ロベルト

 チャーリーの次に出会ったロベルトは、あしを引きっていた。前と後ろ。疾患ではなく、からだのでっかい同種か、それとも狼か熊にでも噛まれたのだろう。

 そういう姿態とか見た目だけでは相手のことを判断しないのが、自由犬じゆうけんの自由犬たるところで、ほとんど挨拶らしいこともないまま、いつもの間にか、ひょいと振り向けばやや小柄の褐色毛のロベルトがついてきていた。

 ことさら相手の立場や思考を尊重するのも、われら自由犬のって立つべきポリシーといっていい。それに、くっついて走ったり歩くのではなく、ある程度の距離感のようなものが必要だ。互いの嗅覚の境界程度の距離があったほうがいいというのが吾輩の経験値から導き出された結論であった。

「歩きずらそうだね」

 ついつい吾輩は声をかけてしまったあとで、余計なことを言ってしまったと悔やんだ。ひとによっては、余計なお世話的問題として、ことさら拒否反応を示すことも多いのだ。善意の押し売り、優しさの安売りは、むしろ胡散臭さを感じさせてしまいかねない。

 けれどロベルトは、

「うん、ありがと」

と、笑いながら近づいてきた。

「いつも無視されてばかりだから、そうやって気にかけてくれるひとがいるって、とっても嬉しいんだ」

「そ、そう。不快におもわれずに、こちらこそ、ちょっと、ホッとしたよ。……でも、さっきから、ぐるりぐるりと同じところを歩き回っていたようだけど、捜し物だったら手伝ってあげるよ」

「ありがと。ほら、脚の代わりになる枝木が落ちていないか……ってね」

「落ち枝を? そんなのが脚の代わりになるのかい?」

「うん、ぼく、人間のゴミ置き場で産まれ育ったから、まだ使えるユニークグッズがそれこそ山のようにいっぱいあってね、特殊な接着剤で枝木をそれぞれの脚に固定すれば動きやすいんだ」

「ひゃ、そうなんだ」

「でも、定期的に付け替えなくっちゃいけないんだけどね」


 どうやらロベルトは、人間たちが捨てたものを有効活用し、仲間たちに餌やきれいな飲水と交換したりしていのちをつないできたらしかった。そういう自分に足りないところをせっせと補って、アイデアを活かすタイプもいることを知って、吾輩は驚かされた。

 同時に勇気づけられもした。

「なにか欲しいものがあれば言ってよ」

 親切にもロベルトはそう言ってくれたものの、吾輩には交換できるものはなにもなかった。

「君の右の耳がないのは……?」

 ロベルトは不思議そうに吾輩の耳元に視線を注ぐと、

「あ、そうだ、ウサギのぬいぐるみがあったはずだ。からだはボロボロだけど、まだ耳はキレかったはずだから」

と、やや声高こわだかになって、そのまま草叢くさむらのなかに姿を消えていった。

 しばらくすると、ガサガサと現れて、うしなった吾輩の左耳に貼り付けてくれたのだ。

「ひゃ! ありがと……でも、お返しするものがなくて」

「そうだね。できれば、君の脚、一つくれないかなあ。あ、しばらく貸してくれるだけでもいいんだ。たまには本物の脚で歩いてみたいし」

「短い間だけなら、いいけど」


 ついそんなことを口にしてしまった吾輩は、

(あ、やばい)

と言い直そうと思った次の瞬間には、ロベルトは口にくわえたナイフで器用に吾輩の脚を切り取ってしまったのだ。

 そして、自分の脚に取り付けると、

「ひゃあ、やっぱり本物は凄いや、嬉しいなあ」

と、はしゃぎながらそのまま草叢の中へ消えていった。

 戻ってくるのをいまかいまかと待っていた吾輩は、結局、脚を取り戻すことはできなかった……。


 

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