あとがき
あとがき(2020)
幻想文学のサークル『ちょこれいつ黒井吟遊堂』代表の黒井ここあと申します。
『吟遊詩人作家』の肩書きで、欧州の文化人類学・歴史学・妖精学・音楽学に基づいた伝統的なファンタジーを執筆しています。
なぜ『吟遊詩人』かと言いますと、実は作家としてではなく、音楽家になるべく専門教育を受けてきた経歴があるからです。修士の内に留学をしたので、大学院三年生にもなりました。
そう、本当は、音楽家なのです。
フルート奏者として音楽系大学に進学後、フィンランド・シベリウス音楽院に留学。札幌市民芸術祭新人音楽会奨励賞受賞。留学中に、日本語の本が読みたくなり、自分で執筆を開始。以来、冒険ロマンなファンタジーを中心に何度も読み返したくなる作品を目指して執筆活動を続けています。
この経歴だけで私が何者かわかった方、先生には内緒にしておいてもらえると嬉しいです。
そのほかに、趣味で作曲をしては実演してみたり、物語のラッピングに、自分でイラストを描いたりしています。今回のデザインも、気合いを入れました。いかがでしょうか。
フィンランド人の親友からは、旅する芸術家、スナフキンだと言われています。
この本、『薔薇の王子、幸運の翼』は、Web小説投稿サイト『カクヨム』に投稿したものに加筆修正を加えた、完全版となっております。
あとがきから読んじゃう、ちょっと小ずるいあなたのために、あらすじを書いちゃいます。
このお話は、紅白の薔薇を家紋にする千年王国ヴァニアスの王太子グラスタンと、彼の近衛騎士セルゲイ・アルバトロスが、ドラゴンに乗って消えた姫を追いかける、海洋冒険譚です。
冒険に出たあとと、戻ったあととでは、すっかり人間が変わっているような、そういう成長の物語でもあります。とっても順当で、正統派のジュヴナイルです。
王子や姫、ドラゴンが出てきますが、心の動きは我々と変わりません。
家族から「立派な人になれ」と理想像を押しつけられたり、自分は友だちだと思っていたのに、相手はそこまで思ってくれていなかったり、箱入りが過ぎて冒険に憧れたり。恋に恋するあまり、恋愛ごっこを繰り返し、愛よりも先に異性の味だけ覚えてしまったり。
あなたにも心当たりがあるような、年相応の葛藤が見られるかもしれません。
もちろん、剣を手に戦う、彼らなりの正義を証明する場面も、あるでしょう。
本編をお読みいただいたあなたには、説明は要りませんよね。
そんなふうに、書いています。
執筆秘話、と言うものはさほどありませんが、イメージの補足を記しておきます。
ペローラ諸島は、私が留学生時代にバックパッカーをしていたときの、バルト海クルーズが元になっています。クルーズ会社は、タリンクシルヤラインといいます。
フィンランドの首都ヘルシンキからエストニア、エストニアからスウェーデンはストックホルム、ストックホルムからフィンランドのトゥルク、というふうに行く間、オーランド諸島(マリエハムン)を横切りました。点在する小島に、可愛らしい木製のペントハウスがいくつも建つ姿には魅了されました。私の大好きなシルバニアファミリーのイメージとあんまりにもそっくりです。
日本からフィンランドへは、毎日直行便が出ています。行くことがあれば、ぜひ、バルト海クルーズの日程も組んでみてくださいね。
そんな旅の想い出を下敷きに、憧れと青春とをぎゅうぎゅう詰め込んだのが、この物語です。
劇中、グレイズが引用する『金の林檎、銀の林檎』は私が敬愛するアイルランドの幻想詩人ウィリアム・バトラー・イェイツ氏の『さまようイーンガスの歌』から来ています。
この詩から得たインスピレーションで、グレイズの人生を構築したようなものです。
せっかくですので、私が翻訳した物を掲載したいと思います。
さまようイーンガスの歌
はしばみの林を行ったのは、
頭が燃えるようだから。
はしばみ剥いで杖つくり、
いちごを実ごと巻き付けて、
真白なる蛾の舞う頃 つまり、
蛾のように星がきらめくとき、
流れにいちごを落としてみたら、
銀の小鱒(こます)が釣れたのだ。
それを足元 置いておき、
私は炎を呼び起こす、
しかし、かさりと音がして、
誰かが私の名を呼んだ。
お伽噺のような娘(こ)だ、
林檎の花の髪飾り、
私の名前を呼んでは駆けて、
輝く風に溶けてった。
そして私は年老いた、
盆地や丘を行くうちに。
あの子を見つけ出せたなら、
くちづけをして、手を取って、
まだらな草地を散歩して、
時果てるまで摘んでいたい、
月のような銀の林檎を、
太陽のような金の林檎を。
情景も、韻律も美しい詩です。固有である韻律詩のリズムの良さを損なわないため、日本語として読んだときのリズム感を大切に翻訳しています。
原詩は、ふろくの栞に記してあります。ぜひ、音読して、心と舌と耳で味わってくださいね。
と、こんなふうに、研究者気質な私でありますので、本書の遍歴学生レイフとは、とても気が合いそうです。と、いいますか、おそらく彼はもっとも私と視点を共有する人物でしょう。
どんな事象に対しても、科学的な視点と興味をもって接するあたりが、そうです。
私はファンタジーを書いていますが、夢想やいい加減を意味する盾には決していたしません。
登場人物が生きる世界の歴史と発展、文化の形成、心理学や教育学を応用して、登場人物の性格を綿密に考慮しています。科学しながら書いているとも言えます。
性格とは、教育学的観点から言えば、全て環境による影響があると言えるからです。
この環境とはつまり、家庭に象徴される生育環境、文化環境であり、その文化を成熟させるに至った歴史までもを指します。
私、黒井ここあに返せば、北海道に生まれたがために、日本固有の仏教よりも、アイヌ民族に象徴される自然信仰のほうがなじみ深く、自然環境では、日本よりも欧州のほうが身近に感じられます。蝉がけたたましく鳴く、という現象を『夏の風物詩である』とは理解できない国からやってきた、と言えばおわかりいただけるでしょうか。ちなみに、フィンランド人も、同じ感覚です。親友からは、ソウルメイトと呼んでもらえたぐらいには、本州の日本人とは別の感覚を持っているのです。
こういう意味で『絶対に嘘を書かない』という正義感はセルゲイに滲んだのかも知れません。
さて、みなさんに楽しんでいただいた『薔薇の王子、幸運の翼』も、これにておしまいです。
『ルスランとリュドミラ』を下敷きに、セルゲイの肩書き〈ヴァニアスの英雄〉を裏付ける、勇気の物語を描けたことはとても有意義でした。のちに『煌めき屋の魔女』と呼ばれることになる、リュスラーナの出自も。
この『薔薇の王子、幸運の翼』の四〇年後、グレイズの孫グラジルアスが過酷な運命に立ち向かうことになるのですが……。
続きは、好評刊行中の群像戦記ファンタジィ小説『黒獅子物語』シリーズでご確認ください。
また、一緒に旅をしましょうね。
途中、暇になれば歌って差し上げましょう。
ここではないどこかの、英雄物語を……。
道行く少女の、サンドレスに目を細めながら 二〇二〇年八月 黒井ここあ
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