変貌
神薙さんが久しぶりに学校へとやってきた。
だというのに、クラスの雰囲気は何処か重苦しいものであった。
その理由は単純、神薙さんが話しかけてくるクラスメートたちのほとんどを無視して、僕にだけ話しかけてくるからである。
「おい、どういうことだよっ!?」
「なんで神薙さんがお前にしか話しかけていないんだよっ!?」
広がる困惑と嫉妬。
そんなクラスの中で、神薙さんがトイレへと行っている間に自分の親友である和人と秋斗が自分に向けて困惑の声を向けてくる。
「わ、わからない……本当に。な、なんで僕にしか話しかけてこないんだろう?」
そんな言葉に対して僕も自分で首をかしげながら答える。
何でこんなことになっているのか、それは僕にもわからなかった。
「なんでなのだろうか?クラスのみんなは神薙さんを受け入れる態勢をバッチリ取っているのに」
本当に意味が分からない。
「少し前まで神薙さんに消しゴムを拾ってもらったってだけで一喜一憂していたというのに、なんでこんなことになっているんだっ!」
「……俺たちでも普通にこいつと合わせて神薙さんと会話させてもらっているしな」
クラスからの注目を一心に浴びる中で、僕たち三人でひそひそと会話を交わしていた中。
神薙さんがトイレから戻ってくる。
「「……っ」」
「逃がさない」
神薙さんがトイレから戻ってきたと共に逃げ出そうとする和人と秋斗の足を掴んで僕は笑顔で告げる。
親友である二人はしっかりと僕を運命を共にしてくれるはずである。
「ただいま、蓮夜くん」
「うん、おかえり」
裏で僕が攻防を繰り広げている中、さも当然のように勝手な席替えを繰り広げて自分の隣の席を陣取った神薙さんへと僕は笑顔を返す。
「待ってくれっ!」
そんな中で、必死に勇気を振り絞ったであろう和人が急に声を上げる。
「なんでさっきからそんな蓮夜とばかり話しているんだ?前まではそんなに会話を交わしてしなかったじゃないか!」
そして、神薙さんへと核心に迫る質問を叩きつける。
それを受けてクラスメートたちも一気に身を乗り出して、こちらへの注目度が跳ね上がる。
当然、この場には沈黙が降りている。
「そ、そうだね……神薙さんにはもっといっぱい友達がいたよね?その人たちとは話さないの?」
「えっとね?別に私もみんなのことが嫌いになったわけじゃないんだよ?みんなは私の噂を絶対に嘘だって、信じてくれていたし、応援もしてくれていたから。本当に感謝しているんだ。一部は、私のことを嫌っている人もいるかもしれないけど」
確かに、神薙さんの人気に嫉妬している人もいるだろう。
でも、あくまでそういう人は少数であり、その人たちを避ければいいだけの話に思えるのだが。
どうせ、人類が全ての人から好かれるなんて無理なのだから。
「……じゃあ、なんで僕としか話さないの?」
「単純だよ?私は蓮夜くんとおしゃべりしたいの」
「はい?」
僕の疑問。
それに対する神薙さんの答えはビックリするくらい簡単であった。
実にわかりやすく、明瞭であると言っていい。
「えへへ……クラスのみんなと話す時間があるなら蓮夜くんと会話したいな。蓮夜くんと話して、蓮夜くんと遊んで、蓮夜くんと同じ時間を生きたい」
神薙さんの答えに僕も含めたクラス全体に愕然とした雰囲気が漂う中で、彼女は言葉を続ける。
「私には蓮夜くんだけがいればそれだけで満足だから」
「「「……ッ」」」
何故だかはわからない。
それでも何故か、こちらの背筋をゾッとさせるような神薙さんの言葉と満面の笑みに僕たちは思わず閉口してしまうのだった。
■■■■■
恋とは相手と一緒に築き上げるものである。
愛とは相手に一方的に注ぎこむものである。
相手に向ける「好き」という感情。
それを向ける相手からの反応に一喜一憂し、相手からの愛を求め、嫌われないかどうか常に悩み、互いにドキマギしながらも距離を詰めて共に愛を育んでいく。
そんな甘酸っぱい青春こそが恋であり……されど、玲香はそれを失った。
自己の否定に走った玲香という存在は蓮夜に対して何も求めない。
好きな人から自分に愛を向けられることを望まない。自分が愛を貰う資格などないことを理解しているから。
相手の反応を求めてない。
相手が自分に対してどんな感情を求めているのかも気にしない。
相手から愛を貰おうともしない。
ただ、玲香は己の中に抱く荒れ狂う大海の如き膨大な「愛」を一方的に蓮夜へと注ぎ込むだけである。
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