4、まっすぐな二人

「セルゲイ・アルバトロスだな」


 上品なテノールにさそわれて、つやつやのロングブーツ、そのつま先からなぞるように見上げると、炎の灯りが照らし出す少年の瞳とかち合った。目の色はわからないが、やせぎすで黒髪の少年だ。埃一つついていないジャケットに身分の高さが伺われる。年は近そうだ。しかし、全く面識がない。騎士団の人間ではないだろう。

 一瞬ぼうっとしてしまったが、喉に流れた鼻水で我に返った。顔を濡らしていたものを乱暴に手の甲で拭う。


「……だったら何?」


「あ、その……」


 セルゲイがなけなしの気力で睨みつけるなり、貴公子はたちまち縮こまってしまった。

 心なしか照明の炎も彼と同じくしょんぼりと頭を下げている。そんな気がした。


「見舞いなら俺じゃなくてフェネトんとこ行ってやれよ」


「ち、違う! 私は君に話があるんだ」


 貴公子は何を思ったのか、地べたに座るセルゲイへ屈み、自らも膝をついた。


「試合、素晴らしかった」


「……わざわざどーも」


 セルゲイは胡坐をかき直し、貴公子からそっぽを向いて膝で頬杖をついた。


「世辞ではない。本当に。あの苦境の中、レプリカでよくぞ太刀打ちできたものだ」


「なんでそれを――」


 どきりとした瞬間に、彼の顔を真正面から見てしまった。

 ランタンが彼の黒髪と金色のティアラ、そして真っ青な瞳を照らし出す。


「状況が示している。本来は〈殺撃〉を中心に打ち込みあうところを、君は防戦に徹していた。なぜか。守りのために長剣を保持していたからだ。レプリカでは甲冑に一太刀浴びせれば折れてしまう。それでは自らを守り切れない。だから。その上で正確な反撃をした。つまり、君に非は無い。……と、私は考えていて、その……」


 少年は、立て板に水、ぺらぺらと自論を捲し立てたと思いきや、次の瞬間には口ごもってしまった。変な奴。そして正解をすべて言い当てられた上に擁護までされて、無性に腹が立つ。


「親友に再起不能の致命傷を負わせた俺が?」


 セルゲイは乾いた笑いをわざとらしく立てて自らを嘲った。


「そんなこと言うのはお前さんだけだよ、お坊ちゃん」


「違う。大怪我は悪因悪果。相手は君を侮り、実力を甘く見ていた。回りもそう。目が節穴なんだ。君の剣は、まっすぐだった」


「……そりゃ、曲がった剣なんか使い物にならねっすよ」


 フェネトのことをよく知っているからこそ、貴公子の言い分は受け止められなかった。


「そうだ。紛い物レプリカなんて使い物にならねえんだ」


「違う。君は紛い物などではない。まっすぐで、誠実な男だ」


 少年の声音に熱が籠もった瞬間、彼の持つランタンが一際明るく燃えた。


「あんたに何がわかるってんだ」


 セルゲイは辛くなって背を向けた。イライラしつつも、なんだか泣きそうな気分だ。

 誰もが恥ずかしがって言わないような言葉を言ってのけるこの貴公子こそ、まっすぐだ。

 こんなに嘘偽りのない言葉を言える男など、師ドーガス以外に知らない。いや、彼以上だ。


「セルゲイ・アルバトロス。もう一度、チャンスがあるとすればどうする?」


 青臭いテノールが自分を呼んでいる。だが、振り向きたくはない。


「どうするもこうするも。十七で小姓からやり直せるところがあるなんて聞いたことねえな」


「違う、叙任のチャンスだ」


「は?」


 セルゲイは耳を疑った。


「頼む、セルゲイ。私の騎士になってくれないか。私の〈盾仲間〉に」


 そしてまた、不思議な言葉が聞こえたので、三度(みたび)振り返ってしまった。

 そうだ。どうして気がつかなかったんだろう。

 黒髪碧眼で〈盾仲間〉を欲している貴公子など、この国に一人しかいない。

 例えその顔を知らずとも、わかってしかるべきだった。


「お前、もしかして……」


 呆然とするセルゲイに、貴公子は頷いた。


「グラスタン・ウィスプ・スノーブラッド・ヴァニアス。君を迎えに来た」

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