台風

「台風だァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 台風。

 それは地震に並んで最も忌むべき日である。何故かあって?掃除が大変になってしまうからだ。

 台風の次の日の掃除なんて最悪である。

 木やら葉っぱやら、何処から飛んできたのかもわからない謎の物品やらで掃除が大変なことになるし、そもそもあの家で台風を過ごすのは怖い。

 倒壊することはないだろうけど……それでも、って感じだ。

 というわけで。


「ヒャッハッー!」


 僕は現実逃避も兼ねて、台風の中。

 神社から飛びだして街に繰り出していた。

 当然、傘など差さずに全力疾走、特に意味もなく街を全力疾走である。

 雨風が僕の体に当たり、髪も服もこれ以上ないほどびしょびしょになり、たまに飛んできた看板にぶつかっても気にせず、街を爆走する。


「……あっ。神薙さんの家の方にでも行ってみようかな」


 明日、台風だね!という僕が送った連絡から未だに神薙さんの方から返信が帰ってきていない。

 それについて、少しばかり心配になった僕は電車に乗らずに数駅離れた神薙さんの家の方に向かって走り出すのだった。


 ■■■■■

  

 うるさい。

 うるさい。うるさい。うるさい。

 私の自由じゃん、自分が何をしようが。なんでよく知りもないどうでもいい男が勝手に私と付き合っているなんて嘘言って!それでなんで私が責められなきゃいけないの!私は何もしていないのに!


「は、ははは……」


 寒い。痛い───疲れた。

 私は歩く、歩く、歩く。


「……あれ?なんで私ってば歩いているんだっけ?」


 高校にも行きたくなくなった。

 外も怖くなった。

 だから、自然と外に出ないよう


「あぁ、そうだ……台風だ」


 昨日、蓮夜くんから台風が来るねって

 

「なんで、外に?」


 率直な疑問だった。


「は、はは……」


 何しているんだろ……私。


「きゃっ!」


 台風が来ているかどうかを確かめるためにスマホを見るでも、テレビを見るでもなく、ただ外に出て確かめる。

 そんな馬鹿なことをしている自分に自嘲した瞬間、私は風に吹かれてその体を軽く飛ばされ、自分が渡っていた橋の手すりにまで叩きつけられる。


「……ぁっ、死ねるかも」


 川にかけられた橋。

 そこの手すりに叩きつきられた私の視界に入ってきたのは荒れ狂い、底の見えぬ川であった。


「落ちれば……もう、何も考えて良くなる」


 あそこなら私の命を呑み込んで消してくれる。

 ダンジョンに潜っているおかげで強化された私は中々しない。車にはねられたくらいで死ぬ可能性はないだろう。

 でも、あの川なら、あの闇なら私を呑み込んでかき消してくれても。

 あぁ、そういえば。私が最後に死にかけたのはいつだっ───


「───ッ!れん、やぁくん」


 私は崩れ落ちる。

 そして、蓮夜くんに連絡を送りたくて、送りたくて、スマホに手を伸ばして……だけど、雨風に当てられ続けたスマホは既に動かなくなっていた。


「……はは」

 

 蓮夜くん。


「はっはっはっはっはっは!……何を、今更ぁっ!」


 私は、友達を裏切って、私は友達に嫌われて……。


「は、はは……はは……」


 もう、今更、だよね?


「……蓮夜くん」


 ずっと、私に付き合ってくれた。


「蓮夜くん蓮夜くん蓮夜くん……」


 こんな私の命を助けてくれて、ずっと気にかけてくれていた。


「ごめんね?」


 でも、私は友達を裏切っちゃうようなクズなんだ。

 今さら、自分に残された唯一の大事な人を裏切るくらいどうってことはないよね?あまりにも、今更過ぎるよ。


「……もう、良いよ。もう、疲れた……何も、考えたくなんてないよ」


 私はゆっくりと橋の手すりの上に登る。


「ごめんね、蓮夜くん」


 そして、そのまま私は体を投げ出そうとして───途中で止められる。

 冷たい。


「嫌ぁぁァァァッ!?辞めてッ!?やめてぇっ!」

 

 誰かの手で、後ろから抱きかかえられる形で強引に落ちる体を止められた私は反射的にパニックとなりながらその場で暴れ始める。

 嫌だ、嫌だ、嫌だ。

 助けて蓮夜くん───っ!

 


「呼んだ?神薙さん」



 れん、や……くん?


「謝るなら直接伝えてほしいな」


 私の耳元から聞こえてくるのは何よりも温かい声で、何もよりも心安らぐ声だった。


「大丈夫だから……大丈夫だから」


「どう、して……?」


 私は一度、裏切らった。

 なのに、蓮夜くんはこうして、助けにきてくれる。


「僕は君の味方だから」


 お礼も言えずに呆然としている私に対して、蓮夜くんは後ろから優しく抱きしめながら、耳元で優しく声をかけてくれる。


「うっ……ぁ、あぁぁぁぁ」


 それを前に、自然と私の口から嗚咽が漏れ、瞳から涙がこぼれ始める。


「……温かい、温かいよぉ」


「泣かないで」


 私の瞳から涙を拭ってくれる蓮夜くんの右手はどこまでも温かかった。

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