ダンジョン配信

 ダンジョン第54層。


「……どうしよう、どうしようどうしようどうしよう」

 

 そこに血まみれの足を引きずって進んでいる一人の少女が歩いていた。

 そんな彼女の今の姿は痛ましいの一言に尽きる。

 彼女の息は荒れ、視界は霞み、足取りは非常に重い。

 お腹には一つの小さな穴が開いており、そこから夥しい量の血が流れている。

 今にも倒れて死んでしまいそうな少女───そんな彼女の様子を後方から小さなカメラが捕らえていた。


コメント

・ヤバいヤバいヤバい!本当にこれはヤバい!

・死なないでェ!!!

・誰か助けに行けるやついないの!?

・マジで見てられん

・あー、また一人死んじゃうのか

・心が弱い奴はさっさとブラバな?

・逃げてぇ!生き残って!


 そして、少女の周りにはカメラの他にも浮遊している一つのデバイスがあり、そこにはカメラ越しに彼女の様子を見ている視聴者たちのコメントが表示されていた。


「いつもの、ダンジョン配信の、予定だったんだけどなぁ」


 ここに至るまでの彼女はただただ不運だった。

 基本的にはソロで活動し、ダンジョンに潜って配信している彼女はたまたま自分よりも幾らか弱い自分の事務所の後輩とコラボしてダンジョンに潜っているところだった。

 そんな中で出会ってしまったイレギュラーとも言える、自分たちが潜っていた階層のレベルに見合わない強力な魔物に出会ってしまった。

 それでも、ソロであればその少女は逃げることも出来ただろう。

 だが、今の少女には自分が守るべき後輩たちがおり……後輩たちを逃がすために、彼女は囮となったのだ。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 少女は強かった。

 しっかりとして囮として時間を稼ぎ、それどころか時間を稼いだ後にも逃亡までしてみせた。

 でも、それまで。

 既に満身創痍の状態だった少女は逃げる最中で別の魔物と遭遇。

 何とか撃退するものの、それでも致命傷とも言える傷を負ってしまった。


「にげ、ないと……」


 だが、ここにまで至ってもなお」


「は、はは」


 それでも。


「ぐぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 一度は逃げたはずの魔物が、自分をここまで追い詰めたイレギュラー的な強さをもった魔物が再び自分の前に現れたときには。

 さしもの少女も心が折れて、その場で足を止めてしまう。


コメント

・またこいつかよ!

・あぁ…

・いやぁぁぁぁぁぁぁああああああああああ!

・マジで誰かいないのかよ!?

・救助隊早く来いよぉ!

・レイナちゃん!

・救助隊はそんなに早く来れないよ…。


 自分の前に立つ一体の化け物。

 3mを超えるその巨体に、頭部でぎょろりと蠢く大きな単眼、巨大な鉄の棍棒を持つ単眼の巨人たるサイクロプスを前にして。

 絶望の表情を浮かべている少女の体から力が抜けてそのまま地面に倒れてしまう。


「ガァァァァァァァァァァアア」


 そんな少女へとサイクロプスは一切の容赦なくその手にある棍棒を振るう。



「死にたく、ないなぁ……」



 自分へと迫りくる圧倒的な質量の暴力。

 それを前にする少女は静かにそっと目を閉じながら、紛れようもない本音を口から漏らす。


「……っぶねぇ!」


 そんな中だった。

 少女の耳に一つの声が入ってきたのは一人の少年の声である。

 そして、自分に止めを刺すはずであった衝撃は、サイクロプスと自分の間に割って入った一人の少年によって堰き止められていた。


「よっとっ!」


「がァっ!?」


 刀を手にもって少女の前に立ち、サイクロプスの攻撃を受け止めている少年が力を込めて、刀を一振り。

 それだけでサイクロプスの手にある棍棒を弾き飛ばして、そのまま巨人の体ごとのけ反らせて数歩、後退させる。


「まだまだ」


 少年の攻撃はそれだけでは終わらない。

 彼の影が独りでに伸び始め、そこから槍や剣、数多の武器が伸びていく。

 影から武器を自由自在に引き抜き、自由自在に武器を操る少年は圧倒的な手数でもって魔物に何もさせず、ひたすらに押し込み続ける。


「……嘘」


 少女は目の前で繰り広げられている圧倒的な力を前に呆然と言葉を漏らす。


「かったぁ」


 サイクロプスに容赦のない連撃を加え、大量の武器を投擲してサイクロプスを剣山とする少年はここまでしても倒れない魔物に眉をひそめて口を開く。


「……ちっ、悠長にやっている暇はなさそう。お願い、イキシア」


「きゅーいっ!!!」


 そして、その次の瞬間。

 信じられないことに少年の前にいきなり現れた見たことのない魔物が、彼の代わりにサイクロプスへと向かっていく。

 そして、そのままその魔物はサイクロプスと戦闘に入っていく。


「ど、どうなっているの……?」


 魔物と魔物が戦う。

 そんな信じられない光景を前にする少女は呆然と口を開く。


「大丈夫ですか……って、神薙さんっ!?」


 そんな少女の方へと魔物を残して近寄ってきた少年は驚愕のこれを漏らす。


コメント

・誰、こいつ!?

・ん、んん?何が起きているの?俺の目には魔物と魔物が戦っているように見えるのだが…?

・何だ、ドッキリか。

・神薙…?もしかして、リアルの知り合い?

・リア友がたまたま助けに来た?そんなことある?

・変異種のサイクロプスを謎の魔物が子供扱いしている

・魔法か?あの青い炎


 コメントが荒ぶる中で、少年は驚愕の表情を浮かべている。


「えっ……あっ、嘘」


 自分の本名を呼んで驚くその少年。

 そんな彼の姿に少女は、神薙玲香は非常に強い既視感を持っていた。


「なん、ぐふっ」


 そんな少年、赤城蓮夜へと声をかけようとした玲香の口からは言葉の代わりに、血が溢れ出す。

 今の玲香は死にかけの状態なのだ……治癒のための魔力すらも彼女の中には残っていない。


「って、治療しなきゃだよね」


 それを見て、蓮夜は玲香の血に染まって綺麗な顔へとそっと手を伸ばしていく。

 そして、玲香の顎に手を触れて静かにその顔を持ち上げる───ちょうど、床に座り込んでいる彼女の前で片膝をついている自分の顔の前に玲香の顔が来るように。


「……ごめんね?」


 蓮夜は一言、玲香へと謝罪言葉をした後。


「……ッ?!」


 玲香へと迷いなく自分の口を近づけてキスを交わすのだった。


コメント

・なんこれ

・は?

・何してん?

・は?

・ん?

・は?

・はぁぁぁぁぁぁああああああああ!?

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