僕の腕の中でわんわんと泣き喚く神薙さんを優しく抱きしめながら。


「……」


 僕は後悔の念を浮かべる。

 本当に、ダメだな。僕ってば本気で人の機敏、感情のブレに疎い。

 あれだけ毎日のように連絡を取り合っていたくせに。

 高校にも来なくなって。

 送られてくる文面も鬼気迫ったものが多くて。

 それでも神薙さんなら大丈夫かと僕は何処か楽観的で、まともに神薙さんと向き合おうとしていなかった。

 彼女が、一人の人間だってことを忘れていた。

 人は、脆く弱いのだ。


「……神薙さん」


 本当に、たまたまだった。

 彼女が落ちる前に僕が間に合ったのは───後、少しほんの少し遅れていたら……考えたくもない。


「……蓮夜くん」

 

 しばらくの間、僕は雨風が降りつける台風が荒れ狂う中で涙を流す神薙さんと抱き合い続ける。


「落ち着いた?」


 涙が枯れてしまったのか。

 もう涙を流すことはなくなり、ただこちらへと体重をかけるばかりとなった神薙さんへと優しく声をかける。


「……お願い。もう少し、このまま」


「うん、良いよ」


 僕は神薙さんの言葉に頷く。


「……温かい。蓮夜くん」


「そりゃあ、ここまでずっと走りまわっていたからね」


「……ッ、ありがとう、ね……こんな私に」


「そりゃあ……まぁね。友達だから」


「……ッ。蓮夜くぅん」


 僕の体を力強く抱きしめてくる神薙さんを僕は優しく抱き返す……何が、友達だろうか。彼女がここまで追い詰めれていることに気付かなくて。


「とりあえず、ここは寒いから。家の方に帰ろうか。いつまでも台風の中で雨風に晒されているわけにもいかないでしょ……神薙さんの家でいいよね?」


 そんなことを考えながら僕は神薙さんへと声をかける。


「あっ、うん……そ、そうだね。蓮夜くんなら私の家にいくらでも」


 そんな僕の言葉に、神薙さんも頷いてくれるのだった。


 ■■■■■


 汚い。

 神薙さんの家にやってきた僕がまず最初に思ったのがそれであった。


「……」


 服は至るところに散らばって散乱され、おそらくは神薙さんが食べたであろうインスタント麺のゴミは机の上にそのまま放置されている。

 キッチンのシンクには洗われていないお皿で埋まっており、冷蔵庫は開けっ放しで今もなお警報を鳴らしながら腐敗臭を漂わせている。

 溜まっているゴミ袋だってすべて出されることなくそのままだ。


「……綺麗、だったんだけどな」


 以前、一度だけ神薙さんの家に上がらせてもらったときに、彼女の家は実にきれいな状態で保たれていた。

 それが、今ではこの惨状である。

 神薙さんがどれだけ追い詰められていたかわかる現状だろう。


「お風呂、沸いたよ?」


 僕がただただ家の惨状を眺めていた中。

 お風呂を沸かしたという神薙さんが僕の元に戻ってくる。


「うん、ありがとう。それじゃあ、先に入って温まってきて」


 そんな神薙さんへと僕は笑顔で先にお風呂へと入るように勧める。


「いやいや!?お客さんをびしょびしょのまま私だけが先に入るなんて駄目だよ!先に蓮夜くんが入って!」


「そんなわけにもいかないよ。女の子を待たせて自分だけが先に入るなんて男として駄目でしょ。先に入って」


「むぅ……」


 神薙さんの言葉を退け、先に入るよう告げる僕に対して、彼女は膨れながら不満を露わにさせる。


「……そ、それじゃあ……一緒に入る?」


 そのあとに、神薙さんはもじもじとさせながら僕に向けて一つの提案を口にする。


「それはさ……」


 いい年の男女が同じ風呂に入るのは不味いから。

 そう言って断ろうとした僕は途中で言葉を止める。


「……いや、そうだね。良いよ。それじゃあ、二人入ろうか」


 風呂場で死のうと思えばいくらでも死ねる。

 今の神薙さんを一人にしたくなかった僕は彼女の言葉に頷く……この状態になっている自分の部屋に僕を上げて、それでもなお平然としている今の神薙さんがもう大丈夫であると楽観視するのは不味いだろう。

 何をどう考えても不味い。あまりにもね。

 

「ふぇっ!?」


「さぁ、行こうか。二人で温まろうね。こんなに濡れたままだったら風邪ひいちゃうからね」


「……う、うにゅっ!?」


 僕は頬を赤くしている神薙さんに対して、陰キャ学生と一緒にお風呂へと入ることになって申し訳ないな、と思いながら彼女と共に風呂場へと向かうのだった。




「……本当に、男の子なんだね」


「……そりゃね、あまりチラチラ見ないでね?僕も見ないから」


「……おっきい」


「……本当にあまり見ないで?ちょっと恥ずかしいから」

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