決戦の章

『前進せよ!!』

人族の軍を率いる指揮官から、号令がかかる。その先にあるのは『魔王』の居城。

当然ながら迎え撃つ魔族の軍も、城門の前に展開されている。


やがて、魔法や弓矢が届く距離となり、開戦。

遠距離攻撃と、それに対する守りが両軍の間に交錯し、近距離戦の部隊は頭上で飛び交う危機を物ともせず前進。敵と衝突し、剣や槍を打ち合う。


『魔族を討ち取れ!』

『人族を生かして帰すな!』

この地では長きに渡り両者は争い、互いへの憎しみを歴史と共に重ねてきた。

生まれ育った山を下り、今私が属している人族の国の都へと、足を踏み入れてから知ったことだ。


人族の兵士の剣が、一人の魔族を斬り倒す。次の瞬間には、別の魔族が突き出した槍が、その人族を貫く。

両軍はそれに構うこともなく、屍を踏み越えて次の兵士が前に出る。


「こっちに来たぞ!」

少し後方で待機する私のほうへも、遠距離攻撃魔法が飛来した。



「私がやるよ。」

周囲を制止し、魔力を込めて剣を振れば、たちまちのうちに魔法は切り裂かれる。


『あれが、勇者様の剣・・・!』

歓声が聞こえてくる。私を『勇者』という地位にまで押し上げたのは、剣と魔法を両立させ自在に操る力。

ここまで出来るようになったのは、素晴らしい魔法の腕を持つメルが、水球越しにたくさん教えてくれたから。

そして、この力は全て、メルを助け出すためのものだ。


「勇者エリー、突撃の決断は任せる。」

指揮官が私に向けて言う。人族側の作戦は、一般兵の軍が敵軍を抑える間に、『勇者』が精鋭を引き連れて突撃する・・・昔から取られてきたという戦法だ。


余程互角の戦いでもない限り、戦場のどこかには穴が出来る。

「行きます・・・!」

そして、人族・魔族を問わず、圧倒的な力を持つ者が現れれば、一般兵ではとても敵わない。


私が剣を振って魔法を飛ばし、精兵達も続けば、魔族の戦線に生まれた小さな穴は、たちまちのうちに破れ、それを衝いて前進する。


『撃て!!』

すぐに城壁の近くまでたどり着けば、あらかじめ攻城用に調整されていた魔法が大穴を開け、そこから中へと突入した。




「お前が『勇者』か。城壁の上で磔になってもらうぞ。」

少し進めば、今までと気配が違う魔族が現れる。これは幹部と呼ばれる存在、高い実力を持つ者も多く、城内まで進んだものの、『魔王』の姿を見ることなく、彼らの前に倒れた『勇者』も少なからずいると聞く。


「喰らえ・・・!」

そして今、触れた者を切り裂くという風魔法が、私に向けて放たれた。


「効かないよ。」

「何・・・!?」

だけど、こんなところで立ち止まってはいられない。私はそれを斬り飛ばす。

その程度でやられるような修練はしていないし、は確かだ。


「さよなら。」

「ぐはっ・・・!」

そのまま踏み込み、敵を斬り倒す。この感覚にはどうしても慣れないけれど、今はメルを助けるため、心を無にしている。


『魔族の幹部が倒れたぞ!!』

後に続く兵達の喜びの声も、どこか遠く感じる。敵が命を落とすことを喜んでしまえるのは、人族も魔族も同じなんだろう。



「それほどの力・・・お前は一体・・・まるで魔・・・」

そうして前進を続け、情報によれば最後の幹部も、私の剣の前に倒れた。メルを助け出すまで、あと少しだ。


「この先にきっと『魔王』がいる。行くよ。」

静かに周りに告げて、大きく豪華そうな扉を開く。


『ほう・・・やって来たか、『勇者』と人族の兵達よ。』

全身を包むような鎧を身に付け、顔さえも仮面で隠した存在が、私達の前に現れた。



『我は魔王ダグドレア。命が惜しくば立ち去るが良い。』

くぐもった声が、仮面の奥から響く。


「私は行くよ。」

剣を手に、一歩前に進み出る。


『勇者と共に、魔王を滅ぼせ!!』

周囲の精兵達も、それに続いた。


『ふむ、ならばこれでどうだ?』

『魔王』が強大な魔力の塊を作り出し、こちらへと雨のように降らせる。


「さすがに強いね・・・」

私は前進しながら、自分に向かう魔力を切り裂いてゆく。


「ぐああっ・・・!!」

しかし、後に続く兵士達はそうは行かず、その衝撃に吹き飛ばされ、意識を失っていった。


『さて、勇者よ・・・む?』

『勇者様、増援が間もなく到着します! 皆、急ぎ城を駆け上がれ!!』

階下から声が響いてくる。どうやら、私が魔族の幹部を軒並み倒したことで、進軍の隙が生まれたらしい。


『ふん、邪魔なことだ。勇者よ、我ら二人だけで決着をつけぬか?』

「ああ、望むところだよ。」

後方からざわめきが聞こえるけれど、構わず剣を手に駆け出し、『魔王』の杖と打ち合う体勢を取った。


『空間魔法・・・!』

「こっちも・・・!」

二人の魔力がぶつかり合い、やがてその周囲に何者も寄せ付けない空間を作り出してゆく。


『「はああああっ・・・!!」』

気合を込めて魔法を発動させれば、私達がいる場所は外界と完全に遮断された。




「これで十分かな。」

『・・・・・・』

『魔王』の肩が震えているのが分かる。


「今まで辛かったよね。助けに来たよ、メル。」

「エリー、エリー・・・! うわああああん・・・!!」

仮面は外れ、今まで毎日のように水球越しに見てきた顔が現れる。


先代魔王の娘として生まれたばかりに、幹部達から外に出ることすら許されず、ひたすらに力を高めることを強制され、

ひとたび戦いが起これば『魔王』として振る舞うしか無かった日々は、どんなに辛かったことだろう。


「鎧も脱がせてあげるから、ちょっと待ってね。」

「ぐすっ・・・ありがとう。これ、着るのも脱ぐのも、本当に大変なの・・・」

物理的にも魔法的にも、守りの効果がいくつも付与されたという鎧を、メルの身体から引き剥がす。


「うん、これで済んだかな。」

「ありがとう、エリー!!」

メルが抱き付いてきて、私達の身体が初めて触れ合う。

魔族の体温は私より少しひんやりとして、だけどすぐに温かく感じてきた。


「エリー、ごめんね。私のために辛いことも危ないことも、たくさんさせちゃった・・・!」

私が互いに殺し合うような戦いや、人族の政治的なことを含めた厄介事を嫌っていることは、メルにはとっくにばれている。

いや、いつもの水球を通して、。最初は声や姿を届けるだけだった魔法は、

私達の絆が深くなるごとに、心まで伝え合うものへと進化していった。もちろん、それを拒むつもりなんて、お互いに無かったけれど。


「ううん、辛くなかったとは言わないけど、それよりもメルに会いたい気持ちのほうが、ずっと大きかったから。」

「エリー・・・ありがとう、ありがとう・・・!」

涙を流し抱き付いてくるメルを、ぎゅっと抱きしめ返す。

もう二度とメルに悲しい顔なんてさせたくない。強い思いが胸の中から溢れてきた。


「メル、大好きだよ。」

「うん、私も・・・!」

何度も伝え合ってきた気持ちを、今は触れ合いながら言葉にすれば、自然と笑顔が零れた。

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