吾輩は犬である
嵯峨嶋 掌
チャーリー
吾輩は犬ではないのだ。
……いや、性格を期せば、たしかに前世は、犬であった。
かすかながらも、ときおり、前世のワンダフルな日々をほんのワンタイムだけ思い出すこともある。
もとより人間ごときに飼い慣らされているめめっしい家畜なんかじゃなかった。大いなる気概と野望を
野良犬……といった表現は、いささか
それこそが吾輩の誇るべき生き(犬)
ご主人様にクンクン
けれど……ある
吾輩はといえば、持ち前の、のらりくらり戦術で、敵どもの餌を奪い、騙し……たりで、なんとか生き延びることができたのだった。
……そんな弱者必滅の競争社会では、ある程度の規模の仲間を集めることができる能力の有無も、また生存可能性を高めるために
さて、吾輩が
犬種で呼ばないのなら、では、どういうふうに相手のことを規定していたのかというと、ずばり、見たままの表現なのである。
おおっきいやつ、めちゃでっかいやつ、平凡なやつ、ちっちゃいやつ、めちゃめちゃちっこいやつ、縮れ手のやつ、黒いやつ、焦げ茶のやつ……などなど。
吾輩が出会った
……チャーリーは、よくいう老衰期にきていたらしく、目やにをため、毛も抜けがちで、歯も黄色く臭く、
吾輩は吾輩で、どうしても餌にありつけない最悪の事態が続いて、飢餓感がピークにきたら、遠慮なくガブリとやってやろうとおもっていたのだ。すると、チャーリーはさすがに年季がいっていて、
「いいさ、いつでも、ガブってくれても。どうせ、老い先短いいのちだからさ、遠慮なく。これまで世話をかけてきたお礼だし。キミの記憶に残るような終わり方を迎えたいとおもっていたのだよ」
と、淡々とした口調でそんなことを言い出すのだ。
「でもさあ」と、そのあとで、チャーリーはこう付け足してきた。
「……一度食べた牛タンの味が忘れられなくてなあ。最期にもう一度だけ、食べてから
目やにがくっついた眼球のなかにこめられたみずからを憐れむなんともいえないような光を見てしまった吾輩は、おもわず息が詰まりそうになった。聴けば、路上に牛タン弁当を落とした人間が拾わずにそのまま置き去りにしたのを横取りできたのだそうだ。吾輩ですら、そんな高級モノを喰らったことは一度もない。
「もうずいぶんと前の話さ。まだ前途洋々として、当時はやりの自由民犬運動の闘士のひとりでもあった頃だよ。ひゃ、懐かしいやあ!」
チャーリーが言う。味を聴けば、舌だけに舌触りはバツグンで、甘いとろけるような匂いがまとわりついた柔らかい断片は、この世のものとも思えない濃厚な味わいであったそうだ。
「それがな……」
と、チャーリーはよだれをダラダラ垂らしながら喋り続けるのだ。
「……あるとき出会ったグルメ犬が教えてくれたのがね、その味は、やや大きいやつ、そ、まさに、ほら、キミのような、垂れた耳たぶの柔らかさと感触に似ているのだそうだ。味もね、さほど変わらないようなんだ」
チャーリーのよだれと目の奥の光のせいか、吾輩のなかに忘れかけていた
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます