水鏡の勇者と魔王は新天地を目指す

孤兎葉野 あや

出会いの章

いつものように、走り込みと剣の修練を終えて、一息つく。

小さい頃、これを毎日続けるように言った父さんは、もういないけれど、

この習慣は今でも変わらない。


もっと女の子らしい趣味を持ってもいいのよと、母さんはいつか言ってくれたけど、

そういうものは、今更思い付かないかな。


そんな母さんも、去年病気で亡くなって、

少し高い山の上、湖のほとりに立つ家で、私は一人きりになったけれど、

こうしていれば落ち着く気持ちになる。


山の動物や湖のお魚も、頑張れば捕まえられるから、身体を鍛えるのはやっぱり大事だよね。



さて、汗をかいた後にやることは一つだ。

服を全部脱ぎ捨てて、湖の中へ飛び込む。

今は暖かい季節だし、このくらいで風邪をひくこともない。


そうだ、お魚を捕まえて、夜のご飯を少し豪華にしよう。

水の中をすいすいと泳ぎ、時々潜っては辺りを探ってみれば・・・

水面にきらきらと浮かぶものを見つけた。


「何だろう、これ?」

手に取ってみれば、水の球のようだけど、形が崩れることも無い。


「こんなことは出来るのは、魔法・・・?

 でも、近くには誰もいないかな。」

動物が寄ってくれば、それなりに気付ける自信はあるし、人だってそう変わらないだろう。


「・・・まあ、いいか。綺麗だし、持って帰ろう。」

少し考えて、結論を出す。

そういえば母さんが、女の子らしい趣味を・・・と言っていたし、

こんなことをしてみるのも良いだろう。



そうして、干し肉と今朝採った木の実で夕食を済ませ、寝床の準備を整える。

枕元にさっきの水球を置けば・・・うん、良い気分!


「おやすみなさい。」

誰に聞かせるわけでもないけれど、そう言って目を閉じた。




「・・・・・・うん?」

だけど、程なくして何かが動く気配。

ぱちりと目を開けてみれば、ころころと転がり離れてゆく、さっき見つけた水の球。


「あっ、待ってよ。」

『ひゃっ!?』

急いで追いかけてみれば、女の子の声が響いてきた。



『ご、ごめんなさい・・・この水球は、私の魔法なの。』

やがて浮かび上がったのは、私と同じくらいの年頃だろうか、可愛い女の子の顔。


「そうなんだ。湖で見つけた時に、話しかけてくれても良かったのに。」

『で、でも・・・その、裸・・・・・・』

思い出したように、その表情が見る見るうちに赤くなってゆく。


「ああ、確かに。でもいいじゃない、女同士だし。」

『そ、それはそうだけど・・・・・・』

この子にとっては恥ずかしかったようで、そのままうつむいてしまう。


「ふふ、可愛い。」

『えっ・・・! わ、私が・・・?

 それを言うなら、あなたも引き締まってて、綺麗でかっこいい・・・

 って、何を言ってるの私・・・!?』

思わず口に出してみれば、いよいよ顔を真っ赤にした女の子が、両手で顔を覆ってしまった。




「それにしても、離れた場所から話ができる魔法なんて、すごいね。

 私も魔力はあるみたいだけど、全然思い付かないや。」

しばらくして、やっと落ち着いたらしい女の子と、話を続ける。


『えっとね・・・私、お外に出られないから、

 いろんな景色を見てみたくて・・・』

「え・・・! 病気にでもかかってるの?」

だんだんと身体が弱り、最後には動けなくなってしまった、

母さんのことを思い出して、心がきゅっとなる。


『ううん・・・何と言うか・・・閉じ込められてるの。』

「ええっ・・・!?」

そこに飛び込んできた言葉があんまりで、私の中で何かが弾けた。


「よし、決めた。私が助けに行くよ。」

『ふえっ・・・!? ま、待って。

 簡単に来られる場所じゃないし、すっごく危ないから・・・!』


「私、剣には結構自信があるんだ。

 それでも足りなければ、これから強くなるよ。」

『えええ・・・・・・あ、ありがとう。』

まだまだ困惑した様子の女の子だったけれど、話を続けて、

その夜のうちに私達は「エリー」、「メル」と呼び合う仲になった。




そして、数年が経ち・・・

「今、助けに行くよ。メル・・・!」

私は人族の『勇者』として、魔族の長『魔王』が巣食うとされる城へ、攻め込もうとしていた。

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