4 交流生

「カミラくん。本校ってどんなカンジなの? やっぱ人多い?」


「別に。普通」


五星ごせいって都会だよなぁー。ゲーノージンとかいんの?」


「知らない。興味ない」


「凪良っていつまでこっちいんの? 一週間ぐらい?」


「まだ決まってない」


「おにーちゃん。メガネかしてー」


「ダメ」


 午前の中休みに入った途端、同級生や下級生たちの質問攻めをバッサリ切り捨てる架美来かみらの様子を、ホムラは渋い顔で眺めていた。


「凪良くん、人気者だねぇ」


 すごぉーい、と感心する笑花に「ホムラん時よりすげーな」と芳樹もうなずいた。

 確かにホムラの転校初日は、学校中から生徒が押し寄せてくる事はなかった。その事がなぜか面白くなくてホムラの顔がさらに険しくなった。


「みんな仲良くしたいんだよ。四年ぶりの交流生、だもんね」


「つっても多くねぇ? 年下の女子まで来てんぞ」


「んー? カッコいいから、とか?」


「エー。そぉーかぁ?」


「ねーよ」


 ほぼ同時に、そして否定気味に答えた男子二人に笑花はなぜかケラケラと小さく笑った。なんで笑うんだよぉ、と言う芳樹を側目に、ホムラの目線は自然と架美来に向いていた。




 今日の朝になって突然やって来た交流生――凪良なぎら 架美来かみら


 担任の熊野は、朝の会で「家の都合で急遽本校からの交流生として通学する事になった」と話していたが、ホムラはあまり腑に落ちていなかった。


 家の都合で来たとは言うが、それならなぜ前日にわざわざ白狐沼へ行こうとしていたのか。

 それがどうにも引っかかって仕方がない。




 中休み終了五分前の予鈴がなると、架美来に群がっていた生徒達は、ようやく自分たちの席や教室に戻って行った。


「すげかったなぁ」


 そう呑気に言う芳樹とは違い、ホムラはこの後に起こるだろう展開に鬱々さを感じ始めていた。


 窓際に座る架美来は、昨日と同じ、全てが退屈だと言わんばかりの顔で外の青空を、ただ静かに眺めていた。




 その後の架美来の顛末は、ホムラが大方予想していた通りだった。


 授業中も、次の休み時間も、ほとんどの生徒にとって天国である給食の時間でさえも、架美来はその無愛想な表情をほとんど崩すことなく高飛車な態度を貫いていた。


 そんな有様であるから、お昼過ぎの時点ですでに勇ましい生徒達の姿はほとんど見なくなっていたが、さらに架美来の孤立に拍車をかけたのは、その並外れた頭の良さだった。


 国語の音読もすらすらと読み、難解な漢字でもつっかえる事はない。

 理科の実験もグループの生徒を置いてけぼりにしてほとんど一人でこなしてしまう。

 極めつきは、クラスで誰一人解けなかった算数の応用問題をものの数秒で解いてしまったのだ。


 態度が人一倍悪いだけならまだしも、勉学も他より抜きん出て優秀とくればクラスメイト達が架美来から距離を取るのは時間の問題だった。


 話しかける生徒が一人減り、また一人と減り――放課後が近くなると、架美来に近づこうなどと考える物好きな生徒はいなくなっていた。


 そんな様子を察してなのか、とうとう青葉ヶ山分校の最終兵器である笑花(例え大のつく人見知りや暴れん坊でも笑花になら心を開くのである)も「きょう一緒に帰らない、かな?」と尋ねに行っていたが、やはり他の生徒と同様にすげなく「帰らない」と断られていた。


 結局、架美来は交流生らしい一日を送る事なく、帰りの会が終わったのと同時にさっさと教室を出て行ってしまった。


 笑花は「凪良くんと全然、話せなかったねぇ」としょげていたが、最速で一匹狼になっていく交流生を遠巻きに見ていただけのホムラからすれば笑花の勇姿は涙モノだ(何せホムラは今日一日、架美来と言葉すら交わしていないのだ)。




 そうしていつものように三人で帰路につき、今日もホムラは十字路で笑花、芳樹と別れた。

 俊蔵は昨日、自分が夕飯を作ると言っていたが、あまり無理はさせたくはない。


 早く戻って夕飯の支度しねーと……。


 急ぎ足であぜ道を通り抜け、山の麓の道に差し掛かった時だった。

 脇道の薮――そこから突然、白い鳥達の群れがホムラの前に飛び出した。


 十数羽……いや、それ以上だろうか。純白の羽を羽ばたかせホムラの前を横切るように次々と空中へ飛び去っていく。


「なんだぁ……?」


 数秒してようやく羽ばたく音がぴたりと止んだ。


 鳥達に遮られていた道の先を見て、思わず息を呑む。


 ホムラの前に立つ、すらりとした四つ足で立つ白い毛の獣。


 体中に散らばっている黒い斑模様。

 赤い吊り目の、鼻先の細い顔。

 そして、二尾に別れた異様に細い奇妙な尻尾――。


 一見すると野良犬のようだが、その獣のどこか神秘的な出で立ちにホムラはそう思えなかった。


 白い獣に見惚れている内に、その赤い瞳が、ホムラのさらに奥底を覗き込む。


 時間にして数秒、いや、数分だったのか。


 その不可思議な瞳に囚われ、ホムラは一歩も動けなかった。


 たちまち大きく脈打ち始める心臓。

 今、初めて出会ったはずなのに、そうとは思えない強烈な既視感。


 昨日見た悪夢の断片が、なぜか急にホムラの頭の中へぐにゃりと流れ込んでくる。


 ああ、そうか。

 そうだったのだ。


 あの夢で、自分は――。


 瞬く間によぎる、まるで不可思議な強い思いがホムラの全身を貫いたまさにその瞬間――。


「へッ?!」


 白い獣は、その場でぱたりと地面に倒れた。

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