契約

 事務所に入ってくれないか。

 自分へと生徒会長が告げたのはそんな提案であった。


「あっ、是非」


 そんな提案に僕は即答する。

 神薙さんは配信をやるのであれば事務所勤めである方がよいと話していた。

 配信ノウハウどころか機械にもまったく明るくない僕が行うのであれば周りのサポートは必須であり、それに最も最適なのが事務所所属になること。

 それを聞かされていた僕は元々事務所を探しており、生徒会長の申し出は自分にとって


「えっ!?良いのか!?」


 そういう思いで了承した僕に対して、生徒会長は驚愕の言葉を上げる。


「……誘ったのに?」


 そんな生徒会長の態度に僕は首をかしげる。


「い、いや……私とて、君が受けてくれるとは思っておらず」


「ならなんで僕を誘ったの……?なんで受け入れないと言う考えに?」


「いや、君は神に仕えし神主の一人であるわけだろう?政治にも影響力を持つ私たちの一族と関わることを否定するかと」


 僕の疑問に対して生徒会長は若干委縮したような態度でそう話す。

 そんな彼女を前に、僕は姿勢を正して自分の神社のスタンスについて軽く語っていく。


「まず、勘違いしているかもしれませんが自分は従来の宗教の在り方とは結構違います。世俗における影響力を一切もっていませんので。自分は信者というものを求めておりませんし、何よりも教義がありません」


 最初期の神道にあった僅かな教義すらも僕の神社にはない。

 自分の神社の起源はそもそもとして神道よりも前、定義的に神社を名乗っているがその本質としては結構別である。


「あくまで僕の一族は神の住まう地域に暮らし、神々の家を綺麗にして上げている程度の存在です。自分の一族が一人の武士として権力闘争に突っ込んでいたこともありますし、別に政治と触れあうことを否定しているわけじゃないです」


 政教分離の原則などクソくらえである。


「……じ、自分から言っておいて何だが、それでも神威はあるだろう?」


「それを一族自体で否定しているので。神様はただそこにおられるだけです。自分たちが出来ることも利用することも出来ません」


 あくまでお賽銭は人々が神への感謝を示す場所であり、自分の神社で売っている御守りにはご利益がないとしっかり明記している。

 神様と最も触れあっている一族の人間が神道を真似して作ったおみやげとして販売しているのである。


「それに、あくまで公人としての生徒会長からの申し出ではなく、配信事務所を運営している私人としての申し出でしょう?ならば、そもそもの問題もないでしょう」


「……た、確かにそうであるが。自分の想定していた事態にならなかった動揺が」


「ちなみに当初、生徒会長が予想としてはどうなる予定だったの?」


 姿勢を崩した僕は生徒会長へと疑問を投げかける。


「いや、この申し出は君をそれだけ私が欲しているアピールのつもりであったのだ。ここで関係を作った後は後々、友達としての


「うわぁー、すっごい裏があるぅー」


「……すまない。本当に……だが、私としても」


「じゃあ、まずそもそものことを言うと何か困っていることがあれば聞くよ?別に友達とか関係なしに」


「えっ……?」


「自分は神主ですし、何か困っていて助けを欲しているのであれば出来る範囲の中で最大限お助けしますよ」


 パチンコに全額突っ込んでいるせいで借金生活のようなどうしようもない人間に対しては何も出来ないが、助けられる人がいるならば助けるのが我が家である。


「神は何もせず、ご利益がなかったのではなかったのか……?」


「神は何もしませんが僕たちの一族はするよ?」


「……何故?」


「そうあるからだよ」


 神に代わって人へと施しを与えるのが自分たちの一族である。


「……少し、歪な気もするが、そういうものなのか」


「うん、そういうものでしょ」


 人が人助けを行う。

 それがそんなに不思議なことだろうか?


「まぁ、ここら辺の話はいいでしょ……それで?結局、自分は事務所に入れてくれるの……?自分としては入れてくれると本気でありがたいのだけど。僕ってば配信のノウハウもないし、カメラなどの機材類の使い方もわからないしで、自分にアドバイスをくれる人がいたら助かるな、って思うのだけど」


「そういうことであれば任せてほしい。うちはちゃんとプロの人も集めている」


「それならばありがたいっ!是非とも入れさせてほしいなっ。契約書とかってあるかな?」


「あぁ、それならば一応持ってきていた……これだ」


「ありがとうございますぅー」


 契約書を生徒会長から貰った僕はその内容へと目を通すのであった。

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