事情
「うめっ、うめっ」
神薙さんとやってきた焼き肉店で僕はハンバーグ以来のお肉に舌鼓を打つ。
白米を食べたのなんて何時ぶりだろうか。
「それなら良かった」
そんな僕の様子を見て神薙さんはほっこりしたような表情を浮かべている。
「そ、それでさ。聞きたいのだけど……なんで、草食べていたの?」
「お金がないからだよぉ?」
神薙さんの言葉に僕は簡潔に答える。
「ふふふ、僕の貧乏エピソードは無限にあるよ」
「え、エピソード……ず、ずっと貧乏だったの?い、何時から草を?」
「……何時から、と言われてもなぁ?結構ずっとそうだったよ?別に両親も金なかったからなぁ」
僕は生まれた時から神様に魅入られた神社を継ぐ者だった。
物心つく前にはもう両親を離れて神社に滞在し、爺ちゃんと暮らしていた。
昔はまだ爺ちゃんもちらほら顔を出していたけど、その時も別に爺ちゃんは無一文で食料なんて何も持っていなかったので僕は草を食べていた。
両親は単純に金がなかった。
自分たちと妹を育てているので精一杯らしく、基本的に僕はいない者扱いされて援助されることはなかった。
「……で、でもいくらお金がなかったとしても両親が子供に草を食べさせての放置するのはぁ」
「両親としては爺ちゃんが僕に何かを食べさせているという認識だったみたいだね。実際は食べさせてもらってなかったけど。まぁ、二人が可哀想だから何も言わずにおいたけどね」
両親の口癖が『貴方の両親なのに爺ちゃんより美味しいものを食べさせてあげられなくてごめんね』だった。
僕は爺ちゃんから何も食べさせてもらっていなかったけど、経済的なキツそうな二人の負担にはなりたくなかったので真実のところは黙っておいた。
「じ、爺ちゃんは何も食べさせてくれなかったの?」
「うん。だって、神様だもん」
僕はハフハフお肉と白米を口に運びながら答える。
「……えっ?」
「んっ?僕は神様を祀る神社の神主だよ?当然、神様に会ったことがあるに決まっているじゃん。そんな驚きことでもなくない?」
「……待って?神様?んん?わ、私はついていけていない。神様って、いるの?」
「いるよ。僕の神社の山にたくさん」
僕は神薙さんの言葉に頷く。
まったく、何を言っているのだろうか。神様がいなければわざわざそれを祀る神社なんてものも出来ないに決まっているじゃないか。
宗教ってのは統治に利用される前からもずっと、何処の時代、何処の場所にもあるのだよ。
「ちなみに爺ちゃんは有名人なんだよ?菅原道真、授業にも出てきたしょ?あの人が神様になったとき、うちの神社へと挨拶しに来たんだよ。それ以来、うちの神社がちゃんと継承されるかどうかの確認も合わせてやってくれているみたい。僕の代は稀に見る継承問題が起きた年でね。爺ちゃんが僕の元に来たのはそれが縁」
僕の代は色々とごちゃごちゃしていた。
爺ちゃん曰く僕に神主としての才覚が寄り過ぎたのが悪いらしい。
祖父はどれだけ妻を娶り、愛人を作っても子供を一人しか作れず、僕のお父さんもほとんど子供を作れなかったらしい。
そして、それはその他の親戚も同様だった。
僕が産まれるまでは神様の祟りであると一族総出で大慌てし、世界が滅びるのだと悲観してさえいたらしい。
諸問題は僕の誕生と共に解決し、僕が産まれてからはみんなたくさん子供を作れたらしいが。
ここら辺の話を僕は爺ちゃんから聞いたけど、イマイチわからないよね。なんで僕のせいでみんなに子供が出来なくなるのか。甚だ疑問。
「……神様に、育てられたのに草を食べて?」
「そうだよ。爺ちゃんはもう長らく神様やっているせいで人間に食事が必要ってことも忘れているし、基本的に太宰府天満宮に滞在しているから。今はぎっくり腰をやって太宰府天満宮のご神体のところで寝て過ごしていると思うよ。あれは百年くらい動かないかなぁ……」
「……うぅん」
僕の話をすべて聞く神薙さんは訳も分からないといったような表情を浮かべている。
「せ、政府とかは何もしてくれなかったの?確か、政府からの頼みごととかもこなしていたのだよね?」
そんな中で、神薙さんは更に疑問を投げかけてくる。
「僕の神社は縄文の時代より続いていることもあって、神武天皇の時代より不干渉が続いているからね。それは天皇陛下であろうとも、貴族であろうとも、武士であろうとも、外国人であろうとも、文民であろうとも何も変わらなかったよ」
「あの神社って何なのっ!?もう何も考えたくないっ!?」
僕の答えを聞いた神薙さんは急に頭を抱えてしまうのだった。
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