最期の瞬間

 前世での最期にった、ええと、吾輩が名付けたそのフレーズが思い出せなくなってしまったけれど、たしか、オスであったはずだ。

 どちらかといえば、中肉中腹、食糧難時代には珍しく、せこけてはなかった。

「おまえさんの噂、耳にしたぜ」

 いきなりそいつはそう話しかけてきた。

「噂……? って……?」

 いかに自由気ままを標榜ひょうぼうしていたとはいえ、それなりに周囲のは気になるものだ。吾輩がき返すと、

親切な奴だって、な! こんなせちがらい世の中じゃ、貴重品的存在だってな?」

と、妙にびを売ってきた。

「貴重品……? それ、骨董品って言っているんじゃないか?」

 照れながらも吾輩はしっかりとした口調でいった。

「まあな……いちいち気にすることはないぜ。それに、親切だけど、乱暴ものの変態……という噂もあったぞ。メスとみれば、いきなりクンクンするって、な」

「ひゃあ、そ、それは誤解だ、誤解だよ」

 必死で吾輩が弁解しようとすると、相手は、

「あ、オレはまったく気にしないからいいんだ、安心しろよ」

と、ジロリと睨んできた。やや冷ややかな視線だ。

「おい、そんなことより、オレがあんまし痩せていないことに、気づいたか?」

「うん、そういえばそうだね」

「それ、なぜかわかるかい?」

「いや……?」

「オレには予知能力があってな、死期が近づいたもんがわかるんだよ。だ、か、ら、そいつをみて、声をかけるんだ。いま、おまえさんに喋っているように」

「は……? ど、どういうこと?」

「むふふ、安心しろ、へんな鼻、へんな耳、そして木の脚なんかつけた変態野郎の屍体を、このオレ様が喰ってやっからさ」


 ひゃあ、暴力だんに捕まってしまった。そして……吾輩はよたよたと逃げようと焦ったあまり横転してコロコロと転がってしまった。

 間の悪いことに、そこは車道だった。

 ドシャーン。

 ……車に跳ねられた吾輩は、こうして一生を終えた。

 長いような短いような、愉しかったような哀れすぎたような……。

 それでもそれなりに充実感をともなう一生ではあった……。


 

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