お誘い

 自分の家の前で笑顔を浮かべて立っていた神薙さん。


「えっ、なんで?」


 それを前にする僕の口から出てきたのは純粋な疑問の声であった。


「えへへ、来ちゃった」


「いや……え?ど、どうやって?僕の家の住所とか別に知らないよね?」

 

 僕はクラスで神社をやっていることなど語ったことはないはずだ。

 神薙さんが僕の家にやってくる方法など、ないはずなのだけどぉ……なんで神薙さんがいるの?


「担任の先生が教えてくれたの。あの配信の一件で、って言えば融通してくれたわ。ふふふっ、あの先生。どうやら探索者が怖いみたいで、私が言えば簡単に教えてくれたわ」


「えぇ……」


 僕はいたずらっ子のような笑みを浮かべながら告げる神薙さんの言葉に引き気味になりながら口を開く。

 担任の先生よぉ……ちゃんと僕の個人情報は守ってくれよ、大事でしょ。


「まぁ、とりあえず家の中に入ってよ……何もないところだけど」


 そんなことを考えながらも僕は神薙さんを家の中に上げる。

 まさか、一日の中で来客を二組も迎える日が来るとは思わなかった。


「とりあえずここに座ってて」


 ハンバーグの方は彼女の目につかないように片付けてから、先ほど高畑近衛さんが座っていた場所に神薙さんが座るよう手で指し示す。


「どうぞ……お水です」


「ありがとう」


 そして、茶葉も冷蔵庫もないので普通に水道水を入れただけのコップを神薙さんの前に差し出したから、僕は神薙さんの対面へと座る。


「それで?僕に何の用?わざわざこんな僻地にまで来て」


 僕の神社は街の外れ、長い階段の上にある。

 中々な用がなければまず来ることはないところだろう。


「まずは昨日のことはありがとう!蓮夜くん」


 そんな僕の疑問に対して、神薙さんはまず、深々と頭を下げてくる。


「いや、別に良いのよ。人として最低限のことをしただけだし」


 目の前に助けられそうな人がいたら、助けるのは人として当たり前だよね。

 そこまで感謝されるようなことではない。


「それに、色々と個人情報も開示しちゃってごめん」


「……それは、ちょっとそうかもだけど、それも気にしなくていいよ。そもそもとして初手で僕は神薙さんの本名を呼んじゃっているし。全然気にしないよ」


「うぅ……そう言ってくれてありがとぉ。優しいねぇ、蓮夜くんは」


「ははは、これくらい普通だよ。それで?今日はお礼と謝罪しに来ただけ?」


「ううん。後はもう一つ、お願いがあって」


「お願い?」


「そうなの……結構、蓮夜くんのことは話題になってて。視聴者とか、探索者関連の仕事についているお父さんとか、私の事務所とかから色々とぉ。その、だから……良ければだけどぉ」


 お願い。

 その内容について神薙さんが言いよどむ。


「自分のことについて開示してほしいってこと……?」


「そ、そういうことになるかもぉ……ご、ごめん。厚かましいとは思っているんだけどぉ……」


「別に良いよ?それくらい。僕が、コラボ?って形で神薙さんの配信に顔を出せばいいのかな?」


 既に政府から目をつけられるほどに目立っているのだ。

 今さら少し顔を出すくらい良いだろう。陰キャ学生のことを見て何が楽しいかは知らないが、それでも出て欲しいというのならば別に構わない。

 出し渋るものでもない。


「えっ、良いの?」


 安請け合いする僕に対して、神薙さんが拍子抜けの表情を見せる。


「うん」


 正直に言って、ネットがどういうものなのか……イマイチ、僕はわかっていないけど何もバイオテロをしていたりするわけじゃないのだ。

 理不尽に何か怒られて問題になったりはしないだろう。


「それじゃあ、詳しい話は後で教えて?」


「う、うん。ありがとう……れ、連絡に関しては」


「ん?」


「……それで、その。あまりこういうことを聞くのはよくないかもしれないけど、あまりお金の方は儲かってないの?」


 僕の家にはテレビもない、冷蔵庫もない、洗濯機もない、冷暖房もない。

 何もかもがない家で備品はすべて年季の入った一品。少し家を見渡せば裕福でないことは一目瞭然でわかるだろう。


「全然。まるで儲かってないね。光熱費やら水道代を払うだけでも精いっぱいだよ。だから、スマホとかもなくて……連絡で不便を強いらせることになっちゃうけど、ごめんね?」


 神薙さんが心配したのはどういう経路で連絡するか、だろう。

 残念ながらその心配は的中。スマホなんていう便利なものはない。


「いやいや!全然良いのよ!それじゃあ、また今度。学校の方で」


 僕の言葉に対して、神薙さんは笑顔で首を横に振る。


「それでだけど……私、この後夜ご飯食べに行くのだけど、良かったら一緒に夕食を食べにいかないかしら?」


「えっ?」


「私が奢るわ。助けてくれたお礼も込めて……まぁ、こんなことじゃ全然足りないんだけどね」


「ぜひともっ!全然足るから、ぜひともお願い!」


「は、はは」

 

 僕は神薙さんが切り出してきた申し出に瞳を輝かせながら、食い気味で答える。

 どうせ、僕の持つ力は訳もわからずに湧いて出てきたものでそこまで誇れるものでもないのだ……金欠学生に食べ物を恵んでもらえるだけで十分である。


 ■■■■■

 

 この後、僕は神薙さんと二人で彼女の行きつけであるラーメン屋に行った。

 初めて家系?とか呼ばれているらしいラーメンを食べた。非常にボリューミーで美味だった。

 これで後三日は何も食べなくても生きていける。ハンバーグの方は後かな。

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