クラス
神薙さんを助けたことによって一気に注目の的になってしまった僕はだがしかし、人の噂も七十五日。
「……ようやく、落ち着いてきた」
そのことわざの通り……というよりも、そのことわざよりもかなり早く。
一週間も経てば話題は下火になり、二週間も経てば自分たちのクラスに全学年の生徒たちが押し寄せてくるような事態は解消された。
「これで僕もようやく一息付けるよ」
四六時中、色々な人から話しかけられるという陰キャにはだいぶキツイ日常がようやく終わってくれた。
「後は生徒会長が僕を生徒会に誘うのを諦めてくれたら完璧だね」
もう後は毎日のように僕を生徒会に誘ってくる生徒会長が諦めてくれれば平穏な生活に戻れるだろう。
あの人から話しかけられるの、毎日のことでもビビっちゃうんだよなぁ。
「別に生徒会に入るだけならいいだろ、なんで断っているの?」
「確かにそうだよな。あの人、美人だし……俺だったらほいほい受けちゃうなぁ」
「いや、なんか怖いやん。あの人、オーラがあるというかなんというか……それに、あの姿恰好、雰囲気で下ネタを連発するのがキツイ。ビビる」
僕はクラスの隅っこで、いつものように和人と秋斗の疑問の声にこたえる。
「……確かに、陰キャは美人から下ネタを振られてもとっさに反応できるだけの能力はないですからね」
「身内では下ネタに溢れているだろうけどなぁ?」
そうなのだ。
身内で話す下ネタと、美人から振られる下ネタはあまりにも次元が違うのだ。僕にそれを捌けるだけのコミュ力は残念ながらないのだ。
「……なんというか、ここ最近で陽キャの方々と会話する機会が多くなったけど、その会話についていける気がしないわ。僕はどこまで行っても陰の者なんだなぁ。お前ら二人といるのが一番だわ。気が楽」
「黙れよ?陽キャ、神薙さんと会話しておいて陰とはどういう用件やねん」
「消しゴムを拾ってもらったとかで一喜一憂していたあの頃は一体どこに行ったんだか。何だよ、神薙さんと飯を二人で食べたとか」
「奢ってもらった。非常に美味だったよ」
あの家系ラーメンは実に良かった。
何よりも量がある、食い溜めできる……急な油と塩分を前に僕の身体はびっくりしたけど、それよりもまずは久しぶりのエネルギーに大喜びだ。
「うし、殺すか」
「そうだな、殺そう。まずは俺たちがたまに奢っているのを辞めれば勝手に死ぬだろ」
「そこらへんに生えているキノコとかを食べて死ぬだろうね」
「……神薙さんの連絡先を知りたくない?」
僕は最近、手にしたばかりのスマホを取り出しながら、二人に向けて裏取引を持ちかけてみる。
ちょくちょく奢ってくれる二人が奢ってくれなくなるのは僕にとってあまりにも死活問題である。
「お前、スマホ持っているのかよ」
「……現代、機器……だと?」
「政府から貰った。とはいっても未だ扱い方がよくわかっていないんだけど……神薙さんと連絡先も交換したはずなんだけどぉ、どこにあるんだろう?」
僕はスマホをつまみ上げながら、どう使うのかわからずに首をかしげる。
「……日本、政府」
「ガチで凄くなったんだなぁ……なんで金欠で明日の食べ物もないような状態になっているの?」
「別に僕の神社に人が増えたわけじゃないからね」
僕がどれほど、大きくなろうとも金欠であることには変わらない。実に悲しいことにね。
「あぁ……何というか、別に僕ってばあまり得していないのでは?不用意に目立つだけ目立っただけ?」
「スマホ貰ったやん」
「使い方わからないから全然使っていない。たまに神薙さんから連絡が来るくらい。返せるかどうかはその時の運かな」
スマホが動くかどうか、返信できる画面に行ってくれるかどうかは完全なる運である。
「それだけで十分やろがい、殺すぞ。俺のところにはSNSのエロ垢からしか連絡来ないぞ」
「そもそも陽キャと会話出来たってだけで、十分だろ」
「僕には無理だ」
陽キャとのコミュニケーションは陰キャにちょっときつい。
「……と、思うと山田はすごかったなぁ。良くもまぁ、簡単に陽キャの中に割り込めたものだ。僕では無理だ」
そんなことを考える僕は元々陰キャでありながら今は立派に陽キャをやっている山田について話題へと上げる。
「……何だよ、それは」
そんな時だった。
「ん?」
「それは俺が恥知らずだとでも言いたいのかよ」
いつの間にか、自分たちの近くに立っていた山田が実に忌々しそうな表情を浮かべながら僕に向かって声をかけてくるのだった。
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