたかったの。ちょっとは成長してるじゃない。感心、感心」
「ちがうわ馬鹿! 俺が聞きたいのはアイツらの依頼の事だ! あんなクソ餓鬼に防人の真似事させるなんて何考えてんだ?!」
「何考えてるも何も話した通りよー。僕も彼らの和合見てみたいものねぇ」
「説明になってない! 大体、得体の知れない奴らを野放しにしていいのか?」
「僕の神使がついてるし大丈夫っしょー。青葉ヶ山周りの守護神にも何かあったら教えてねぇってお願いしとくしさぁ」
「いつもいつも適当な事吐かしやがって……今回は特にどうかしてるぞ」
「こらこら、何でも感情任せに言うのはダーメ。イサミちゃんだってそう言ってたじゃない」
その陽満の言葉に、怒りに満ちていた架美来がはっとなった。
「今、関係ない話は、すんなよ」
威勢が失われ、呟くような弱々しい声で架美来が言う。
怒りとも悲しみとも言えない、複雑な想いが混じり合った面持ちで眼を伏せる架美来に、陽満は「ごめんごめん。そんなつもりじゃ、なかったんだ」とすぐに謝って、架美来の頭を一度だけ撫でた。
「イサミちゃん、元気?」
「いつも通りだよ。変わってない、何にも」
「そっか……。そう、だよねぇ」
独り言のように呟いて、陽満は少しだけ微笑んだ。その微笑みは、温容さと愁色を帯びた儚さを含んでいた。
「さ、それはそうとまずはお説教よー。特別大ボリュームだから覚悟しときなさいねぇ」
打って変わって、うきうきで喜色満面の笑みを浮かべる陽満に、架美来はうんざりだと言わんばかりに大きいため息をついた。
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