影
「はぁー」
昼休みの段階で遅れて高校にやってきた玲香は放課後に一人、あまり人が来ることのない女子トイレへとやってきていた。
「……心配、してくれるのは嬉しいけど」
どれだけ炎上してもクラスメートたちは自分のことを暖かく迎え入れるだけでなく、今も応援し続けてくれている。
クラスのみんなは今でも自分のファンでいてくれている。
それは玲香にとって自分の心を慰めるものであるし、今でも自分を支えてくれる大事な温かさだ。
「……ェっぐっ」
だが、それでも……玲香としては、少しばかり苦しいところがあった。
クラスのみんなは優しい。
だけど、決まってみんなの話題に上がるのは自分の炎上の話だけであり……その内容が温かいものであったとしても玲香はどうしても負担に感じてしまっていた。
「ふふっ」
だからこそ、玲香は誰もいない女子トイレの個室でこもってスマホを触っていた。
『昨日、財布を拾ったんだよね!お届け主に届けばお礼が貰えるらしいんだよね!』
『えっ?そうなの、それは良かったね』
彼女が開いているスマホの画面は一切、炎上に関するごとへと触れてこない蓮夜とのチャット画面である。
『そういえば、最近。良く連絡してくれるけど、なんで?』
『いや、スマホの使い方がイマイチわからなくて、神薙さんに連絡を送るくらいしか出来ないんだよね。最近、連絡の送り方も知ったんだよね』
『えっ!?何それ、大丈夫なの?』
『大丈夫かと聞かれたら大丈夫とも、大丈夫じゃないとも。スマホは使えないからただ使っていない』
『えぇ……せっかくあるのにもったいない。それじゃあ、私がスマホの使い方教えてあげようか?一緒のゲームアプリでも入れない?』
『えっ!?良いの?お願ーい』
一緒に、何のゲームを入れようか。
「ふふっ」
そんなことを考えた玲香は無意識のうちに笑みを漏らしながら、更に続きの
「それでさー」
「……ッ!?」
そんな中で、彼女が入っていた女子トイレの中へと人が入ってくる。
「わかるぅー、あれは良いよね!」
「でしょぉー?」
入ってきたのは二人の女子生徒であり、その声は玲香にも覚えのあるもの。
自分を応援してくれているクラスメートたちの声であった。
「それで今日も燃えていたね、玲香」
「あー、そうだね」
トイレに入ってきたはいいもの、個室に入ることもなく手洗い場の前で話していた少女たちの口から玲香の名前が飛び出してくる。
「あっ……」
自分の話題。
トイレにこもっていないで彼女たちにファンサを、半ば反射的に思った玲香の口から出てこようとした言葉。
「にしても、玲香のやつうざくね?」
それは発する前から言葉は止められる。
「……っ!?」
「わかるぅー、マジうざいよね」
視界が歪む。
「なんか、自分だけは特別扱いされて当然みたいな面しててさぁ」
「普通にムカつくよね、ちょっと強いだけで」
「しかも、その強さに関してもあっさりと蓮夜くんに抜かされているわけだし!」
「それに焦ったのか仲良くなるためにいきなり擦り寄りだしたのは流石にキモい。あんな女に迫れられて蓮夜くんがかわいそー」
目の前が暗くなる。
「それな!本当にそれ!普通にあいつ、男癖最悪だよね!色々な男に囲まれて私はすごい!ってかね!」
「の癖に告白されたら私は配信者としての活動が忙しいからって断るんだよ?ないよねぇ、マジで。しかもそれを教室で話題に出されて答えちゃうし。自慢かっての」
「そんな風に自慢するために告白した男の子を断っている裏で、しっかりと配信者の彼氏作っているの流石にないよね!しかも、それを隠すのにあの劉淵を泣かせたとか酷すぎ!本当にありえないよね!」
「どれだけ周りから男の囲いを守りたいのよw」
聴覚以外の己の感覚が遠のき、ただ声だけが聞こえてくる。
「というか、どーやって今も囲いを維持するための好感度を稼いでいるんだが、もう色々とバレちゃっているのにねぇー?」
「裏でヤリまくって好感度でも稼いでいるんじゃない?」
「うわー、きたなぁーい」
「配信に使う機材とかパパ活して得ているお金だったりして」
「えー、本当に汚物じゃん」
どれだけ、彼女たちが。
トイレの鏡で化粧を少し治しただけの彼女たちがこの場に滞在していた時間はどれだけで、彼女たちがいなくなってからどれだけが経過しただろうか?
「は、はは……そもそも、私がこんなところに一人で、いるのが全てだよね」
長らく呆然としていた玲香は今にも泣きそうになりながら、ぽつりを言葉を漏らす。
「わ、私が……みんなぁ、心配、してくれているのにぃ、勝手に負担に思ってみんなから逃げ、て。私が、先に、裏切った、……だから、私も……私も、裏切られて」
言葉が続く。
「裏切られてぇ、みんなから見捨てられて、当然、だよ、ね……だって、私が悪いのだから」
玲香はすべて、己のせいだと卑下して受け入れる。受け入れる。
「おぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええええええええええええええええっ、」
なのに、玲香は体の震えを止めることが出来なかった。
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